08.絶対に落ちないで下さいよ?

「あ! そう言えば……グールはどうなった!?」

「ええっ!? 今頃?」


 リリスが呆れたように肩をすくめて顔を横へ向ける。

 その視線の先を辿っていくと、可憐のさらに後方に転がっている、どす黒い緑色の物体に目が留まる。


「や……やっつけたのか?」

「当たり前でしょ? でなきゃ、今こうしてのんびりと喋ってなんていないわよ」

「あいつ、やたら生命力強いけど、大丈夫なんだろうな!?」


 そんな俺の懸念に答えるように、今度は可憐が言葉を繋ぐ。


「大丈夫だ。芯核コアと頭部は完全に破壊しておいた。間違いなく死んでる」

「そっか……」


 ふぅ……と安堵の息が漏れる。


「それにしても、リリッペ、凄く強かったんですね! メアリーはちょっと見直しました」

「ま、まあねっ! それほどでもあるけどねぇ!」


 リリスが腕組みをしながら、満足そうに小鼻をヒクつかせる。


「戦闘に関しては、メアリーよりちょい上だってことは認めてあげますよ。なんだったら、剣術とか、メアリーに教えてくれたっていいんですよ?」

「な、何なのその、謎の上から目線は……」

「そこは仕方ないですよ。メアリーの妹として生まれたからには、上から目線で見られるのは致し方ありません」

「いやいやいや! あんたの妹として生まれた覚えないし!」


 憤慨するリリスを地面に下ろし、ゆっくりと立ち上がってみる。

 すかさず、俺の体を支えるように手を差し伸べてくる可憐。


「あ、悪い。ありがと」

「いや……。それより大丈夫か? フラついたりは?」

「うん、多分、大丈夫だと思う」


 頭を打った後なので自分でも心配だったが、足元はしっかりしている。これなら充分、登壁もこなせそうだ。

 可憐に、顔に付いた血を拭いてもらうと、濡れタオルが見る見る赤く染まっていく。


「念のため、もう少し休みますか、パパ?」

「いや、また変なのに襲われても厄介だし、とっとと上っちまおう」


 魔力の残りはよく分からないが、リリスを全開で使った後だし楽観はできない。

 リリスを肩に乗せ、荷物を持って出発の準備を整えると、可憐を先頭に細い足場を三人で登り始める。


「パパ、絶対に落ちないで下さいよ?」

「分かってる」

「いくらメアリーでも、落ちて即死されたら治せませんからね」

「分かってるって」

「絶対ですよ? 絶対落ちちゃダメですからね?」

「……なんか、落ちて欲しそうだな逆に!」


 全員で壁の方を向き、谷側を背にしてゆっくりと横歩きで進む。

 足場は確かに狭いが、壁自体が全体的に奥へ傾斜しているので、踏み外しさえしなければ落ちる心配はないだろう。


「さっきはありがとう」と、先頭を行く可憐が、振り返らずに声を掛けてきた。

「さっき……って、グールの?」

「ああ。紬がガードしてくれなければ、私が大怪我をしていたかもしれない」

「いや、お礼を言うのはこっちだよ。可憐がきっちりコアを叩いてくれたお陰で倒せたんだからな。ありがとう」


 可憐の後に続いていたメアリーも俺の方を振り仰ぎ、


「メアリーからも、一応お礼を言っておきますよ。パパだけは無様にやられちゃいましたけど、チームメアリーとしてはパパの作戦のお陰で勝利できましたので」

「そりゃどうも」


 今の台詞に、俺だけやられたって部分は必要?

 つか、チームメアリー? いつの間にそんな名前に!?


「だんだん……高くなってきたね……」と、下を見ながらリリスが呟く。

「そうなのかな……」


 俺も、足元に横たわる暗闇へちらりと視線を落とす。既に松明たいまつの明かりでは地面が見えない位置まで登ってきている。


「リリスは、下まで見えるのか?」

「うん。悪魔は夜目が利くから……」


 半分程度は登っただろうから、今は高さ五メートル程度だろうか?

 依然、プールで高飛び込みの台に登ったことがあるが、見上げる五メートルと見下ろす五メートルでは、脅威が段違いだ。

 別に高所恐怖症というわけじゃないけど、下まで見えないぶん、いくらか恐怖心が和らいでいるのは確かだろう。


「結構、高くなってきたね……」と、またリリスが下を見ながら呟く。

「恐いならもう見るなよ」


 さらに十五分ほど上り続けたところで、ようやく足場が終わる。

 可憐が足を止めて振り返り、


「ここで行き止まりだが……この後はどうするんだ?」


 メアリーを見下ろして尋ねる。

 しかし……。


「おかしいですね……最後は縄梯子なわばしごで上ると聞いていたのですが……」

 

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