11.俺が責任とってやる

「思うとか、かもしれないとか、パパの言ってる事は全部想像じゃないですか! それが間違っていたらどうするんですか? パパがなんとかしてくれるんですか?」


 メアリーの、予想外の煩悶はんもん気圧けおされて、思わずこくこくとうなずく。


「お、おう! もし、万が一、誰もメアリーのを受け入れてくれないなんてことがあれば、俺が責任とってやるよ!」

「じゃあ行きますよ」

「だから、こんな場所に一人じゃ……」


 ――えっ?


「なにほうけた顔をしてるんですか? 一緒に行くと言ってるんです」

「ほ……ほんとに?」


 メアリーの眉間に、イラッと皺が寄る。


「来いと言ってたのはパパじゃないですか! なんですか、その反応は!?」

「ご、ごめんごめん。あまりにもあっさり意見を変えるもんだから、変わり身の早さにちょっとびっくりしたって言うか……」

「メアリーだって無駄に駄々をこねてるわけじゃないんですよ。パパの言質げんちはとりましたし、メリットとデメリットを十分吟味して、少しでもプラスになりそうな方を選んでるだけです」

「そ、そうか。賢いんだな……」


 俺の言質? あれでメリットデメリットが逆転したってことか?

 一体こいつ、俺に何をさせるつもりだ?


「そうと決まれば、明日は早いですからね。さっさと寝ましょう! メアリーは寝床の準備をしてきます」


 そう言って軽やかな足取りで外へ出て行くメアリーの後ろ姿をぼんやり見送る。

 明日……と言われても、常に真っ暗な地底では一日の区切りがよく分からない。


 そういえばメアリーはきっちり四十九日を把握していたけど、ノームには地底でも体内時計が狂わないような特殊な能力でも備わっているんだろうか。


 可憐が両目をすがめる。

 危ぶむように俺を見ながら、


つむぎ、簡単に責任取るなんて言って、大丈夫なのか?」

「ど、どうかな……まあ、なんとかなるんじゃないか? どうよ?」

「どうよと言われても……。子供は純粋だからな。出来ないことを安請け合いして、後で困るようなことにならなければいいが」


 父親から言質を取ろうとするような子供が、純粋と言えるのだろうか……。


「大丈夫だろ。普通に考えて、メアリーのことを心配してるノームが一人もいないなんて有り得ないよ。仮にも同じ種族なわけだし」

「人間の常識ならそうだが、亜人の社会形態は謎の部分も多いからな」


 可憐が、からになったカップを片付けながら不安を口にする。


「でもさぁ、紬くん」と、畳んだタオルの上でくつろいでいたリリスも、口を挟む。

「仮によ? 万が一責任取る、ってことになったらどうするの? 責任って、何?」

「それは……分からん。そっちの可能性は考えてない」


 勝手場でカップを洗っていた可憐が前を向いたまま、


「一応考えておいた方がいいと思うぞ」と、再び念を押す。

「たとえあの子を気遣う者が見つかったとしても、両親同様に愛情を注いでくれるなんてことはまずないだろうし、それであの子が納得するかどうか」

「それはもう……納得してもらうしかないでしょ……」


 リリスが、ハア……と溜め息を漏らしながら、呆れたような半眼になり。


「それはさ、紬くんの一方的な腹積もりでしょ? メアリーがそれじゃあ納得しなくて、例えばまたここに戻るなんて言い出したら、どうするの?」

「その時は……なんとか説得するしか……」

「納得させるとか説得するとか、具体策が足りなくないか?」


 可憐も、カップを拭く手を止めて俺の方を振り返る。


「あぁ――もう! 何なんだよおまえら! 仕方ないじゃん!」

「あ、紬くんがキレた」

「キレてねぇよ! でも、ああでも言わなきゃここに残るって聞かなかっただろうし、こんなとこに一人で置いとくわけにいかないだろ!?」

「そうなの?」

「そぉ――だろ!? 消去法で、ここで別れるって選択肢がない以上、一緒に連れてくしかないじゃん! 他人の案にケチつけるなら、代案を出せよ代案を!」


 突如、バタンと部屋の扉が開き、


「パパ、うるさいです! 夜なんだから静かにして下さい! 近所迷惑です!」


 入り口で、仁王立ちで俺を睨みつけているのはもちろんメアリーだ。


「迷惑してる近所ってどこよ……?」

「寝室の用意が出来ましたので、みなさん、隣に移動して下さい」

「その前に、ちょっといいか、メアリー?」

「何ですかパパ」

「さっきの話の件なんだけど、万が一俺が責任を取ることになった場合、俺は何をすればいいんだ?」

「責任を取ると言えば、決まってるじゃないですか。ケッコンですよ」


 ――ケッコン、ケッコン……。

 

「けっ、結婚!?」

「何を驚いているんですか?」

「そんなの無理に決まってるじゃん!」

「何故ですか? パパも……本当のパパのことですけど、責任をとってママとケッコンしたって言ってました」


 ――どんな責任だよ! つか、子供になんて話をしてんだよここの親は!


「よく考えろ。今は俺と可憐がメアリーのパパとママなんだろ? つまり、俺と可憐はもう結婚してるって事で、残念ながらメアリーと結婚するのは無理だなぁ」


 とりあえずここは、今の設定を利用させてもらおう。

 ……と、思ったのだが。


「別にいいじゃないですか。ママともケッコンして、メアリーともケッコンして……なんだったらリリッペとだってケッコンしてもいいですよ」

「え~っと……メアリー? 結婚の意味、分かってる?」

「分かってますよ! パパはチームの契りを結んで、結束を固める儀式だと言っていました」


 ――ち、チーム? 


 広い意味で間違ってはいないけど、結婚と〝あ~ん〟を同じレベルで考えてるんじゃないか、こいつ?


「あ~あ、どうするの紬くん。結婚だってよ?」と、相変わらず能天気なリリス。

「どうするもこうするも……結婚なんてできるわけ……」


 ――いや、しかし、どうなんだ?


 見た目が幼女とはいえ、中身は二十歳だ。

 しかも、口は悪いがとびっきりの美少女であることは間違いない。

 人間とノームという種族的な問題はあるが……結婚は無理でも、婚約くらいなら可能なんだろうか?


「どうしたの、紬くん? 黙っちゃって……?」

「いや、この世界で、異種族間の婚姻というのはどう扱われてるのかな、と思ってさ……」

「お巡りさんこいつです」

「ちげぇ――よっ! 可能性の話をしてんの!」

「可能性を考えるだけでも変態ロリコンマンだよ! いやらしぃ!」

「ただの、婚姻制度の考察だろうが! 変な茶々入れんな!」

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