11【横山紅来】曇り眼鏡

「ここも……ダメかあ」


 崖下を覗きこむと、下まで五メートル前後はありそうだ。


「もう少し、迂回路を探ってみよっか」


 崖と平行するように延びている獣道を進みながら、こうしてちょくちょく確認しているんだけど、その度に、東西に長く伸びた懸崖けんがいに行く手を阻まれている。

 持って来たマップにも整備されたエリア以外は 〝森〟 のマークが表記されているだけで、地形の詳細は載っていなし……。

 マッピングの空白エリアなのよね、この辺りは。


「もう、強引に降りちゃう?」


 勇哉ゆうやの強硬論に、しかし私は、マップに印をつけながら首を振る。


「ううん。今後も行き来することを考えたら、きちんとしたルートを確保した方がいいでしょ。どうしても無ければ、明日はザイルで下りるけど……」


 ダウジングはどう? と私が尋ねた相手はもちろん華瑠亜かるあ……ではなく、初美はつみうららだ。

 先程から不機嫌さを隠そうともしていない華瑠亜だけど、振り子ペンデュラムを乱暴に振り回す姿を見せられては、ダウジングは任せられない。


「若干、北寄りになってる気もするけど……まだ、あまり変化ないわね」


 と、ちらりと私の方を流し見ただけの初美に代わって、麗が答える。


「じゃあ、もう少し東へ移動してみよっか」


 その時。

 歩いて来た方向――西側を確認していた歩牟あゆむが、


「おい、あそこ!」


 歩牟の指差した方向を確認すると、二、三十メートルほど戻った場所で、崖崩れでもあったのか崖下に土砂が溜まっているのが見えた。

 近づいてみると、崩れた土砂が崖下まで天然の坂道を作っている。


「ここからなら、下に降りられそうだね!」


 クロノメーターを確認しながら、私はマップに新たな線を引き直した。


「この先はマナ濃度の未確認エリアだ。俺が先に行く」


 と言う歩牟を受けて、勇哉も、


「まあ、大した魔物は出ないだろうけどな」


 と、一緒に崖を下り始める。

 次に、ダウジング担当の初美と麗、最後に、少し離れて私と華瑠亜も続いた。


「ねえ紅来……」と、華瑠亜が私の耳元に口を寄せて。

「どう思う、あれ?」


 華瑠亜があごで指した先では、麗に手を取られた初美がヨロヨロと崖を下っていた。


「ん? ダウジングのこと? ちゃんと働いてくれてるみたいじゃん」

「そうじゃなくて! あれよ、初美がなんか、紬を好きだとかなんとかって……」

「ああ、その話ね……」


 確か、つむぎへの想いが強いほどダウジングも反応しやすい、って話だっけ?

 まだ華瑠亜はあんな話を引き摺ってるのか。


「でもあの後、麗が説明してたじゃん。初美っちの好きな小説に出てくる贔屓ひいきのキャラクターに紬が似てるから……とかなんとか?」

「それは聞いたけど、でも、小説の名前を聞いてもあやふやだったし」

「そりゃ、いくら仲良しだって読んでる小説までいちいち覚えてられないでしょ」

「それはそうかもしれないけど……」

「……けど?」

「贔屓のキャラクターが出てるとか、それがあいつに似てるとか、そんな情報まで知っててタイトルが出てこないなんて不自然じゃない?」


――華瑠亜は、麗の説明に納得していないのかな?


「何でそんなに気になるのよ?  別に、初美っちが紬をどう思っていようが、華瑠亜には関係ないじゃん」

「そりゃそうよ! 関係はないわよ! あるわけないじゃん!」

「もしかして春ごろの、初美のことで紬から相談受けたって話、気にしてんの?」

「え? ああ……うん……そう、それっ!」


――それじゃないのか。


「なぁんだ、紅来もその話、知ってたんだ?」

「うん。船列車ウィレイアの中で、歩牟たちが話してるの聞いたから」

「そうなのよねぇ……。相談受けた身としてはさ、初美も満更じゃなかったなんて話を聞いたら、協力できなかった事に責任を感じると言うか……」

「じゃあ華瑠亜は、紬と初美っちに上手くいって欲しかったの?」

「え? あ、いや、別にそう言うわけでもないんだけど……」


 その時、崖を下り切った勇哉ゆうやがこちらを振り仰ぎ、


「おぉ――い! この後は、どっちに進めばいい――?」

「マップの赤い線まで、適当に進んでぇ――!」と、私も雑に答える。


 適当にって何だよ? と、ぶつぶつ呟く勇哉の声が風に乗って聞こえてきたけど、今はそんなことより華瑠亜の件だ。


――何だか、面白そうな話になってきた!


「前から気になってたんだけどさ、華瑠亜って、紬のこと好きなの?」

「は……はぁぁぁあ!? な、なに馬鹿なこと言って……きゃあっっ!」


 突然、華瑠亜の姿が視界から消えた。

 視線を落とすと、土砂の隙間に片足がずっぽりはまって、身動きの取れなくなった華瑠亜がもがいている。


――ちぇっ! 肝心なところで水を注されたわ……。


「土砂崩れの上を歩いてるだけだからね。隙間を歩くとはまるから、気をつけて」

「そう言うことはっ……嵌る前にっ……言ってよっ!」


 足に付いた土や砂を手で払いながら華瑠亜が唇を尖らせる。


「で? どうなのよ?」

「え? 何が?」

「紬のことよ」

「どうも何も、そんなわけないでしょ! あたしがあんなやつを好きだなんて、どうして思ったのよ!? 曇り眼鏡にも程があるわ!」

「そう? なら良いんだけど……」


 う~ん、嘘を言ってる感じではないんだよねぇ。

 ってことは、もしかして華瑠亜自身も自覚がないとか!?

 ツンデレだけど天然の華瑠亜なら十分にあり得るな。


「ただ、初美っちはよく分からないけれど、私の見たところ、立夏りっかは紬のこと、かなり気にしてると思うよ」

「え? そ、そうなの!?」

「〝多分〟だけどね。盗賊シーフの勘。地下空洞で一緒に過ごした時にね、立夏の様子を見てて、なんとなくそうかなって……」

「そうなんだ、やっぱり……」


 華瑠亜にも思い当たる節があるらしい。


「華瑠亜さ、洞穴に入る前、林道で紬と二人で話してたじゃん? もしかしてあのとき、キスでもされた?」

「は……はぁああ? なななななっ、何でそんなこと!?」

「いや、なんとなく……。立夏の口移しの件でイラついてたんなら、それくらいしないと華瑠亜の機嫌も直らないかなぁ、と思って」

「そ、そんっなわけないでしょ! なんであいつのキスであたしの機嫌が直んのよ!? 馬鹿も休み休み言ってよね! それじゃまるで私がががっ」


 話しているうちに、いつの間にか私たちも谷底付近まで辿り着いていた。


 それにしても……。

 こんなに分かり易く動揺する人、初めて見たわ。


「なんだ、してないのかぁ。じゃあ、私の方がリードしてるってことか」


 華瑠亜が私の方を見ながら、綺麗な碧眼を大きく見開いて、


「りっ、リード? な、何の話? 紅来もあいつとなんかあったの!?」

「何でもない。こっちの話ぃ~」


 そう言い置いて、唖然とする華瑠亜を横目に最後の土砂を飛び越える。

 地下空洞に落ちた時、紬にお礼のキスをしたことは、華瑠亜には黙っておいた方がいいかな。私にとってもあいつは……。


 と、そこまで考えて、頭をクリアにするために首を振る。


――ううん、それはまた、あいつらを助けたあとで考えよう!

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