10.守護家の人たち

「守護家に任命していたのは、一家族だけではありません」


 メアリーによれば、彼女のいたアウーラ家の他に、ジュールバテロウ家、レアンデュアンティア家という一族も守護家の任に就いていたらしい。


 ――そんな複雑な名前が覚えられるのに、なぜ俺たちはツムリとカリンなんだ?


「ただし、守護家とは言っても化け物と直接剣を交えるようなことはまれで、大概は別の方法で厄災を沈めていたのですが……」


 ――別の? 方法?


「そこに、あの化け物がやってきたのです」

食人鬼グールか!?」

「パパとママは守護三家で力を合わせれば撃退できると主張しましたが、他の両家は昇降穴付近への移住を優先すべきだと主張しました」

「安全な地があるのなら、無理に戦うより移住を優先させるという考え方も、ありなんじゃないのか?」

「はい。パパとママも、選択肢の一つとして移住は認めていました。でも、何れにせよ、移動中の護衛は三家で協力する必要があると提案したのです」

「他の両家は……それにも反対したと?」


 メアリーが、答える代わりに黙ってうなずく。


 説明によれば、ジュールバテロウ家の者は移住先警護の名目で真っ先にここを立ち去り、残ったレアンデュアンティア家も、グールが出現すると、道中の警護が必要だと言って皆と一緒に逃げ去ったらしい。

 話を聞く限りでは、メアリーたちアウーラ家が、殿しんがりでグールを食い止めるという貧乏くじを引かされたような気がする。


 話しながら下唇を噛むメアリーの横顔に、両親を見捨てた者たちへの怨嗟の念を垣間見たような気がした。


「守護家以外の、他ノームたちは何も言わなかったのか?」

「皆、事なかれ主義なのですよ。それに、現在の巫師シャーマンがジュールバテロウ家から排出されているので、の家の発言には誰も逆らえません」

「シャーマン……?」


 確か、巫師とか祈祷師の意味だよな。

 超自然的な存在と交信して予言のようなものを伝えるって言うアレか。


「ホビット、エルフ、ドワーフ……。様々な亜人族がいるが、何れの種族においてもシャーマンは絶大な発言権を有すると聞いている」


 なんとなく、俺に聞かせるかのように補足説明する可憐。

 俺の知識が、この世界の常識レベルに達していないことに勘付き始めたのか?


「これまで、守護家はシャーマンの神託によって付託され、そしてシャーマンの後継者は決して守護家から選ばれることはありませんでした」

「それは……どういう?」

「守護家は、有事の際にはその身を挺して一族を守る義務を負っています。そして、どの守護家の者にどのような任を負わせるかはシャーマンの神託にかかっています」


 なるほど……。

 つまり、義務を負うものと義務を課すものが同じでは、いざという時に身内の意向に忖度そんたくしたようなお告げになりかねない……と、そういうことなのだろう。


「つまり、そのジュールなんとか、って連中の発言が、実質的にシャーマンのお墨付きを得たような効力を持つようになって、誰も異を唱えられなくなったんだな?」

「はい。シャーマンのお告げは絶対なのです。逆らうことは許されません。ジュールバテロウ家が、アウーラ家に最後まで残って戦うようにと告げれば、いまの一族にとってはそれが最終決定事項となるのです」


 なるほど……。

 政治と宗教が結びつくといろいろ問題が起こるのは古今東西の歴史も証明してる。


 それにしても、一族のために生活をしているという〝長老衆〟って連中は何をしているんだ? ネーミングからは偉そうなイメージがあったけど、そうでもないのか?


 わずかな沈黙のあと、再びメアリーが、決意を固めたように口を開く。


「そういうことですので、メアリーはもう、一人でいいです。他の守護家の人たちには近づきたくありません。ジュールバテロウの言いなりになっている長老衆も、そんな人たちの言いなりになってる他のみんなも信用できません」


 ――まあ、気持ちは分かった。


 メアリーから視線を上げると、可憐も複雑な表情で見つめ返してきた。

 メアリーの気持ちは分かったが、それでも、消去法で考えた場合、ここに彼女を一人で置いておく……という選択は絶対に有り得ない。


 俺たちが去った後、また、いつまで続くかも分からない一人きりの生活が始まる?

 もし俺なら、そんな圧倒的な孤独感に絶えられるだろうか?


 もし、俺たちがここに流れ着いたことが何らかの天啓であるとするならば、それこそ、メアリーをなんとかしろという神様からのお告げのような気がした。

 他のノームがどんな連中であろうと同族に変わりはない。この先百年も二百年も、一人でいるよりは、一緒に暮らした方が絶対にマシなはずだ。


「なあ、メアリー」

「何ですか、パパ」


 やや胡乱うろんな目付きで俺を仰ぎ見るメアリー。

 ツムリは何を言い出すんだろう? と言う警戒の眼差しに、俺も気持ちを引き締めて考えを伝える。


「やはりここに一人でずっと暮らすなんていうのは、どう考えても無理だ」

「無理じゃないです。現に今まで――」

「今まではまだなんとかなったかもしれない。でも、これから何十年もそんな生活を続けたら、たとえ命は繋いでいけても、心が壊れちまう」

「パパとママを死に追いやった人たちと過ごすなど、孤独よりも辛いです」


 助けを求めようと可憐をチラ見すると、スッと目線を外されてしまった。

 D班が誇る有能なリーダーではあるが、言葉にキツいところがあるので、他人を励ましたり慰めたりということに苦手意識もありそうだ。

 リリスは言わずもがな。


 ふぅ、っと溜息を一つ吐いて、俺はもう一度メアリーに向き直る。


「思うんだけど、みんながみんな、そのジュールなんちゃら、って家の方針に納得して従ってるわけでもないんじゃないか?」

「それはそうかも知れませんが、何も言わずに従ってる時点で同罪です」

「そうかもしれないけど、やっぱり、神様の言葉だと思えば、みんなも従わざるを得ないんだろ? メアリーのことを心配してる仲間だってきっといると思う」

「でも、それじゃあ……」


 メアリーの両目に、不意打ちのようにじんわりと透明な雫が溢れてゆく。

 両親を目の前で殺されたという壮絶な体験をした直後に、約五十日間も、ここで一人で過ごしてきたメアリーの寂寥せきりょうの日々を想像するだけで心臓が痛くなる。


「メアリー……」

「それじゃあ何で、誰も……メアリーのことを、探しに来ないんですか!?」

「それは、俺にも分からないけど……」

「メアリーは見捨てられたんです。守護家の一員として、ここで犠牲となってグールを鎮めるべきだと……きっと、そう思われているのです!」

 

 確かに、五十日間も放っておくということは今後も誰かが迎えに来る可能性は少ないだろう。

 しかし、かといってメアリーの言うよな残酷な決定が成されたのだとは、どうしても信じたくない。


「みんな、メアリーが生きていることを知らないのかもしれない。とにかく、何らかの事情があるんだと思う」


 俺の言葉に、メアリーはキッと眉尻を吊り上げて。


「思うとか、かもしれないとか、パパの言ってる事は全部想像じゃないですか! それが間違っていたらどうするんですか? パパがなんとかしてくれるんですか?」

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