03.夜の相手

 中へ入ると、俺たちを案内してきたレアンデュアンティアの斥候係がランタンの火を落とす。

 途端に薄暗くなるなる室内。

 四つの壁掛けランプが見えるが、すべて部屋の奥側に備えられているためだ。


 その奥まった場所でテーブルを囲んでいるのは、ノームの男女四人。

 何やらトランプに似たカードゲームのようなものに興じていたようだ。

 そのうちの一人、俺たちの方から見て正面の席に座っているのが、恐らくこの中の長であろう大柄のノームだ。


 顔つきからは人間で言えば四、五十歳くらいに見えるが、ノーム年齢に直せば百二十~百五十歳ということになるのだろうか。


 やや広い額を隠すことなくオールバックにした赤髪。蓄えられた赤い髭は、顎の横に鋭角に突き出すように整えられている。

 体つきも図太く筋骨隆々で、見るからに屈強な戦士といった風貌だ。


 ギロリとこちらを一瞥した赤髪のオールバックが、ゆっくりと口を開く。


「キールとクールも一緒か。で、さっき見えた松明たいまつの持ち主は、そいつらか?」


 最初に部屋に入った男がカールと名乗っていたから、レアンデュアンティアはカ行三兄弟といった感じか。覚えやすくていいな。


「ああ。どうやら、地震で崩落に巻き込まれた人間と……」


 そう言って言葉を切ると、カールがメアリーのフードを乱暴に掴んで後ろへずらす。

 一緒に髪の毛も引っ張られたメアリーが頭を後ろに仰け反らせ、バランスを崩して転びそうになった。


「おいっ!」 と、カールに一喝しながら慌ててメアリーを支えるが、しかし、そんな俺に構うことなくカールが続ける。

「アウーラ家の、セレップです」


 ほう! と、赤髪のオールバックが分厚い瞼を持ち上げ、淀んだ黒い瞳でメアリーに鋭い視線をくべた。


「そうか。生きていたのか、セレップ……いや、セレピティコ……」


 メアリーの肩がビクっと震える。

 セレピティコ……そっか、メアリーの本名、そんな名前だったっけ。

 赤髪が、擦れた低い声でさらにメアリーに話しかける。


「おぉ~い? 親が食われたショックで、口でも聞けなくなったのか?」


 んなっ!? あ、あいつ、何て言い草だ!?

 それが、生きて戻った同族の……しかも、同じ守護家の任をまっとうした英雄の娘に対する言葉か!?


 あまりの出迎えに言葉を失っていると、黙り続けるメアリーに対して、三兄弟の一人が怒号を浴びせる。


「おい、セレップ! バッカスの旦那が話してるんだぞ! 返事くらいしろや!」

「は、はいっ!」


 大きな声に驚いたのか、メアリーがビクッと身体を震わせて掠れた返事を返す。

 そんなノームの少女を思わず抱き寄せながら、気が付けば俺も大きな声を上げていた。


「おいおいおいっ! 何なんだよおまえら! 同じノームの仲間だろう!? せっかく生きてたってのに、こんな小さな子に対してその冷たい態度は何なんだよ!」

「止めろ!」


 慌てて可憐が制止するが、一度せきを切ってしまった言葉は止まらない。

 状況も良く分からないまま、自分でも軽率だとは自覚はしている。

 けれど、震えるメアリーを前に、これ以上黙ってなんていられるか!


「こう言う時はさ、よく生きてたな、って、皆でハグでもして喜び合うのが普通じゃねぇのか? しかも、こいつの両親はおまえらを守って死んでいったんだぞ!?」


 バッカスと呼ばれた赤髪の男が、しかし特に怒った様子もなく、先ほどメアリーに怒鳴った三兄弟の一人に尋ねる。


「おいキール。何だこの小童こわっぱは?」

「男がツムリ、女はカリンだそうです。なんでも、セレップの両親の魂が乗り移ってるとかで、一時的に親代わりをしているんだとか……」

「親代わり、だとぉ?」


 キールの説明を受けながら、俺の足元から頭の上まで視線を這わせたあと、バッカスが「フン」と鼻を鳴らして直接語りかけてきた。


「で? ツムリとやらは……今でも律儀に家族ごっこに付き合ってんのか?」

「家族ごっことか、そんなの関係ねぇよ。この子は俺たちの命を救ってくれた恩人だ。そいつが恐がっているなら庇うのが当然だろ!」

「ほぉ――ん……」


 バッカスが、卑しげな笑みを唇の端で揉み消す。何か楽しみを見つけたような輝きが、その淀んだ瞳の奥でチラリと光った気がした。


「おまえらの望みは?」

「俺たちを地上へ返してくれることと、この子の、今後の生活の保障だ」

「ふぅ――む……」


 バッカスが腕組みをして何かを考えるように目を瞑り、しかしすぐに瞼を上げて俺たちを一瞥する。


「問題ない。地上への帰還は約束してやる。昇降穴はそれほど遠くねぇが、ただ、コウモリの巣と直結してんのが難点だ」


 コウモリと聞いて、オアラ洞穴で地震前に遭遇した黒の大群を思い出す。

 また、あんな中を通っていくのか?


 バッカスが続ける。


「この後、陽が落ちるに従ってコウモリの活動も活発になるからな。寝床は用意するから今夜は村で泊まっていけ。明日の昼間、手下に案内させよう」

「お……おう。分かった、ありがとう」


 なんだよ、意外とすんなりで、ちょっと拍子抜けしたじゃねぇか。

 でも、それだけではまだ望みの半分だ。


「で、この子の生活はどうなる?」


 メアリーの頭に手を載せながら俺が尋ねると、


「それも心配するな。とりあえずしばらくは、同じ守護家としてジュールバテロウ家か、レアンデュアンティア家が預かる」


 バッカスがそう言うと同時に、カールが強引にメアリーの手を引いてバッカスの方へ引き摺っていく。


「お、おいっ! ちょっと待て!」


 慌てて追いかけようとする俺の前に、キールとクールが立ち塞がる。

 構わず二人を押し退けてメアリーを追おうとする俺の背後で可憐の声がした。


「落ち着け! 一旦退け!」


 小さな、しかし、よく通る強い声。

 再びバッカスが、唇を歪めてグフッ、グフッ、と品のない笑い声を零す。

 亜人と人間の間には、どうやらデリケートな問題が横たわっているというのは、なんとなくこれまでの肌感覚でも理解できた。


 でも、だからと言って、こいつらにメアリーを預けるだって?

 さっきの様子からも、悪い予感しかしねぇぞ……。

 こいつら、本当にメアリーの面倒をきちんと見てくれるのか?


 しかしその直後、そんな俺の懸念のさらに上をいく衝撃の発言が、バッカスの口から飛び出した。


「まだ幼いが……まあ、ギリギリ夜の相手も務まるだろう」


――はあ? 夜の相手? 何を言ってるんだ!?


 思いもよらなかった発言に一瞬呆然としてしまったが、すぐに言葉の意味が理解できて、俺の唇がわなわなと震え出す。

 隣を見れば、さすがの可憐も、バッカスの言葉に色を失っているようだ。


 さらにバッカスが、自分の目の前まで引き摺られてきたメアリーの全身を舐めるように見回してから、


「セレピティコ……服を脱げ」


 冷たく言い放った。

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