02.鎧袖一触

 言い換えれば、守護職って、有事の際の生贄いけにえ候補ってこと!?


「守護職の連中は、みんなそれで納得してんの?」

「すべて神託による導きですから、納得もなにもありませんよ。守護職に選ばれた時点で、一族に命をささげる事を義務付けられるのです」

「ちょ、ちょっと待て。じゃあ、祖父ちゃんや祖母ちゃんだけじゃなく、メアリーもいずれは生贄に選ばれることがあるかも、ってこと?」


 繋いだメアリーの右手に、ギュッと力が込もる。


「そう言うこともあるかもしれませんね。守護家に生まれた時点で、幼い頃からその覚悟を持つようにと教えられていますので」


 もっとも……と、少し眉根を寄せた笑みを浮かべて、メアリーが続ける。


「生贄なんて滅多にないことだとは聞いています」

「そんなこと言ったって……」


 いざとなればそれを断れない立場にいることは事実なんだろ?

 メアリーを仲間の元へ連れて行くことが最善策だと思い込んでいたけれど、俺はとんでもない間違いを犯してるんじゃないのか!?


「ちなみに生贄って……どんなことをされるんだ?」

「火あぶりとか、生き埋めだと聞いてます」

「――!?」


 生贄という単語が持つイメージ通り過ぎて、思わず絶句する。

 ふと見ると、メアリーを見下ろしている可憐の顔にも動揺の色が浮かんでいた。

 恐らく、考えていることは俺と同じだろう。


 ――メアリーをこのままノームの集落へ連れて行っていいのだろうか、と。


「その代わり、普段の生活については最優先で保護が受けられますし、生まれ変われば幸せな人生が約束されていると聞いてます。悪い話ばかりじゃありません」

「いやいやいや……」


 何をどう交換条件にされても、火炙りや生き埋めの可能性があるような人生を強いられるなんて、理不尽極まりない!


「その、守護職ってやつは、辞退できないのか?」

「神託は絶対なので、こちらからは無理です。ただ、職務を全うできないと判断されれば、別の家族に役目を移譲されることはあるみたいです」


 その時――。


 肩の上でリリスが「シッ!」と人差し指を唇に当てる。

 ほぼ同時に、メアリーも俺と可憐の手を引き戻すように立ち止まった。


「黒犬のテリトリーに入ったようです」


 ――黒犬……洞窟犬ケイブドッグか!?


 通常、ノームは五人以上で行動していたので魔犬も迂闊には襲ってこなかったらしいが、今は人数が少ないと見て近づいてきたようだと、メアリーが説明を続ける。

 さらに、繋いだ手を離して黒いステッキを掴み、何やら呪文を唱えながら、ポケットから取り出した小石を四つ、俺たちを囲むように放り投げた。


「視認阻害の簡易結界を張りました。音や臭いは消せませんが、相当近づかれない限り、こちらの姿は見えないはずです」


 ――おお! なんという素敵スキル! 我が娘ながら、心強いぞ!


 やがて、前方の岩陰からゆっくりと現れたのは……。


 ――光る眼!


 二……三……、全部で七、八匹と言ったところか?

 地下洞穴で相手にした時の数十匹に比べれば断然少ないが、こちらが姿を隠しているせいで、まだ集結していないだけかも知れない。


 ――メアリーもいることだし、できれば見つからずにやり過ごしたいが……。


 念のため六尺棍を召喚すると、メアリーが驚いたように目をみはり、突然現れた武器を眺める。

 そのかんにも、徐々に、結界の周囲に集まってくる洞窟犬ケイブドッグ

 こちらの姿は見えていなくても、臭いを嗅ぎ取られているのだろうか?

 地面近くで鼻をクンクン鳴らしながら、少しずつ近づいてくる魔犬たち。

 最も近いケイブドッグまで五メートル程となった時、メアリーが小声で呟く。


(もう少し近づかれたら、見つかります)


 それを聞くと同時に、突然結界から飛び出したのは可憐だ。


 ――お、おい!


 闇の中、可憐の黒髪が最も手前の魔犬に向って一直線にたなびく。

 あっという間に距離を詰めると、勢いそのままに真下へ一閃。

 魔犬の横から、その首を音もなく斬り落とした。


 返す刃でその先にいた一匹の顔面を、

 さらにその横で、後方を警戒していた三匹目の胴体を瞬時に薙ぎ払ってみせた。


 最初の一匹は叫ぶ間も与えられず、残りの二匹も、わずかに短い悲鳴を上げただけで瞬く間に動かぬ肉塊に変わる。

 その間、三、四秒と言ったところだろうか?


 ――まさに神速!


「す、すげぇ――……」

「す、すごいです」


 俺とメアリーが揃って、貧困な語彙で感嘆を漏らす。


 少し離れていた三匹が異変に気付いて集まって来くると、可憐を見つけるなり襲い掛かってきた。


 しかし、可憐にも慌てる様子は見られない。

 足元を狙ってきた先頭の一匹を鋭い下段蹴りで冷静に弾き飛ばし、間髪入れず、跳びかかってきたもう一匹の顎をクレイモアの柄で真上に跳ね上げた。

 さらにそのまま刃を突き下ろし、足首に咬み付こうとしていた三匹目の首を深々と貫く。


 暗闇に響く、刹那の断末魔。


 弾き返されていた魔犬が再び可憐に飛びかかるが……。

 すでにその二匹を仕留めるべく、クレイモアの切っ先は弧を描き始めていた。


 一匹の首を空中で斬り跳ばした刀身はそのまま上段へ持ち上げられ、流れるように足元の一匹へ振り下ろされる。

 瞬く間に、可憐の足元に追加される二匹分の死骸。


 気が付けば、十秒そこそこのかんに、動かぬ肉塊と化してドス黒い血溜まりに沈んだ魔犬は六。


 ――つ、つえぇ――っ! これがまさに、鎧袖一触がいしゅういっしょくってやつか!?


 考えてみれば、可憐の家を訪ねた時に見た素振りを別にして、これまでは片手剣を扱っている可憐しか見たことがなかった。

 普段は盾兵ガードがいないD班の前衛を務めるために、小盾シールドに片手剣という装備を選択していたようだが……。


 ――正直、両手剣を扱うあいつの戦闘力は、桁が違うぞ!?


 気が付けば、最後の一匹が、暗がりの中で可憐と対峙している。

 ……が、一メートルほど後退あとずさりして距離を取ったかと思うと、くるりと反転して闇の中へと姿を消してしまった。


「ママすごいです! ほんとのママより強いかも知れません!」


 メアリーが可憐に駆け寄り、その手を取りながらはしゃいだ声を上げる。


「そ、そうでもないよ。相手も弱かったし、何よりクレイモアがすごく手に馴染む」

「ううん、本当に凄いです! それに比べてパパは……」


 メアリーが半眼で振り向くのとほぼ同時に、リリスも俺の肩で溜息をつきながら。


「相手が弱いんだってさ、紬くん? 紬くんは、同じ相手にあんなにボロボロにされたのにね?」

「ちょ、ちょっと待て! あんな規格外女子高生スーパーガールと一緒にすんな! ひょっとしたらあれ、歩牟あゆむよりも強いだろ?」

「今はメアリーの結界のお陰で、各個撃破できたから……」と、可憐が、刀身の血をぬぐいながら、こちらへ戻ってくる。


 弓矢を構えた華瑠亜は〝戦姫〟とダブって見えたものだが、両手剣を振り回す可憐は、まさに〝闘神〟 だ。

 ダイアーウルフにしろキラーパンサーにしろ、もし両手剣装備だったら、可憐一人でも相手できたんじゃないのか?


「七匹に同時に囲まれていたら、私だって無傷で済んだかは分からない」


 謙遜しながらも、自信の灯火ともしびをその睛眸せいぼうの奥にたたえながら、可憐はクレイモアをカチリと鞘に収めた。

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