第十四章【地底の幼精②】集落への道

01.親子ごっこ

 翌朝――と言っても、本当に朝かどうかは分からないが――目を覚ますと、すでに他のみんなは起きた後らしく、寝室には俺一人だった。

 昨夜はメアリーの寝言のおかげでなんとか理性を保つことはできたが、煩悩との戦いがそれで終わったわけではなかった。

 生殺しのような時間を悶々と耐え、ようやく眠ることができたのは二時間ほど経ってから。


 寝室を出て橋廊きょうろうを渡り、隣の部屋のドアを開けると中から可憐かれんとメアリーの会話が聞こえてきた。


「クレイモアか?」

「はい。本当のママが使っていたものです。両手剣ですが、女性でも扱い易いように小振りで軽い作りになっていますよ」


 ちょうど、可憐かれんがメアリーから剣を受け取ったところらしい。

 左右に長く伸びたつばの先には、特徴的な四葉の飾りがあしらわれていて、シルエットは剣と言うよりも細長い十字架のようにも見える。

 メアリーの説明を聞きながら、可憐が軽く二、三振りすると、ビュルンビュルンと空気を切り裂く音がした。

 

「なかなかの業物わざものみたいだが……いいのか? 借りても」

「はい。……と言うよりも、お返しするんですよ。ママが戻ってきたのですから」

「でも、お母さんの形見だろう? 地上へ戻る時には返すよ」

「ノームには物を形見として大切にする習慣はないのでお気遣い要りませんよ。形見は、メアリーの心の中の想い出だけです」


 可憐が小さく頷きながら剣を鞘に収めると、背中に担いだ。


「それと……」


 メアリーが、ボォ――ッと二人の様子を眺めていた俺の方へ視線を移し、


「男性用の大剣もありますが……パパ、使えます?」

「な、なんだよ、その薄目は?」

「だってパパ、細っちぃと言うか……ママより頼りなくないですか?」

「俺は普通なんだよ。可憐は特別仕様なの!」

「使うんですか? 使わないんですか?」

「……いや、いいよ。自分の武器あるし、そんなの借りても使えないだろうし」

「ですよねぇ」


 ――相槌のはずなのに、薄目のまま言われると、なんか腹が立つなぁ。


 ただ、父親のものであったというローブを借りられたのは助かった。

 平均気温が十数℃と思われる窟内は、いまの装備ではやはり肌寒い。


「で、俺の魔力は、どんな感じ?」


 テーブルの上のリリスに確認してみると、


「そんなの知らないわよ。パパ、自分で分かんないの?」

「お前はパパって呼ばなくていいよ。……まあ、元気になった感じはするけど、どれくらい回復してるとか、そういう量的なことは分からん」

「とりあえず匂いは普通だし、少なくとも半分くらいは回復してるんじゃない?」


 器だけデカくても回復速度が遅けりゃ意味ないからな。

 その辺、リリスをあんな燃費にしたくらいなんだから、ノートの精も上手く調整してくれたと思っていいのか?


「では、パパ、ママ。出発しましょう! パパはその松明たいまつを持ってください」

「え? もう? な、何かないの、朝飯的なもの……」

「寝坊したパパが悪いんですよ。干し肉を持って行くので歩きながら食べて下さい」


 そう言って部屋を出たメアリーが、橋廊から収納階段を下ろす。

 服装は、最初に会った時と同じ薄茶色のポンチョを羽織り、同じく薄茶色の、長靴のようなロングブーツを履いている。

 ポンチョの下には荷物も担いでいるようで、見た目はほとんど通学路の小学生だ。


 先にメアリーが降り、クレイモアを背に担いだ可憐が続く。

 最後に、松明を持った俺が下に着くと、メアリーが小さな左手を差し出してきた。


「ん? 何?」

「手を繋いで下さい。迷子になるといけませんので」

「迷子?」


 俺が? メアリーが?

 と言うか、これじゃあ両手が塞がって干し肉食えないじゃないか。


 俺と左手を繋ぐと、続いて可憐にも右手を差し出すメアリー。


「ママも、繋いで下さい」

「あ、ああ……」


 可憐、メアリー、そして俺が、三人並んで手を繋ぎながら出発する。


 ――なんだこれ? 休日の親子連れかよ。


 川の字の就寝といい、家事の手伝いやお風呂の件も含めて、とにかく親子っぽいことがしたくてたまらない気持ちはひしひしと伝わってくる。

 少し言葉は悪いが、メアリーも心のどこかで、今の状態がただの〝親子ごっこ〟であることは分かっているはずだ。


 分かっていながらも、俺たちの中に両親の面影を重ねている彼女の気持ちを思うと、なんだかやりきれなくなってくる。

 ごっこに付き合うこと自体はやぶさかではない。


 ――ただ……。


 こんな風に馴れ合えば馴れ合うほど、別れる時はきっと辛くなるだろう。

 いつになるかは分からないが、その時のことを思うと、やはり気が重くなる。

 大人びた口調についつい油断してしまうが、精神年齢は小学生低学年並だということは、忘れないようにしなきゃ……。


「それにしても、かなりの規模だよな、この集落」


 壁面にびっしりと並んだ居住区を横目に、思わず感嘆の息を漏らす。

 松明一本を掲げて眺めたところで全貌を把握するのは到底無理なのだが、百人や二百人で収まるようなコミュニティでなかったことは容易に想像できる。


「一体、何人くらい住んでたんだよ?」

「……一兆億人です」

「そ、そっか。そう言えば、昨日聞いたね」


 可憐も、ゴーストマンションと化した壁面を見上げながら、


「メアリーの家と仲が良かった家族なんかも、いたのか?」

「はい。友達のレトちゃんやルエンちゃんの家とは、パパやママ同士も仲が良かったですよ」


 ――ほうほう!


 今後は、そういう家族にお世話になるという手もなくはないよな。

 メアリーの本名に比べるとやけに簡単な名前の友達だけど、メアリーと同じように複雑な本名を持っていたりするのだろうか?

 ちなみに、メアリーの本名は〝セレ……〟くらいまでしか思い出せない。


「長老衆? とやらの中には、メアリーの本当の祖父母はいるのか?」

「いないですよ。メアリーが生まれるもっと前に、お祖父ちゃんもお祖母ちゃんも、曾お祖父ちゃんも曾お祖母ちゃんも生贄いけにえになったそうです」


 ――いっ!?


「……生贄?」

「自然災害に見舞われたり疫病が流行ったり……そう言った一族の危機に際してシャーマンに神意を問うと、稀に生贄の神託を賜ることがあるのです」

「それで、一族の誰かが生贄に選ばれることもあるってのか?」

「正確に言えば、守護職家系の誰かからですね」


 ――そんな、未開の儀式が……?

 

 厄災を解決する別の方法って……生贄のことだったのか!

 言い換えれば、守護職って、有事の際の生贄候補ってこと!?

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