02.集落

 小声で、しかし早口に何かを話し合う先頭の二人。

 時折、チラ、チラ、と振り返っては、メアリーの方へ冷ややかな視線を投げかけるが、そこから同胞の無事を喜ぶ気持ちは伝わってこない。

 それどころか、迷惑そうな空気すら漂っているように感じる。

 メアリーとノームたちの間に、まだ俺たちの知らない因縁でもあるのだろうか?


 歩き始めると、俺の左手が再びメアリーの右手に握られる。

 ……が、今度は俺としか繋がない。

 そんな和気藹々わきあいあいとした空気ではなくなったこともあるが、不測の事態に備えて可憐かれんが警戒モードに入ったことを、敏感に感じとっているのかもしれない。


「メアリー、こいつらに見覚えは?」


 別に聞かれてまずいことを話してるわけでもないが、三人のノームの耳には入らないよう、小声で話しかける。


「レアンデュアンティアの三兄弟です。親しくはありませんが、面識はあります」


 レアンデュアンティア家――。

 確か、これから引き合わされるジュールバテロウって連中と並んで、ノーム族の守護家の任に就いていると言う連中だ。

 感情のないメアリーの声色から推し量るまでもなく、これまでの経緯を考えれば、良い心象を抱いていないことは想像に難くない。


 もう一つ、こいつらの言動からはっきりしたのは、ジュールバテロウ家の者たちが今のノームの一族を牛耳っている――少なくとも、同格であるはずのレアンデュアンティアの者をして〝旦那〟や〝おさ〟などと呼ばせる立場にあるということ。

 メアリーから聞いていた情報とおおむね合致する。


「せっかくメアリーが(モグモグ)無事だったってのに(モグモグ)、ずいぶんと塩対応なのね(モグモグ)」

「だからおまえは、食ってから話せって……」

「もうちょっと、塩気が欲しいわね(モグモグ)」


 集落に近づくにつれて、徐々にその全貌があらわになってゆく。

 放棄した集落同様、岩を掘って作られた岩壁住宅が基本のようだ。

 作りはこちらが少し粗い気もするが、作られた年代の差だろう。


 大きな違いは規模だ。


 岩壁住宅の戸数が明らかに少ない。向こうの全貌を見てきたわけではないが、比較すると三分の一から四分の一程度の規模に見える。

 実際、地面には多くのテントが所狭しと並んでいる。

 岩壁住宅に住めない層が地ベタで生活をしているのかもしれない。


 多くのテントや岩壁住宅の入り口にはランプが掛けられており、集落全体を煌々こうこうと照らしだしていた。

 最初に見えた明かりも、これらの灯火ともしびだったようだ。


「あれは、セレップか!?」

「セレップだ! 生きていたのか……」


 集落に入ると俺たちに気がついた住民たちが小さな、しかし驚嘆きょうたんの吐息を漏らす。

 それは伝播し、テントに入っていた者たちも次々と表に顔を出すと、俺と手を繋いでいるメアリーを見て一様に同じ反応を見せた。

 歩を進めるにつれ、そのさざめきは集落全体に広がり、一種異様な空気に包まれていく。


 険悪、と言うほどネガティブではないが、少なくとも皆の視線から〝困惑〟に似た空気は感じ取ることができた。 


「ここではセレップって呼ばれていたんだな」

「はい。いつも、パパとママがそのように紹介していました」


 答えながら、人目を避けるようにフードを被るメアリー。


「確かに、本名はかなり長いし、呼び合うにはちょっと不便だよな」

「それもありますが……この集落ではみんな、あまり本名は使わないのです」


 なるほど……風習的なものなのだろうか?


「ちなみに、なんで俺たちには〝メアリー〟と?」

「特に理由はありませんよ。ただ、セレップは下っ端っぽいので、他のを適当に考えただけです。名前の最後に〝パピプペポ〟が付くのは、雑魚っぱちの証です」


――リリッペ……。


 しばらく、ノームたちの好奇の目に晒されながらテントエリアを進む。

 見た目は人間とあまり変わらないように見えるが、長い地底生活のせいか、肌は色素が抜けたように白い。身長も、平均的に小柄だ。


 五分ほど歩いて壁際に辿り着くと、前を行く二人がそのまま橋廊の階段を上り始めたので、俺たち三人もそれにならう。

 折り返し折り返し、階段を上ること三回。

 結局、最上階まで登る。


 もし、テント組と岩壁住宅組で格差があるとすれば、その最上階に住んでいるジュールバテロウは、やはりヒエラルキーの最上位にいるのだろう。


 先頭の二人が、一際ひときわ大きな扉の前に立つと、ノックをして、


「レアンのカールです。只今、斥候から戻りました」と、声を掛ける。直ぐに、

「おう、入れ!」と、中から返事が返ってきた。


 二人がドアを開けて入室すると、俺とメアリーもそれに続く。

 もちろん、肩の上のリリスも一緒だ。


 最後に可憐が入室する直前、


「おい、女。カリンと言ったか? 武器は外してもらおう」


 最後尾にいた男に指示された可憐が、クレイモアを外して男に渡す。

 俺たちが全員部屋に入ると剣を預かった男も入室して、ドアが閉められた。


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