03【川島勇哉】コーリングサークル

「備えあれば憂いなし!」


 紅来くくるが、箱に付いていた販促ポップのキャッチフレーズを読み上げる。

 さらに、箱をクルクル回して四方から眺めていたようだが……。


「え? これだけ!?」と眉根を寄せた。


 ポップの下には「召集魔法円コーリングサークル」と書かれていたらしいのだが……。箱はかなり日に焼けて色褪せており、パッと見は何も書かれていない無地の紙箱だ。


「なんか、だいぶくすんでるわね……」と、華瑠亜かるあ

「だ、だからこそ在庫処分でかなり安く買えたんだよ……]


 定価は十万ルエンだぞ!? と、一応言い訳はしてみるが、皆の、非難と失望が入り混じったような怪訝な表情は変わらない。


 午前九時――。


 昨夜、このアイテムを買いに地元のティーバへ戻り、朝一で帰ってきたと思ったら、ねぎらいの言葉一つないままミーティング。

 ……という名の吊るし上げ?


 ――D班の女子は、みんな可愛いのはいいんだが、性格に到底無視できない課題を抱えてるやつが多いよな……。


「結局いくらだったの、これ?」


 紅来が箱をテーブルの上に置いて、俺の方へ向き直る。


「銀貨三枚で足りた?」

「本体はな。買物税の銅貨三枚は俺が立て替えといたけど」

「とてもだけど、三万ルエンの商品には見えないな……。部屋にあったら間違いなくゴミに捨ててるわ」

「と、とにかく、文句は中を見てからにしろよ!」

「はいはい……」


 紅来がふたをそっと持ち上げると、すぐ横から華瑠亜、さらに二人の後ろから、他のメンバーも箱の中を覗き込む。


 中には、綺麗に折り畳まれた麻紙が一枚。

 隅の方には二つの小瓶が、小虫の死骸と共に転がっている。

 紅来が顔をしかめながら、


「きたなっ! カビくさっ! なんだこれ!? ゴミじゃん、マジで!」

「おまえ、ほんと文句ばっかりだな」

「勇哉が言ったんじゃん。文句は中を見てからって」

「言わない、って選択肢はないのか?」


 麻紙を持ち上げようとしていた、紅来の手が止まる。


「これ、ヤバそう。古いから慎重に広げないと切れるぞ?」

「そ、それは、儀式の時に広げようよ。……そっちの瓶は何?」


 華瑠亜が、箱の隅に転がっている二つの小瓶を指差す。


「それが、体の一部を入れる小瓶らしいぜ。同時に召集できるのは二人までだって」


 ショップの婆さんの説明をそのまま皆に伝える。さらに、


「それと、箱の蓋に詠唱呪文が書かれているって言ってたな……」

「あ、ほんとだ」と、蓋の裏を覗き込む紅来。

「じゃあ早速、庭で試してみようよ!」


 通用口から直接庭へ出ようとする華瑠亜を慌てて引き止める。


「ちょ、ちょっと待て! 実は、一つ問題が……」

「問題?」


 不機嫌そうに振り返る華瑠亜。


「何よ、問題って?」

「有効範囲が、三百メートル程らしいんだよ」

「はあぁぁぁ!?」


 予想通りの反応。……そりゃそうだよな。

 この別荘からオアラ洞穴のあるシルフの丘までは約十キロ。つむぎ可憐かれんの現在位置はさらにその先だろう。とてもだが、有効範囲とは程遠い。


「ちょっと待ってよ……。紬たち、まだ地面の下なのよ!? どうやって三百メートル以内まで近づくのよ!?」

「そ、そうなんだけどさ……」

「そう言う重大な新事実が判明したなら、一旦連絡して指示を仰ぐくらいしなさいよ! ガキの使いじゃあるまいし!」

「そ、それがさ、事情話したらこれ付けてくれるって言うから……」


 ショップの婆さんがおまけで付けてくれたチェーン状のアイテムを、鞄から取り出して見せる。先っぽには紡錘ぼうすい形の入れ物が付いている。


「何これ?」

「え~っと、なんつってたかなぁ……。だぁ~、だい~、だう~……」

「ダウジング?」


 メンバーの最後方から、聞き慣れない声がした。

 一斉に振り向いたみんなの視線の先で、あわあわした様子で顔を赤らめたのは。


「黒崎さん!?」


 ――黒崎さんの声って、こんな可愛らしい声なのか!


 思わぬ人物の発言に少しだけ我を忘れてしまったが、華瑠亜の熊鷹眼くまたかまなこに射られて我に返る。


「そう、それ! ダウジング!」

「確か、振り子以外にも、LロッドやYロッド、スイングロッドなんかを使う方法もあったわよね」


 うららの補足説明に、みんなが「へぇ~」と感心したように頷く。


 ――そう、これは魔具ではなく、スピリチュアルアイテムに類するもので、学校で習ったりするものではないんだけど、麗も黒崎さんもよく知ってるな。


 麗がさらに続ける。


「確か、振り子ペンデュラムタイプは、パワーストーンを調べたり、占いなんかに使ったりすることが多いと思ったけど……」

「本来はそうらしいんだけど、これは特別なやつで、この紡錘形のロケットに体の一部を入れると、対象者の居場所を指し示してくれるらしいんだよ」

「それもまた……ピンポイントな使い道のアイテムね……」


 不安そうに呟いたのは、華瑠亜だ。

 まるで、『騙されてないでしょうね?』とでも言いたげに片目をすがめている。


「とりあえず、今ならこれも付けるよ、って言われてさ……。待たされたりしたら気が変わるかも、ってあそこの婆さんが急かすもんだから……」

「ちょっと! あんたそれ、騙されてないでしょうね!?」


 ――やっぱし。


「ま、まあ……信用しろって言ってたし、大丈夫だと……思うよ」

「人を騙そうとする奴が、自分を信用するなとは言わないだろ」


 横から口を挟んだ歩牟あゆむも、やや呆れ顔だ。


「ま、まあ、他に代案もないんだし……とりあえず試してみましょうよ!」


 落胆しかけた空気を取り成すように、優奈ゆうな先生が明るく声を掛けるが、華瑠亜はまた新たな疑問を口にする。


「仮にダウジングで紬たちの位置が分かるとして、それでも三百メートル以内まで近づける?」

「そうだねぇ……」


 少し考えるように、紅来が視線を宙に向け。


「シルフの丘の標高は約二百四十メートル。オアラ洞穴はだいたい中腹だから……」

「百五十から、二百メートル位?」

「そうだね。地下河川がどう流れていようと海抜ゼロ以下になることはないだろうから、ピンポイントで真上付近を特定できるなら、不可能ではないかな?」


 それを聞いて、よし、と呟くと、華瑠亜がもう一度皆に声をかける。


「ここまできたらやるしかないし、とりあえず向かいましょう!」

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