05.絶対やっつける

食人鬼グール!!」


 ――やっぱり、まだいやがった!


 ただ、地下空洞で倒したグールに比べると……。


 ――少し小柄?


 わずかに膨らみを感じさせる胸。後頭部からは髪の毛のような体毛が背中へ垂れ下がっているのも見える。

 可憐が背中のクレイモアを抜きながら、


「グールはつがいや家族単位で行動することが多いと聞くが……あれは雌のようだな。私たちが倒した奴との関係は分からないが……」

「雌の方が戦闘力は低い、なんてことは……?」

「期待できない」


 ――やっぱし。


「あれは……パパとママを殺した奴です! まずいです! 簡易結界も効果ないんです! 早く逃げますよ!」

「逃げるって、どこへ?」

「壁の上に登れば、人一人がようやく通れるほどの抜け穴があるんですよ! あそこに入ればあいつは追って来られません!」


 改めて岩壁を見上げる。上までの高さは十メートルほどあるだろうか?

 足場の悪さを考えても、上に着くまで優に二十分はかかりそうだ。

 地下空洞で襲われた時のことを思い起こすと、逃げおおせるとはとても思えない。


 首を振りながら松明をメアリーに渡し、六尺棍を召喚する。


「あいつは壁にも張り付けるんだ。ちんたら上りながら逃げるのは無理だ」

「そんなこと言ったって……あいつは、斬っても斬っても傷が治るんですよ! いくらママでもあいつを倒す事はできないのです!」

「あいつの強さは……分かってる。でも、倒さなきゃやられる」


 俺だって恐くないわけじゃない。いや、むしろ無茶苦茶恐い。

 なにせ、一ヵ月半前までは命の危険なんて全く感じることのない平和な日本で、日々ぼんやりと暮らしていただけの平凡な高校生なのだから。


 しかし、一度対峙したからこそ、分かる。

 こちらがまだノーダメージのうちに迎え撃つことこそが、全員の生存確率を最も上げる選択肢であるということを。


「そんな……。また、パパとママが死んじゃいます! また、メアリーが一人になっちゃいます!」


 メアリーの碧い双眼から、ポロポロと大粒の涙が零れ落ちる。

 そんな彼女をそっと抱き寄せ、耳元で、まるでおまじないのように囁く。


「大丈夫。絶対やっつける。メアリーはもう一人にはならない」


 もちろん、勝てる保証なんてない。


 ――が、勝算は十分にある!


 涙を拭うメアリーの頭を二、三度ポンポンと撫でてから、グールに目線を戻す。

 闇に紛れて近づこうという慎重さは見られない。地下空洞にいたやつに比べて頭が悪いのか、或いは完全に舐められているのか……。


「可憐。こっちが先にリリスでおとりになる。あいつの注意が逸れたら……」

「……どうした?」

「あ、いや、ごめん、可憐にばかり危険なことを頼んで……」

「気にするな。剣士とはそういう職業ジョブだ。再生芯核コアを、破壊すればいいんだな?」

「できるか?」

「もちろん」


 可憐にだって必ずやれるなんて確証はないはずだ。

 しかし、この期に及んで曖昧な返事も無意味だと分かっているのだろう。

 無理でも、やるしかないのだから。

 そして、そんな可憐の力強い返事に、俺も勇気をもらえたような気がした。

 

「リリス、聞いてたな? 俺の合図で斬りかかれ。コアのある鳩尾みぞおちを狙うとガードされるから、なるべく胸より上を狙って注意を逸らすんだ」

「分かった!」

「一応、分かってるとは思うけど……コアを潰すまでは通常攻撃だぞ?」

「……え?」

「え?」

「……あ、ああ、うん! もちろん! 分かってるわよ! 通常攻撃でしょ?」


 ――危ねぇ……こいつ、最初からスキル全開でいくつもりだったな?


 消費魔力を考えると、リリスのスキルはコアを破壊してから畳み掛けたい。


 彼我ひがの距離、残り十メートル。

 光源はメアリーが持つ一本の松明だけ。

 正確に的を突くにはできるだけ引きつけなければ。


 ――八メートル、七メートル、六メートル……今だ!


「行け! リリス!」


 グールとの距離が残り五メートル程になったところでゴーサイン。

 青白く光りながら成体化したリリスとグールの距離が、瞬時にゼロになる。


「リリッペ、おっきくなった!」


 メアリーが驚きの声を上げる中、エプロンドレスをひるがえし、グールの左右からレイピアを突き立てるリリス。

 虚を突かれたグールが慌てた様子で両手を振り回すが、リリスも華麗なステップでグールの反撃をひらりひらりと難なくかわす。

 グールの再生速度より、リリスの攻撃速度の方がやや上回っているようだ。


 ――だが、しかし……。


 やはり再生機能を維持されたままでは短期決着は望めない。

 周囲を舞い跳ぶリリスを追ってグールの体が完全に真横を向く。


 刹那。


 音もなく、地面を蹴り、弾かれるように突進する可憐。

 リリスほどではないが、それでも常人離れしたスピードで一気に距離を詰めると、グールの懐に潜り込んで鳩尾にクレイモアを突き立てた。


 苦しげな、怨嗟の咆哮が窟内に轟く。


「ママが、やりました!」

「うん! うん! だから言ったろ? 絶対やっつけるって! 


 ――よし、早く離れろ、可憐!


 グールの悲鳴が木霊する中、しかし、さらに剣を握る手に力を込める可憐。


「うおぉ――――――っ!」


 地の底から湧き出てきたような、可憐の裂帛れっぱくの雄叫び。

 地面を踏み込む脹脛ふくらはぎ、そして、クレイモアを握る両腕の筋肉が膨張し、静脈が青く浮かび上がる。

 左手でクレイモアのつかを掴んだまま、右手は長いつばを握り直し、渾身の力で刀身をねじり込んだ。


「何やってんだ、可憐! 早く離れろっ!」


 コアをやったからと言って、すぐに沈黙するようなやつじゃないのは経験済みだ。

 近距離で粘れば、それだけ反撃のリスクも高まる。


 気がつけば、思わず俺も、可憐とグールに向かって駆け出していた。


 直後、グールの、硬い鱗で覆われた背中の一箇所がボコリと浮き上がり、クレイモアの剣先が血飛沫ちしぶきと共に現れる。


 ――貫通した!?


 しかし同時に、可憐に向かって振り下ろされるグールの右手。

 可憐の白い肩に深々と突き刺さる、大きく鋭い爪――。

 一瞬頭を過ぎった、そんな未来を打ち消したい一心で、地を蹴る両足に渾身の力を込めた。


 間一髪!


 可憐を押し退けグールとの間に割って入った俺の六尺棍が、攻撃を受け止める。


「粘り過ぎだ、可憐!」

「完全に破壊しないと! 再生能力が少しでも残れば、それだけおまえに負担がかかる」

「もう大丈夫だからっ! 離脱しろ!」


 可憐の腕を掴んでグールから離れる。

 次の瞬間。


「ぐはぁっっ!!」


 背中に感じた、内臓が飛び出てきそうな一撃!

 同時に感じる浮遊感。


 とっさに可憐から手を放して巻き込まずに済んだが、錐揉きりもみ状態の飛行機から眺める景色のように、周囲がぐるんぐるんと回転する。


 そんな視界の片隅に見止めたのは、苦しそうにもがきながら、両腕を振り回すグールの姿。


 ――あれに、吹っ飛ばされたのか……。


 次の瞬間、俺の身体は思いっきり地面に叩きつけられた。

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