04.悪夢の再来

「それにしても、カリンママ、ほんと強かったです!」


 可憐かれんの剣技を目の当たりにしてから、感心しきりのメアリー。

 たまに繋いだ両手を離しては、先程の可憐の動きを「エイ、ヤー」と叫びながら真似てみせる。ぎこちない……けれども、可愛らしい殺陣たてだ。


「魔臓活量がほとんどないから、物理職を極める道しかなかっただけだ。まだまだ未熟だよ」


 可憐とて所詮は一介の高校生だ。未熟だという自己評価も、決して謙遜だけで言っているわけではないだろう。

 ただ、ノーム自体もあまり戦闘向きの種族ではないらしく、人間の高校生クラスの技量でもかなりの手練てだれに映っているようだ。


「それに比べてパパは……」


 可憐の真似を一通り終えて落ち着くと、今度は半眼で俺を見上げるのもパターンになってる。

 そんなメアリーを、俺も薄目で見下ろして、


「いいよ、わざわざ俺と比べなくても。ママは特別なんだって」

「特別だろうがなんだろうが、ママよりパパが弱いなんて普通じゃないですよ」

「ノームではそうかもしれないけど、最近の人間はむしろママの方が強いんだよ」

「そもそも何ですか、あのクソみたいな棒っ切れは?」

「クソとか言うな!」

「専用武器があるって言うから剣は渡さなかったのに……あんな木の棒だとは思いませんでしたよ。メアリーは落胆しました」


 そう言いながらも、また、俺と可憐の間で両手を差し出して手を繋ぐ。


「あれはあれで特別な武器なんだよ。あれで俺の魔力をだな――」

「しかもなんですか『俺つえええええ』って?」


 ――相変わらず、人の話を聞かないなぁ、こいつ。


「あんな物を出すためにあの詠唱って、どうなんですかね? メアリーなら恥ずかしくて、とてもじゃないけど言えませんよ」

「あれも成り行きで仕方なくというか……。そもそも、ママは剣士ソルジャーで俺は魔物使いビーストテイマーだからな。戦い方が違うんだよ」

「ていま?」

「そう! 使い魔や魔物を操って戦うの。本人の戦闘力は大して重要じゃないの」

「使い魔はどこにいるんですか?」


 ファミリアケースは歩牟が拾ってくれた鞄の中だったから、ブルーは出せない。

 そうなると、今いるのは……。


「こいつ」と、右肩に座っているリリスをあご先で指す。


 リリスを見上げるメアリーの顔に、瞬く間に侮慢ぶまんの色が広がっていく。


「戦闘力ゼロじゃないですか」

「ゼロって何よ!」


 眉を吊り上げるリリス。


「紬くん! つえ~出して! この子に私の本来の姿を披露するわよ! 早く!」

「マジ勘弁」


 この危険な地底で、そんなことのために数万の魔力を無駄使いできるはずがない。

 さらにメアリーが続ける。


「こんなんじゃ、大切な人を守ることなんてできないですよ」

「大切な人?」

「家族とか、友人とか、恋人とか……」


 そこまで話して、メアリーが何かを思いついたように可憐を振り仰ぐ。


「そう言えばパパには、二号さんはいないでしょうね?」


 ――二号どころか一号もいねぇよ。


「よく知らないが……あえて言うなら、立夏りっか華瑠亜かるああたりか?」

「ええっ!?」


 可憐の答えに驚いたメアリーが、再び俺の方に向き直って尖り声を上げる。


「三号までいるんですかっ!」

「可憐! 別に、無理に答えなくてもいいから!」


 ――立夏と華瑠亜? 可憐に……と言うか、周りにはそう見られてるのか?


「二人とはただの友達だっつぅの! って言うか、可憐とだってそうだけど……」

「さっさとその二人とは関係を清算して、ママのところへ戻って下さい」

「人の話を聞けって!」


 不意に、可憐の足が止まる。


「どうした、可憐?」


 首を折って上を見上げる可憐。その視線の先を確かめようと、俺も松明たいまつを掲げた。


「こ、これは……」


 眼前、二十メートル程先に大きな岩壁が立ち塞がっている。

 近づいてみなければ分からないが、ちょっと見た感じでは通り抜けられそうな道も見当たらない。


「行き止まり? 道を間違えた?」

「いえ……」と、俺の問いに首を振るメアリー。

「この上に、向こう側へ抜ける穴があるはずなのですが……」


 メアリーが岩壁に近づきながら、さらに続ける。


「壁を上るルートの入り口が、岩で塞がれています」

「ルート? ……って、もしかしてあれか!?」


 よく見ると岩壁の表面に、幅二、三十センチ程の、道と呼ぶにはあまりにも頼りない足場が上に向かって伸びている。

 そのスタート地点になっていそうな位置が大きな落岩で塞がれていて、何か道具でも使わないと、登壁ルートに取り付くのが難しそうなのだ。


 しかし、メアリーは特に気に留める様子もなくスタスタと歩み寄りながら、


「ちょっと、退かしますね」

「退かすって……え? あの岩を!?」


 行く手を塞いでいるのは、高さが優に三、四メートルはありそうな巨大な岩だ。三人掛かりで挑んだって、到底動かせるような代物じゃない。


「いやいやいや! よく見ろ! そんなでかい岩、動かせるわけないじゃん! 時間は掛かるけど、なんとかよじ登って飛び移るしかないって!」

「パパこそ、よく見ていてください」


 落石に右手を添えるメアリー。すると――。


 すぐに、全身が薄っすら白く光るもやのようなものを纏い始める。

 やがて、右腕を伝って移動した白い靄が、落岩全体を繭のように包み込んだ。


「な、何だ? それ?」

「さすがに持ち上げるのは厳しいですが、少しずらすだけなら……」


 そう言いながら、気合を入れるように、はうっ! と声を漏らすメアリー。

 と、次の瞬間、信じられないことに、巨大な落岩がズルズルと手前へ動いたのだ!


「うひゃ!?」


 思わず間抜けな声を漏らしてしまったが、横を見ると、可憐も呆気に取られたように口を半開きにしてメアリーの作業を眺めていた。


「これで、何とか通れるでしょう」


 落岩から手を離したメアリーが、ふぅ、と溜息を漏らす。

 作業時間は一分ほど。

 気がつけば、登壁ルートを押し潰すように立ちはだかっていた落岩が、五十センチほど移動して岩壁との間に隙間を作っていた。

 これなら、下から登壁ルートを伝って上って行けそうだ。


「メアリー、凄いな! あんなデカい岩を……」

「普段は結界に使う力なんですけどね。自分以外の対象物に使うと、重力を調節することができるんです」

「ふえぇぇぇ……」


 直接触れる必要はあるらしいが、いわゆる念動力のような効果らしい。

 魔動力とでも呼べばよいだろうか。

 気を失っていた俺たちを部屋まで運んだり、生活水や飲料水の汲み上げなど、この小さい体でよく……と思っていたのだが、どうやらこの力のおかげだったらしい。


「では、上りましょう。足場が狭いので気をつけてください」

「ちょっと待って!」


 肩の上でリリスが叫ぶ。

 その声にびくっと肩を跳ね上げたメアリーも、すぐに何かに気がついたように暗闇へ視線を向けながら、


「マズいです! 奴です! 早く上って逃げますよ!」

「奴?」


 その時。


 ギュルカカカヵヵヵ――……!


 あの、不気味な悪魔の声が窟内に鳴り響いた。


 ――この声は!?


 岩壁沿い……左手の闇の置くから、ゆっくりとその姿が浮かび上がる。

 鋭い爪を持った大きな掌、黒ずんだ緑色の皮膚、首のない魚人のような頭部。

 悪夢の再来に、全身の血が凍りつき、鳥肌が駆け抜ける。


食人鬼グール!!」


 ――やっぱり、まだいやがった!

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