13.チューですかっ!?

 メアリーの後に付いて、全員で寝室に向かう。寝室――つまり、助けてもらった俺や可憐が寝かされていた、隣の狭い部屋のことだ。改めて入ってみると……。


 ――やっぱせめぇな。


 元の世界で言えば四帖半程のスペースに、子供用サイズの小さな木組みのベッドが一台――多分メアリー用だろう。

 その横のスペースで、俺と可憐が裸で寝かせられていたかと思うと、今さらながらドキドキしてくる。


 ――逆に、よく何もせずに済んだよな、俺。


 今はその場所に三組の布団が並べられていた。


 ――ん? 三組?


「あれ? メアリーはベッドじゃないの?」

「ベッドはリリッペが使います」

「いや、いいよ。俺たちが居候なんだし、メアリーはベッドを使って、リリスはその辺にも投げておけば……」

「いいんです! メアリーはパパとママの間で寝ます! でないとまた、ツムリがカリンにいやらしい事をするかも知れません」


 ――何でそこだけ名前に戻すんだよ。


「夫婦なんだし、いやらしい事があっても問題ないだろ」

「お巡りさんこいつです」と、また茶々を入れるリリス。

「い、いや、別にするつもりはねぇよ!? 設定の話だよ設定の!」

「設定って何ですか!」


 と、今度はメアリーの尖り声。


「そんな言葉、パパとママの魂に失礼なので控えて下さい!」

「ごめんごめん……いや、でもさ、さっきまでキスしろとかなんとか、散々言ってたのはメアリーじゃん」

「別に、『愛してる』のキスはいやらしくないじゃないですか」

「線引きが分かんねぇよ……」

「パパとママの魂が宿っていても肉体はお二人の物ですからね。変な事をさせたらパパとママが解脱した後、設定に付き合ってくれたカリンに申し訳ないです」


 ――おまえも設定って言ってるじゃん!


「って言うかさ、はっきり言って狭くない? 三人で寝るには」

「いいんです! メアリーが真ん中です! 異論は認めません」


〝親子で川の字〟がしたいんだな……と言うのは分かるんだけどさぁ。


「なんだったら俺、隣の部屋で寝ようか? さすがにこれじゃ窮屈だし、俺がいなくてもママと寝られればいいんじゃね?」

「メアリーが寝てる間は結界石への干渉力が弱まりますので、二部屋は無理です」


 ――そっか。グール一体は倒したけど、他にもいないとも限らないんだよな。


「仕方ないなぁ……」


 リリスをベッドに放り込み、俺たち三人は並んで布団に入る。

 布団が三組とは言っても、三人分あるのは掛け布団だけ。敷き布団は二枚、しかも、狭いので片側は壁に沿って縦に折られている。

 実質、一枚半程度の幅しかない。


 ――やっぱりここに三人は狭いなぁ。これじゃあ寝返りも気を使うぞ?


「メアリーはいつも、パパの腕枕で寝ていました」

「そうなんだ」

「…………」


 ゴツッ!という音と共に、膝下ひざしたに鈍痛が走る。


いったっ!」


 ――メアリーのやつ、俺の膝を蹴りやがった!


「何すんだよ!」

「鈍ちんですか!? メアリーに腕枕をして下さい、って言っているんですよ!」

「ああ、はいはい、それね……」


 父親の話は、十中八九嘘だろう。

 床とベッドで分かれていただろうに、どうやって腕枕をしてたんだ?


 ――まあ、聞くだけ野暮だし、いいけどさ……。


 左腕をメアリーの首の下に差し入れる。

 狭い場所では身をすくめて横になるよりも、腕枕など重なる部分を作った方が、こちらの体勢も楽になるのは確かだ。


 程なくして、俺の胸に顔を埋めるように眠るメアリーから寝息が聞こえてきた。

 こうしていると、なんだか本当に娘ができたような気分になる。


 ――黙っていれば可愛いんだけどなぁ、メアリー。


 それにしても……と、隣室で交わした会話の内容が蘇ってくる。


 責任かぁ……。

 万が一取ることになったら、結婚はさすがに無理でも、養子くらいなら何とかなるのか?


 そんなことを考えていると、


「起きてるか?」と、可憐のひそひそ声。

「うん。どうした?」

「さっきの責任云々うんぬんの話だけど、結婚はもちろん、養子とかも無理だからな」

「え!? な、何で考えてることが分かったんだ!?」


 ハァ……と溜め息をついて、可憐が体をこちらに向ける。

 間にメアリーがいるとは言え、腕を伸ばせば可憐まで腕枕にできそうな距離だ。

 薄明かりの中、良い匂いがする可憐の吐息に思わず心臓が高鳴る。


「もしや、とは思ったが、やっぱりそんなことを考えていたのか」


 真面目だな、紬は……と、可憐がくすりと笑う。


「い、いや、本気じゃないよ? ちょっと想像したけど、俺だって十七歳でいきなり娘ができるってのは現実的に――」

「それもあるけど、そもそも無理なんだよ」


 常夜灯のランプにぼんやりと照らし出された可憐が、俺の方を真っ直ぐに見つめながら話を続ける。


「養子が未成年の場合、里親として認められるのは結婚している夫婦だけだ」

「そうなんだ? メアリーは二十歳だけど、人間に換算すると七歳くらい、ってことになるのかな?」

「うん。まあ、そこは紬の両親に頼むとか、他に方法がないわけではないが……」


 そこまで本気で考えていたわけでもないが、この世界の制度的なことは、今後のためにも聞いておいて損はない。

 可憐が続ける。


「亜人と人間の養子縁組や婚姻は、国の許可が下りない限り禁止されてる。そして、身寄りがないからと言う理由だけではまず許可も下りない」

「へぇ……。仮にだけど、内縁関係だったらどうなるんだ?」

「もっと悪い。こっそり暮らすってことだろう? 見つかればメアリーは強制送還だし、幇助ほうじょした方……この場合なら紬の量刑もかなり重くなる」

「そ、そっか……」


 これはなんとしても、メアリーの里親探しを頑張らないといけなくなったな。


「これは人間側だけの取り決めじゃない。亜人側との間で取り交わされた協定だ」

「ふむふむ……」

「もし亜人の集落で、結婚だの養子だのなんて言葉を迂闊に口にすれば、厄介な問題にも巻き込まれかねない。気をつけろ」

「わ、分かった」


 ほどなくして可憐の寝息も聞こえてくる。俺の方に向いたままの体勢なので、可憐の寝顔を真っ直ぐに眺める事ができるのだが……。


 ――綺麗すぎる寝顔!


 しかも、シングルベッド、プラスアルファほどの幅しかない場所での添い寝だ。

 否が応でも顔が近くなる。


 気がつけば、俺の顔も少しずつ可憐に近づいていた。

 圧倒的な〝美〟に惹きつけられる、人間の本能に突き動かされるように。


 さらに、夫婦という設定や、狭く薄暗い場所で添い寝をしているという状況も、俺の理性の崩壊を後押ししているようだ。

 少しずつ、可憐の顔が近づいてくる。


 ――やばいやばい! どうしたんだ俺!? このままじゃ、歯止めが……。


「チューですかっ!?」

「どわぁ――っ!」


 続いて、ゴォン! という衝突音と共に、目の前に花火が散る。


「あいたたたた……」


 突然のメアリーの声に驚き、慌てて体を仰け反らせた結果、後ろのベッドに激しく後頭部をぶつけてしまったのだ。


ちゅうですか? だいですか? ああ、しょうですか。お手洗いはあちらです……ムニャムニャ……」


 ――寝言かよっ! トイレの夢?


 おねしょとか大丈夫だろうな?と、少し心配になった後、ふと思い返す。


 ――ちゅうって何だ?


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