04【長谷川麗】彼女候補

「ここで振り子ペンデュラムのチェックをしたら、今日は帰還かな」


 マップを広げながら話す紅来くくる華瑠亜かるあが何か言いかけたけれど、それを遮るように紅来がさらに続ける。


「異論は無しね、華瑠亜。こんな状況で野外キャンプの許可は下りないし、無許可でそれやったら退学もありえるよ。そしたら、一生魔粒子の使用も禁じられる」

「え……ああ、うん。分かってるわよ」

「ルートも記録したし、まずは私たちの安全確保が最優先。本番は明日!」

「分かってるってば!」


 語気を強める華瑠亜の肩を、紅来がポンポンと叩く。


「ならいいけど」


 そう言ってニッコリ笑うと、今度は私と初美はつみに向かって声を掛けてきた。


「どう、麗?」

「え? 私?」

「だって……」


 と、初美の方へちらりと目線を送る紅来。

 初美はと言えば、難しい顔で地図の上にペンデュラムを垂らしている。

 どうせ初美は喋らないと思われてるのか、私がマネージャー役にされたようだ。


「調子はどう、初美?」

「…………」

「え~っと……うちの初美は、風が強くて上手く振り子が振れないと言ってます」


 私の返事を聞くと、紅来が木々の隙間から空を仰いで雲の流れを確認する。

 まだ夕方には早い時間帯だけど、日が傾くにつれて風も強くなっているみたい。


「華瑠亜」


 と紅来が声を掛けると、二人も風除けになるため、私と一緒に初美を囲む。

 こんな大勢に――と言っても三人だけど――囲まれて注目されるなんて滅多にないことなので、初美の顔が緊張でみるみる高潮していくのが分かった。


「初美! しっかり!」


 私の声に初美が小さくうなずくと、地図の上でゆっくりと振り子が動き出す。

 対象に近づくほど〝円〟に近い揺れに変わるって言ってたけど……今のところはまだ、直線的なスイングラインだ。


 揺れの方向を確かめると、クロノメーターで現在位置を確認しながら紅来がマップにそれを記す。


「何か分かった?」と訊きながら華瑠亜が、続いて私と初美もマップを覗き込む。

「うん。この赤いラインに沿って、今日は四回ダウジングしたわけだけど……」


 紅来が、それぞれの印から地図の右上に向かって線を引く。


「各地点の揺れ方向に沿って延長線を引いてみるとぉ……ほら不思議!」


 多少のズレはあるものの、四本の線が、最終的には約二百メートル四方のエリアに収束していくのが分かる。

 今いる場所からさらに二キロ近く東北東に向かった地点だ。

 華瑠亜が目を輝かせながら、


「その辺りの地底に、つむぎがいるってこと!?」

可憐かれんもね」と、紅来に付け加えられて華瑠亜の顔が少し赤くなる。

「そ、そうよ! 可憐も、リリスちゃんも、紬も、みんなよ! でも、紬が班長だから代表して紬が、て言ったの。わ、悪い?」

「い、いや、別に悪くはないし、そこまで過剰に反応されても……」


 苦笑いする紅来を見て、自分でも大袈裟な反応をしたことに気づいたのか、さらに華瑠亜の顔が赤くなった。


「明日は、このエリアまで真っ直ぐ行くの?」と、今度は私が尋ねる。

「うん、その予定。可憐たちも移動してるかもしれないし、念のため、また途中で何度かダウジングはしてもらうけど」

「可憐と紬くん、やっぱり移動してるのかな?」

「この地点だって、私たちが見た地下河川からはだいぶ北にズレてるからね。今はさらに、ここよりも二キロ先ってことだし……まあ、多分ね」


 移動してる可能性が高い、と言うことだろう。


「じゃあ、暗くならないうちに、帰ろっか」


 紅来の言葉を受けて、マップを囲んでいた私たちも頭を上げる。

 撤収するわよぉ――っ! と、周囲を警戒していた川島(勇哉)くんと森(歩牟)くんにも、紅来が声を掛けた。


「初美、お疲れさま! ペンデュラムはまた明日も使うし、初美が保管してたら?」


 私の言葉に初美も小さく頷いて、丁寧にハンカチで包んで鞄にしまいこむ。

 そんな初美の様子を、華瑠亜が薄目で眺めているのに気付いて、ちょっとだけ私の悪戯心がくすぐられてしまった。

 眼鏡のブリッジを中指でクイッと上げ直し、


「なんてったって、ペンデュラムが初美を『紬くんの彼女候補』に選んだんだから、 頑張らないとね!」

「ちょぉっと待ったぁ――っ!」


――出たっ! 華瑠亜ストップ!


 半眼だった両目を、今度は大きく見開きながら、


「なにその、あいつの彼女候補って!? 何の話!?」と、華瑠亜。

「そ、そのまんまだよ。 一番、紬くんに対して想いが強いのが初美、ってことになったんだから、紬くんに一番合っているのも初美ってことに……イタッ、イタッ」


 華瑠亜の首の動きに合わせてブンブンと振り回されたツインテールの先っぽが、私の両頬に当たっている。


「何よそれ? 論理の飛躍もいいとこよ? それはあくまでも一方的な感情の話で、あいつの気持ちは考慮されてないじゃん!」

「それはそうだけど……初美なら、大丈夫じゃない? 美人だし」

「そもそもね、そのクソペンデュラムは、あくまでも『探索係』として初美を選んだんだからね!」

「クソ、って……」

「本人不在のこの席で、勝手に彼女候補とか、そう言う話をするのはどうかと思うなぁ、あたしは」


 おぉ――い、おまえらぁ! まだ行かねぇのかぁ――!? と、先に歩き始めた川島くんが振り返って声を掛けてきた。

 大した魔物が出ないことは確認済みだけど、それでも公式には準空白地域だし、念のため川島くんと森くんが帰りも先頭に立ってくれるらしい。


「と、とにかくね、あまり勝手なことを言ってると、いくらあいつだって怒るかもしれないからねっ! お気をつけ遊ばせっ!」


 そう言い置いて、華瑠亜がプンスカと先に歩き始めた。

 その後を少し離れて初美が、さらに最後尾から私と紅来が並んで続く。


あおるねぇ~、麗も」と、紅来が肘で私を小突いてくる。

「あれ? マズかった?」

「いえまったく」と、ニッコリ微笑む紅来。さらに、

「なんか楽しそうだね、麗」

「そう? 紅来ほどじゃないと思うけど」

「いやいやいやぁ、長谷川屋も、悪よのぉ~」

「何をおっしゃるぅ、横山屋こそぉ~」


 ケラケラと笑う私たちを、華瑠亜と初美が振り返って不思議そうに眺めていた。



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