12【藤崎華瑠亜】あいつの匂い

 昨夜泊まった部屋のベッドを入念に調べながら。


「どお? あった?」


 あたしの問い掛けに、「う~ん……」と、歯切れ悪く生返事を返してきたのは、一緒にベッドを調べていた紅来くくるだ。

 別荘に戻ってきて早速、可憐かれんつむぎの髪の毛探しに取り掛かったのだが、いざ探してみると、これがなかなか見つからない。


 ちなみに、優奈ゆうな先生とうらら初美はつみは食事の支度。怪我をしている立夏りっかは可能な範囲でリビングの片付け。

 勇哉ゆうやは一人、地元のフナバシティまで船電車ウィレイアで戻った。目的はもちろん、招集魔法円コーリングサークルとやらの購入だ。


「お! これは……」


 ベッドを諦めて床を探して紅来が、長めの髪を一本つまみ上げると、クンクンと臭いを嗅ぎながら、


「うん、可憐のだ」

「匂いで分かるの!?」

「まさか! 長さだけなら華瑠亜もロングだけど、色を見れば一目瞭然でしょ?」


 ――じゃあ、匂いを嗅いだのは何だったのよ……。


 あたしの髪は金色に近い薄茶色。

 対して紅来が見つけたのは、それとは明らかに違う、長い黒髪だ。


「そうね。あたしのじゃないし、この長さなら可憐で間違いないか」


 髪の毛を受け取ってハンカチで包むと、二人で隣の男子部屋へ向かう。中では森くんが一番窓際のベッドを念入りに探していた。


「どう? 紬の髪、見つかったぁ?」


 紅来の問い掛けに、森くんがベッドの探索を続けながら、


「いやぁ……ないなぁ……」

「そこが紬のベッド?」と、あたしも一緒にチェック。

「そうなんだけど、あいつ、変なところで几帳面だからさ。今朝も、起きたあとに一人で部屋の掃除とかしてたし、もう残ってねぇかなぁ……」

「朝っぱらから掃除!? 馬鹿じゃないの!?」

「いや、馬鹿は言い過ぎだろ」


 ――病気ね。職業病だわ。


「それにしたって、一本くらい……」と、紅来も加わり、三人でベッドから床まで念入りに探がしてみたけれど、やっぱり見つからない。

「部屋の掃除をしてたってことはさ……」


 ベッドの下を覗き込みながら、森くんに尋ねてみる。


「ゴミ箱に髪の毛が入ってるんじゃない?」

「確かに何本かはあったんだけど、俺や勇哉のも一緒だし、髪色もほとんど変わらないだろ? 長さだけで判断するのは確実性が……」


 と、そこまで言って「あっ!」と何かを思い出したように短く呟く森くん。


「どうしたの?」

「身体の一部ってさ……爪とかじゃ駄目なのか?」

「髪の毛でいいなら、爪でも構わ――」と答えた紅来も、途中まで話して「あっ!」顔を上げる。

「そう言えば紬のやつ、食後にハサミを貸してくれって言ってたわね」

「おう! 爪を切ってたのはあいつだけだから、それがゴミ箱に残っていれば……」


 ゴミ箱の底から、森くんがすぐに細かい爪の切り屑を拾い上げる。


「これは、間違いなく紬のだ!」

「ちっちゃ! もっと大きい爪、ないの!?」


 あたしもゴミ箱を覗き込んでみたけど、どれも似たり寄ったりの細かさだ。


「何この細かい切り屑……。あいつ、爪切り下手へったくそね」

「なんか、まだ慣れてないとか言ってたな」

「十七にもなって爪切り慣れてないとか、どこの王子様よ?」


 念のため、いくつか切り屑を集めてハンカチに包んでから、「ふう……」と一息ついて紬のベッドに腰を下ろした。


「あとは、バカ勇哉が、インチキショップから詐欺アイテムを買ってくるのを待つだけね」

「酷い言われようだね」と、紅来もくつくつ笑いながらあたしの横に腰を下ろす。

「あいつは、存在自体が胡散うさん臭いのよ」


 胸元からライフテールの小瓶を引っ張り出して確認すると、未だに、しっかりと黄色い輝きを放っている。


「紬や可憐とはぐれてから……もう、一日くらい経った?」

「洞穴から出た時間から逆算すると……二十時間弱、ってところじゃないか?」


 指折り数えながら答える森くんに、紅来も頷きながら、


「これだけ時間が経ってもまだ光ってるってことは、やっぱりどこかで、意識を保った状態でサバイバルしてるんだよ」


 そうかもしれない……いや、きっとそうだろう。

 それでも、今あの二人がいるのは、光の届かない地の底なのだ。

 どんな状況なのか、ここからでは推測するしかないけれど、食料も、体温維持もままならない状態で暗闇の中を彷徨さまよっているに違いない。


 ――あたしだったら、そんな環境で何時間も耐えられるだろうか?


 さらに紅来が続ける。


「地下洞穴に一緒落ちてみて改めて分かったけど、紬のやつ、見かけによらずなかなかしぶといよ」


 確かに、そうだ。

 ダイアーウルフに瀕死の重傷を負わされ、キルパン戦の後は三日間の昏睡状態。

 さらに今回は地盤崩落に巻き込まれ、ケイブドッグやグールとの死闘を経て、助かったと思ったら、今度は地下水脈に流されて。


 しかも、これらすべてが、たった一ヶ月半の間に起こった出来事なのだ。改めて列挙してみると、生きているのが不思議に思えてくる。


 ――やっぱりあいつ、何かに呪われてるのかも……。


「まあ、運は相当悪いけど、それでも最後の最後でなんとかなっているのは、何か持ってるんじゃないかな、紬のやつ」


 紅来の言葉にこくんと頷きながら後ろに倒れ、腰掛けていたベッドの上にパタンと仰向けになる。

 わずかに身体が沈み、同時に、シーツの香りがふわっと鼻腔をくすぐった。


 あ、これ、あいつの匂いだ!

 林道でキスされた時も、同じ匂いがしたっけ……。


 鼻の奥がツンと痛くなり、熱くなった目頭を隠すように右腕を顔に乗せた。


「ライフテールが光ってるうちは、泣くのは早いよ、華瑠亜」

「泣いてないもん。ちょっと目が疲れただけ」


 階段からパタパタと足音が聞こえ、続いて麗の声。


「みんな、見つかった? 夕食の用意ができたけど……」

「うん、今行く!」


 紅来の返事と共にあたしも身体を起こし、見られないようにサッと涙を拭いて。

 気持ちを入れ直すように、両手でパンッと頬を叩いて立ち上る。


 あれが最後になんて、絶対させないわよ紬!

 絶対に助け出して、一生頭を上げられなくしてやる!

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