12.これで最後ですよ

 テキパキと身支度を整えながら、


「ノームの集落まで、あとどれくらいかな?」


 可憐かれんが尋ねる。


「そうですね……今通ってきた抜け穴が中間地点ですから、あと半分くらいだと思いますよ。この後は広い地下空洞が続いてる感じの構造みたいです」


 結界石を回収しながら答えるメアリー。

 俺も、食べかけの干し肉の残りを口に放り込むと、ローブの上から鞄を背負う。


 松明の消耗具合を見るに、既に三時間近くが経過していると思われた。

 魔物の襲撃やその後の治療で足止めされたため、予定時間を大幅に超過している。

 ただ、半分まで来たのが本当なら、この先は足元も良さそうだし残りは一時間程度だろうか。もちろん、何事もなければの話だが……。


「食事と治療はもう大丈夫だな? そろそろ行こうか」


 可憐の言葉を受け、三人で手を繋ぐと再び洞窟路を歩き始めた。

 脳震盪のうしんとう直後ということもあり、登壁時は念のため可憐に代わってもらっていた松明たいまつ係だが、再び俺が担当する。これが二本目だ。


 それにしても先程から、アンモニア臭のような独特の臭いが漂っているな……。


「なんか……臭くねぇか?」


 くんくんと鼻を鳴らしながら尋ねる俺を横目に、可憐も、


「うむ。……それに、かなり暖かい。これまでより気温は三、四℃高そうだ」


 オアラ洞穴内の平均気温が約十二℃だったから、もしかすると十五、六℃あるということか。俺が住んでいた千葉県で言えば、だいたい四月頃の平均気温だ。

 メアリーが少し顔をしかめながら、


「この辺りはコウモリの巣にだいぶ近いと聞いています」

「臭いや気温と蝙蝠こうもりに、何か関係が?」

「コウモリは巣で糞尿を垂れ流すんですよ。巣の真下は糞が降り積もってものすごい臭いだと聞いたことがあります」


 肩の上でリリスが、くちんと・・・・くしゃみをする。

 悪魔にしては可愛らしいくしゃみだ。


「想像しただけで、鼻がムズムズするわね……」

「おまえは悪魔だし、蝙蝠くらいどうってことないだろ?」

「あのね、悪魔が蝙蝠を使役するとか、そう言うのは人間の勝手なイメージだから」


 隣で話を聞いていたメアリーが、物珍しそうにリリスを振り仰ぎ、


「紐パンは悪魔族なんですか?」

「ひ、紐パンって何よ! ちゃんとリリッペって呼びなさいよ!」


――ちゃんと、って何だ?


「あんな低知能の種族に、こんな亜人に近い存在がいるとは知りませんでした」


 悪魔族が低知能?

 悪魔と言えば狡猾で頭のいいイメージがあったけど、この世界における定義は元の世界とは違うのかな?

 少なくとも異界の住人ではなく、この地に存在する種族の一つではあるらしい。


「気温が高いのも、蝙蝠と何か関係が?」

「糞尿から発生するガスで温度が上昇しているんですよ」

「へぇ、物知りだな?」


 俺の言葉に気を良くしたのか、さらにメアリーが薀蓄うんちくを続ける。


「糞をエサにするゴキブリやウジムシ、さらにさらに、それをエサにするムカデや大ゲジやアシダカグモも大量にうごめいて――」

「分かった分かった! もう説明はいいや。気持ち悪くなってきた」

「地底で暮らすノームにとっては、虫は貴重なたんぱく源なのです」


――マジかよ!?


 こりゃ、もしノームの集落でおもてなしを受けても迂闊に口に入れられないな。

 今のうちにもう少し腹ごしらえをしておこう……。


 休憩中にメアリーからもらった干し肉をもう一本頬張る。


「あ! つむぎくん、ずるい!」

「ずるい、って何だよ。俺は朝食べてなかったし。……って言うか、おまえも自分のもらってたじゃん!」

「もうなくなったわよ。あんなちょびっと」


 だからさっき、眠たくなってたんだな。


「メアリー ちゃ~ん? 干し肉、まだある?」

「紐パンにあげる分はもうありません」

「こら! チビ助! ちゃんと〝さん〟付けしなさいよ!」


 紐パンさんなら、ちゃんとしてんのか。

 どんどんボーダーが下がってんな……。


「その身体でよく人のことをチビとか言えたものですね。とにかくリリッペは、サイズの割に燃費が悪すぎるんですよ」

「そうかも知れないけど、私のせいじゃないから! こっちに送られる時になぜかこんな身体にされちゃったのよ、ノートの精にっ!」

「全く言ってる意味が分かりません。大丈夫ですか?」


 残念な人でも見るかのように、憐憫れんびんの眼差しをリリスに向けるメアリー。

 これ以上メアリーと話してもらちが開かないと悟ったのか、ふぅ――、っと一つ息を吐き出すと、再び俺の方に向き直るリリス。


「ねえ紬くん。両手塞がってるのに、咥えながらじゃ食べにくいでしょ? 干し肉、私が持っててあげるよ」と言って、肩の上から手を伸ばしてくる。

「別にいいよ……」

「いいからいいから」


 リリスが、唇を片側だけ上げた悪そうな笑みを浮かべてにじり寄ってくる。

 こいつに渡したら、絶対に秒でなくなる!


「止めろって! 遠慮しとく! もう寝てていいよおまえ!」

「あぁ~! 食べられないとなると余計欲しくなる! こんなんじゃ眠れない!」


 メアリーが、足をばたばたさせるリリスを見上げて溜息を吐くと、


「仕方がないですね。これで最後ですよ?」

「え! いいの!?」


 鞄の中から干し肉を何枚か取り出すと、さらにメアリーが続ける。


「はい。なんと言ってもパパとママのかたきを取ってくれた一番の功労者ですからね。メアリーにできることなら何でもしてあげたいとは思っているんです」

「あら、殊勝なところもあるじゃない」

「なので、もう一度紐パンを見せてくれたら、この干し肉をあげますよ」

「そこまで言うならタダでよこせやぁ――っ!」

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