13.漠たる不安

「そもそも、メアリーはなんでそんなに紐パンが見たいんだ?」

「逆に聞きますけど、パパはメアリーがブタさんパンツのままでいいと思っているんですか?」

「まあ、特に不都合はないと思うけど……」

「全然ダメです。子供っぽすぎます。二十歳らしく、下着にもレディーのたしなみを取り入れるべきだと、メアリーは気付いたのです」

「そうは言っても、いきなり紐パンってのは……」


 少し考え込んでいたリリスが、


「……わかった。ちょっとだけだよ?」

「ちょ、リリス! おまえもおまえで、いいのかそれで?」

「まあ、干し肉のためだし、メアリーだけなら、もう何度も見られてるし……」


 こいつ、恥ずかしがりや設定じゃなかったっけ?

 そこまでして食べたいのか干し肉?

 少し可哀想になり、俺の肉でもいいなら分けてあげようと思った次の瞬間――。


「じゃあ、見せてもらいますよ!」


 と、ジャンプしたメアリーがリリスの足を掴み、そのままあっという間に俺の肩から引き摺り下ろしてしまった。

 さらに、まるで人形を乱暴に扱う子供のように、リリスの片足を掴んだまま無造作に逆さまにする。

 まさに一瞬の出来事だった。

 当然、エプロンドレスはパニエごと全て捲れて裏返しになり……。


 目を背ける間もなく、逆さまになったリリスの黒い紐パンツが俺の視界に飛び込んでくる。

 メアリーじゃないが、確かに布の面積が非常に少ない。

 本来、高校生が見てはいけない画像くらいでしか見たことがないような、黒いレース地の紐パンツだ。


「いやあああぁぁぁぁぁ――――っ!」


 これまでに聞いたことのないような、リリスのもの凄い悲鳴が窟内に木霊した。


               ◇


「ったく! なんて小娘よっ! 信じらんないよっ! ……モグモグ」


 リリスが俺の肩の上で激怒げきおこプンプン丸だ。

 頬が膨らんでいるのは怒りのせいなのか、それとも干し肉のせいなのかよく分からないが。


「わざとじゃないですよ。跳んだ時にたまたま掴んだのが足で、着地した時にたまたま逆さまになってただけです」

「あのね、『たまたま』で済むなら警察要らないのよ!」

「けいさつ?」

「えっと……この世界なら、自警団っていうの?」


 余談ではあるが、この世界で警察の役割を担う組織は自警団となる。

 水際で治安を維持する組織なので、当然腕っ節や魔法力も必要だ。

 他人に危害を加えることはもちろん、刃物や攻撃魔法を人間に向けるだけでも罪となるが、正当防衛であればその限りでないことはこの世界でも同様だ。


「まあ、そんなことどっちでもいいわ。要は、私があなたの恩人ってこと! ジャンプして足を掴むとか、どんだけ恩知らずだって話よ!」

「女同士なんですから、いいじゃないですか」

「さっきのはどう考えたって、紬くんにも見られたでしょっ!」

「見たんですか?」


 首を傾げたまま、メアリーの視線の矛先が俺に変わる。

 思いっきり目の前だったし、見ていないと嘘を付くのもさすがに白々しいが……。


「見えたような気もするけど……暗かったし、よく見えなかった気も……」

「見えなかったって言ってますよ」


 再びリリスに視線を戻すメアリー。


「そんなにはっきり否定してないじゃん! いや、むしろ、文章的には見えたってニュアンスの方が強いでしょ、今のは!」

「仮に見られたとしても、娘なんだしいいじゃないですか」

「娘じゃねぇし! 自分が見られた時と態度がえらく違くない!?」

「メアリーの場合は、捲られて見られただけでなく、バックから顔まで押し付けられたと言う、いわば性犯罪の被害者ですからね。追求の姿勢も厳しくなりますよ」


――なんて人聞きの悪い! 捲ってねぇ――しっ!


「リリッペの場合は不幸な事故ですから、誰のせいでもないです」

「おもいっきりあんたのせいでしょっ! そもそもよ? 干し肉をもらうだけなのに、なんでパンツなんて見せなきゃいけないのよ!?」


――ようやくそこに気づいたか。


「だから言ったでしょう? おとな下着の研究です、と」

「その研究、今必要!? 私のなんかじゃなく、あとで可憐ママにでも見せてもらいなさいよ!」


 ママで思い出したが、そう言えば……。


可憐ママは静かだな……?」

「おまえらが賑やか過ぎるんだよ」と、可憐が横目で冷ややかな一瞥を向けてくる。


――ごもっとも。


 気が付けば松明たいまつの火がだいぶ心許なくなってきている。

 休憩地点を出てどれくらい経っただろう?

 三本目の松明に切り替えるかどうか迷っていると、


「あっ! あれ!」と、前方に人差し指を向けるリリス。


 まだだいぶ離れているみたいだが、明かりが点々と揺れている様子が見える。

 夜目が利くリリスにはもっとはっきりと見えていることだろう。


「あれが……彼ら・・の新しい集落で間違いありません」


 仲間であるはずのノームを〝彼ら〟と呼ぶところに、メアリーの複雑な心境が透けて見える。

 このまますんなりと丸く収まってくれればいいんだが……。

 

「よし、急ごう」


 足を速めようとする可憐の右手が、しかし、メアリーに引き戻されるように後方に伸びきった。

 今にも立ち止まりそうなほど、メアリーの足の運びが鈍くなっている。


「どうした、メアリー?」


 可憐に言葉を掛けられても、黙ってうつむくのみ。

 さっきまであれほど元気だったメアリーが、急に黙り込んでしまった。


「大丈夫だよ、メアリー。パパもママもついてるだろ?」


 俺の言葉に顔を上げると、ようやくこくんとうなずいて歩幅を元に戻す。……が、やはり表情は硬いままだ。

 一体、あの集落で何がメアリーを待ち受けているのだろう?


 なんとなく、このままでは終わらないような漠たる不安に胸が締め付けられる。

 重苦しい空気を振り払うかのように、俺は軽く首を振り、


――この地を立ち去る時は、必ずメアリーの笑顔を見ながらだ!


 心にそう誓って、少女の小さな手を握り返した。

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