第十五章【地底の幼精③】ジュールバテロウ

01.剣呑

 徐々に近づく集落の明かりを前に、一番口数の多かったメアリーがすっかり黙りこくってしまったので、それに合わせてみんなの口数も自然と少なくなる。


――いや、可憐はもともとこんなもんか。


「……距離はあとどれくらいかなぁ?」


 寡黙な空気に居心地が悪くなり、話題を振ってみるが誰からも反応がない。


松明たいまつ、あそこまで持つかなぁ? 今のうちに新しいのに変える?」


 やっぱり、誰も答えない。

 リリスは干し肉をかじるのに夢中のようだし、メアリーはずっと俯いたまま。


――ま、まさか俺、無視されてる?


「集落の方でも、こっちに気づいてんのかなぁ?」

「「…………」」


 むしゃむしゃ、もぐもぐ、むしゃむしゃ、もぐもぐ――。

 沈黙する可憐とメアリーをよそに、リリスの咀嚼そしゃく音だけが耳元で響く。


――き、気不味い。


 と、その時、ようやく可憐が、


「三百メートル前後だな」

「え? ……あ、ああ、最初の質問の答えね。……おそっ!」

「暗闇だし、目測に時間が掛かった」

「別に、そんな正確な答えを求めていたわけじゃないけど……」

「松明はもう大丈夫だろう。向こうには気づかれてるかもな」


 と、さらに可憐が残りの質問にもまとめて答えてしまった。

 そして、再び訪れる沈黙。話を膨らませる気はさらさらないらしい。


 その時、メアリーが繋いでいた手を離すと、慌てて俺の後ろに隠れる。


「め、メアリー? どうした?」

「シッ!」と、リリスが人差し指の代わりに、干し肉を立てて口に当てる。

「誰か(もぐもぐ)来るわ(もぐもぐ)紬くん(もぐもぐ……)」

「食うか喋るかどっちかにしろ!」


 ほどなく、目の前にボオッと浮かび上がる三つの人影。

 相手は明かりを持っていなかったため、気づくのが遅れたのだ。


「止まれ。お前ら、何者だ?」


 人影の一人が声を掛けてきた。

 威圧や敵意、と言うほどの悪感情は、その淡々とした口調からは感じられない。

 ただ、緊張した声色から強い警戒心だけは伝わってきた。


 最初の一人とはまた別の人影が、


「ほら、やっぱり! カトゥランやウルは間違いなく死んだんだって……。こいつらは別人だ」


 他の仲間に話しかける。

 それを聞いて、俺のローブを握るメアリーの手がピクリと震えるのが分かった。


 カトゥラン? ウル? どこかで聞いたような……。

 そうか、思い出した!

 確か、メアリーの本名のミドルネームが、そんな感じだったような?


「じゃあこいつら誰なんだよ。他にこの方向からくる奴なんて……」

「だから今訊いてるだろ! おい! おまえら、何者だ?」


 先程よりもやや苛立ちを増して、再び最初の人物が問いかけてきた。

 これ以上黙っていると、いよいよ険悪になりそうだ。


「私たちは――」と可憐が口を開きかけたその時。

「ツムリとカリンですっ! メアリーの新しいパパとママです!」


 俺の後ろから突然メアリーが答えると、三つの人影から初めて動揺の空気が伝わってきた。さらに――。


「お、おまえ……セレップかっ!?」


 セレップ? そう言えばメアリーの本名、セレ……何とかだったな。

 やはり、目の前の三人はノームの仲間で間違いなさそうだ。

 また、別の一人が、


「い……生きてたのか……どうして……」


 驚きを隠しもせず呟く。


――どうして? まるで、生きてちゃ悪いみたいな言い方じゃないか?


 可憐が、スッと一歩前に出て、


「私たちは人間だ。先日の大地震で崩落に巻き込まれ、地底に落ちたところをこの子に助けられたんだ」

「人間……だと? じゃあさっきの、パパだのママだの、って言うのは?」


 剣呑けんのんな空気が辺りを包みこむのが、俺にも感じられた。

 そう言えば、人間と亜人の間で婚姻だの養子だのという話題は厳禁だと、可憐が説明してくれたっけ。


「ツムリとカリンは、パパとママが死んでちょうど四十九日目に現れたのです。つまり、パパとママの魂が、メアリーを心配して二人を遣わせてくれたのです」


 メアリーの言葉を受けて、三人の間の空気が、今度は戸惑いに変わる。


「四十……九日、だと?」と、一人が呟くと、さらに別の一人も、

「お前の両親……カトゥランゼルとウルが死んで、まだ二週間くらいだろ?」


 な、なにぃ――っ!?

 地底で正確な日数を数えてられるなんて凄いとは思ってたけど、全然違うじゃん!


「日数なんて関係ないのですっ! 気持ちの問題です!」


 いやいや、関係ない、ってことはないだろ。

 四十九日ってのが、この家族ごっこの結構な根拠になってた気がするんだが?


 ふと横を見ると、可憐の横顔にも、さすがに驚嘆の色が浮かんでいる。


「まあいい。とりあえず、ジュールバテロウの旦那んとこに、連れて行こう」

「そうだな。……おい、人間! ツムリと……カリンと言ったか?」


 違うけど、まあ、判別できればそれでいいや。訂正するのも面倒臭い。


おさに会ってもらう。別に取って食おうってわけじゃないが、このまま〝さようなら〟というわけにもいかないんでね」

「セレップも一緒に来い」と、別の一人が付け加える。

「分かった。案内してくれ」


 可憐の答えを聞いて、三人のうち二人が前を歩き、もう一人が後ろに付いた。

 さらに、前後で一人ずつ、炭火でランタンに火を入れる。こちらへ来る時は気づかれないよう、敢えて消していたのだろう。

 二つのランタンがあれば明かりは十分だし、俺も消えかけている松明はここで放棄することにした。


 それにしても、何だろう、この違和感は。

 ……いや、その原因については、認めたくはないが、すでに解に辿り着いている。


 こいつら、メアリーが生きていたことが分かっても、全く喜んでいない・・・・・・んだ。

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