09.抜け穴

「おかしいですね……最後は縄梯子なわばしごで上ると聞いていたのですが……」

 

 メアリーと一緒に俺も周囲を見渡すが、縄梯子らしき物は見当たらない。


「あと三メートル程度だし、メアリーだけなら上げられるんじゃないか?」


 リリスをポーチに入れ、メアリーが肩に登りやすいようがに股になる。

 とは言え、二十センチ程度の足場の上での話だ。壁に向かいながらの姿勢なので、股関節を百八十度近く広げなければならない。


「よっこらしょです!」


 可憐も手伝い、少しヨロけながらもメアリーが俺の肩を足場にして立ち上がる。


「ローブの下はミニスカートなんですから、上は見ないでくださいねっ!」

「七歳のパンツに興味ねぇよ……」

「メアリーは二十歳だって教えたじゃないですか! やはり脳みそが欠損――」

「いいからさっさと上れ! 手、届くか?」


 万が一にも落としちゃヤバいという命懸けの場面。のんびりやってられるほどの余裕は俺にもない。


「……う~ん、もうちょっとで届きそうで、ギリギリ届かない感じです。パパ、ちょっとジャンプしてみてください」

「馬鹿言うな!」


 メアリーの足首を掴んでいた手を離し、てのひらを上に向けて肩の横に差し出す。


「メアリー、靴を脱いで手の上に乗れ」

「靴を脱いで? たかだか掌程度で土足禁止とか、どうかと思いますよ? もっとワイルドにならないと、いつまで経ってもママのお尻に敷かれて――」

「靴のままだと不安定だからだよ! 無駄口叩いてないで早くしろ!」


 メアリーの両足が掌に移ると、ゆっくと腕を上に伸ばして持ち上げる。


「ぱ、パパ! パパの腕が、プルプル震えてます! 非力ですか!?」

「足場が狭くて体勢が不安定なんだよ! いいから早く行け!」

「ま、ママに替わってください! 命の危険を感じます!」

「剣技はさておき、単純なパワーでパパがママに負けるわけないだろ!」


 ……と、抗議の声を上げようかと思ったが、少し自信がないので止めておく。


「ど、どうだ? 手、届くか?」

「と、届きました!」


 掌にかかっていた荷重がふっと消える。

 首を折って見上げると、頂上部によじ登っていくメアリーの姿が見えた。続いて可憐が、持っていたメアリーの靴を片方ずつ放り上げると、それを履きながら、


「ふぅ……。こんなことなら、パパかママをメアリーの術で軽くして上に上げた方が良かったかもしれませんね」

「あ……」


 ――そうじゃん! その手があったじゃん!


「そういうことは早く言えよっ! 忘れてたわ!」

「で、次はどうするんです?」


 尋ねるメアリーに、悪びれた様子は微塵もない。


「鞄にザイルが入ってたよな? どこか、しっかり結べそうな場所はあるか?」


 メアリーがぐるりと周囲を見渡す。


「と言うか……」


 メアリーが立ち上がり、トタトタと二、三メートル移動して再びしゃがむと、下に何かを投げ落とした。


 ――あ、あれは……!?


 今の俺の位置より少し戻った辺りに垂れ下がった二本の縄梯子。


 ――どう言うことだ?


「上に巻き上げられてました。これでパパもママも登れますよね?」

「う、うん、それはそうだけど……」


 問題はなぜ巻き上げられてたのか・・・・・・・・・・・・? だ。

 巻き上げたのは当然、最後にここを使った者だろう。

 最後の移住グループの護衛に当たった 〝レアンなんちゃら家〟 とか言う守護家の連中だろうか?


 しかし、誰が巻き上げたにせよその理由が分からない。


 ――グールの追跡を避けるため?


 いや、グールは壁に張り付けるのでそんなことをしても意味がない。

 たとえそれを知らなかったとしても、どちらにせよグールの巨体では抜け道を通過できないのだし……どうも嫌な予感がする。


「抜け穴、ありましたよ!」


 俺と可憐が頂上に辿り着くと、上ではメアリーが壁の奥を覗き込んでいた。その先には、直径が一メートルあるかないかくらいの穴がポッカリと口を開けている。

 確かに、人一人は何とか抜けられてもグールが通るのは無理だろう。


「先を急ごう」


 可憐が先頭となり、松明を持って四つん這いになる。

 可憐の体が穴の中に消えると、次はメアリー。裾の長いローブでは四つん這いで移動し辛いので、膝の上までまくり上げてから身を屈めて可憐に続く。

 最後は俺が、同じように四つん這いになってメアリーの後に続いた。


 ふと前を見ると……。


 ――ブタさん!?


 いや、正確にはブタさんの柄の刺繍だ。

 メアリーがローブをまくり上げた時に、スカートまで一緒にめくれてしまったらしい。

 お尻の部分に豚の刺繍が施されたパンツが、メアリーの動きに合わせて目の前で揺れている。


 ――なぜ、ブタさん?


 と、ぼんやり考えているとまた、メアリーからの注意勧告。


「パパ! 前は見ないで下さいね。メアリーのパンツが見えるといけないので!」

「別に、お前のブタさんなんかに興味ないっつぅの」


 ……と、視線を手元に落とした次の瞬間、突然頭が何かにぶつかる。


 ――なんだこの、ポニョッとした感覚は!?


 顔を上げると、目の前にはどアップのブタさんが視界一杯に広がっていた。

 続いて聞こえてきたのは、メアリーの震え声。


「な、何でブタさんだって……知ってるんですか……?」


 ――あ……。


 ボォ――ッとしてて、思わず口が滑っちまった。

 前方を覗き見ると、顔を真っ赤にして振り返っているメアリーと目が合う。


「あ、いや、なんて言うか……偶然見えた、って言うか……」

「そんなもの偶然になんて見えませんよ! この、変態パパ!」


 メアリーが、後ろ蹴りで俺の顔面を蹴り付ける。


「ち、ちょっと待てって! 逆光でよく見えなかったし!」

「よく見えないくせになんでブタさんだって知ってるんですか!? 見えてるじゃないですか!」

「ご、ごめんごめん! 見ちゃったのは謝るけど……風呂とか一緒に入ろうとしてくらいだろ? パンツくらいどうってことないじゃん!」

「それとこれとは別です! 問題をすり替えないで下さい!」

「ちょ、ちょっと待て! 落ち着け! 一旦出た後で、ゆっくり話を――」


 さらに振り回されるメアリーの足が当たらない位置まで一旦後退あとずさる。

 直後――。


「おまえたち! いい加減しろ! 先に行くぞ!」


 前方から聞こえてきたのは可憐の叱責。


「だってママ! パパがメアリーのスカートを捲ってパンツを見るんですよ! やっぱり、脳みその一部が壊れて変態になったんですよ!」


 ――最初から捲れてたんだよ! 脳みそも壊れてないから!

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