07【横山紅来】選抜試験

「洞穴の最深部がこの辺りで、地下空洞がこんな感じに広がってたから……」


 シルフの丘の遊歩道入り口、歩道脇のスペースに設置されている東屋ガゼボの下で、テーブルの上に広げた周辺マップに私が赤印を書きこんでいく。

 同席しているメンバーは、華瑠亜かるあうらら初美はつみ勇哉ゆうや歩牟あゆむの五人。足を痛めている立夏りっかと、その付き添いで優奈ゆうな先生の二人は別荘待機となった。


「恐らく地下河川がこんな風に流れているから……二人が流された位置はこのラインよりもさらに北かな」


 私がマップの上でペンをぐるぐる回してエリアを指し示すと、勇哉が眉をひそめながら、


「ひ……広くね?」

「仕方ないじゃん。地下河川の正確な形状なんて分からないんだから」


 この予想エリアにしたって、地下河川が九十度以上の方向転換をしていないことが前提であって、必ずしも正確とは言えないのだ。

 華瑠亜がマップの一点に指を置きながら私の方を向いて、


紅来くくる、この赤いラインまでどれくらい?」

「直線距離で三キロ位かな。遊歩道で一番近い所まで進んでも、残り二キロ以上」

「それくらいなら……一時間もあれば着きそうね」

「普通の道ならそうだけど、遊歩道から林に入ればどうなってるかは分からないし、少なくとも倍は見ておかないと」

「そう言えばさ……」


 雄哉が、何かを摘み上げるような仕草を見せて続ける。


「ダウジングは誰が担当すんの?」

「え? あれって、誰でも出来るようなもんじゃないの?」


 華瑠亜が聞き返すが、詳しい者がいないので皆で目線を交し合い、自然と最初に『ダウジング』という単語を発した人物に視線が集まる。


 ――初美だ。


「え? あ……う……」


 赤面してしどろもどろになる初美を、「早く出しなよ、あれ!」と麗が小突く。初美が頷いてファミリアケースを指輪で叩くと、出てきたのは――、


「クロエだにゃん!」


 コミュ障の初美に代わって彼女の考えを代弁する使い魔だ。なぜか猫語だけど、見た目は黒いミニのワンピースを着た少女型の精霊。

 この場にいる全員、合宿中に何度か目にしていたので、今ではすっかりお馴染みになっている。


「ダウジング、誰がやった方がいいとかあるの?」

「はつみんもそんにゃに詳しいわけじゃにゃいけど……」


 ふわふわと飛んでいたクロエが、初美の肩に戻って羽を休めながら、華瑠亜の質問に答える。


「誰にでも扱えると言えば扱えるはずにゃん」

「それでも、向いてる人とか、そういうのもあるんでしょ?」

「この振り子ペンデュラムには対象者の体の一部を入れたりするらしいから魔法効果マジックエフェクトもあるかも知れにゃいけど、基本的に、ダウジングは魔具とは違うにゃん」

「と、言うと?」

「使用者の深層心理によって引き起こされる微妙な筋肉の動きが、大気の〝気〟と反応してペンデュラムを動かすという、とてもスピリチュアルな道具にゃん」

「で、つまり、どういうことなのよ?」


 次第に、華瑠亜の眉間に縦皺たてじわが増えてゆく。


「端的に言えば、そのペンデュラムで探す対象、つまり、つむぎんのことを一番想ってる人間が持つのが効果的にゃん。つまりそれは、はつみん――」

「戻れっ、バカクロエ!」


 顔を赤らめた初美が慌てて命令すると、クロエは、黒い球体に変化しながらファミリアケースに戻っていった。


「え――っと……」


 ――つまり、こういうことよね?


つむぎを発見するには最も紬を好きな人がダウジングを担当するのが効果的で、それは初美はつみだってこと?」

「まあ、有体ありていに言えば、そいうことらしいわね」


 私の説明に、どこか愉快気に答える麗。

 すぐに、俯いたままの初美から思いっきり肘で小突かれていたが、イタタタ、と腕をさすりながらも、やっぱり顔は楽し気だ。

 一方華瑠亜かるあは、唖然とした様子で、


「何よ……それ……」


 呟くと、私の腕を掴んで皆から少し離れた位置まで引っ張っていく。


「イタタタ! どこ行くんだよ、華瑠亜!?」

「初美が紬を好き? 紬が初美のことを好きだったって話じゃないの? 初美も好きなら二人は……少なくとも春頃は両想いだったってこと?」

「知らないよ私は。その話は華瑠亜の方が詳しいんじゃないの?」


 華瑠亜が改めて初美の方を見る。


 度が過ぎた人見知りで風変わりなキャラクターではあるが、色眼鏡を外して見れば、長い睫気まつげを湛えた切れ長の目に筋の通った高い鼻、コンクパールのような艶のあるピンクの唇。

 十六歳とは思えない大人びた美人顔と言っていい。

 しかも専攻は、紬と同じビーストテイマー……。


 クロエの情報ってことは、初美の本音ってことよね? 怪しいのは華瑠亜と立夏だけかと思ってたけど、とんだダークホースじゃん!


 ――わくわくしてきたぞ!


「じゃあ、ダウジングの担当は初美ってことでいいかな?」


 私の言葉に、華瑠亜がすかさず手を上げて、


「ちょ、ちょっと待った!」

「出た! 華瑠亜ストップ!」

「何よ華瑠亜ストップって!? だ、だって、紬を好きなのは、みんなだって一緒でしょ? な……仲間として!」

「そりゃそうだけど……初美のは、仲間としての〝好き〟とはまた別なんでしょ?」


 私の言葉に、さらに頬を赤らめて俯く初美。

 でも、そんなことに構ってはいられない。


 ――だって、すごく面白そうなんだもん!


「そんな、好きの種類なんてどうでもいいわよ!」と、眉を吊り上げる華瑠亜。

「とにかく、みんなが好きならみんなで選抜試験をするべきだと思うんだけど!」

「選抜って……。私は、いいよ、めんどくさい」

「私も別に……」と、麗も首を振る。

「仲間として、って話なら、勇哉や歩牟にも聞いてみないと?」


 私の言葉で、少し離れた場所で休んでいる二人を目尻に懸ける華瑠亜。

 しかし……。


「いいわよあいつらは。めんどくさいから」


 ――仲間としてとか、関係ないじゃん。


「……で? 何をするの? その選抜試験とやらは」

「順番にペンデュラムを持って、動きの良かった方が担当、ってのはどう?」

「じゃあ、私と麗はパスでいいから、華瑠亜と初美の二人で決めなよ」


 まず最初にペンデュラムを持って吊り下げたのは初美。

 最初はわずかに揺れていた程度のペンデュラムが、段々と大きく揺れ始め、三十秒程ではっきりとした縦揺れに変わった。

 揺れ幅は、十五~二十センチほどだろうか。


「な、なかなか、やるわね……。でも、まだまだ甘いわ!」


 初美からペンデュラムを受け取った華瑠亜が、同じようにペンデュラム吊り下げる。……が、三十秒どころか、一分経っても二分経ってもピクリとも動かない。


「ここまで動かないのも、凄いね」

「ある意味、これはこれで、何か特殊な感情が渦巻いてそう……」


 私と麗が、別の意味で感心しながらコメントを述べるが、華瑠亜にとってはそれどころではなさそうだ。


「動け、動け、動けぇぇぇ……」


 華瑠亜の、呪詛のような呟きに合わせて、チェーンをつまむ右手の力みも強くなり、少しずつ腕全体がプルプルと細かく震え始める。


 ……と、その時。


 突然、勢いよく回転し始めるペンデュラム。

 チェーンの先の小瓶が、空気を切ってブンブンと音を立てる。


「う、動いたっ! どうよ、これっ!」


 私と麗の方へ、満面の笑みを向ける華瑠亜。しかし……。


「どうよ、って言われても……勢い良過ぎでしょ、それ」

「華瑠亜……思いっきり腕が動いてるよ」と、麗も冷めた反応。


 さらに、離れた場所から眺めていた勇哉も、


「おい華瑠亜! なに振り回してんだよ! 一個しかないんだから壊すなよ!?」


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