09.家族会議

 食後、シンクで洗い物をする可憐の横で、食器の片付けを手伝っているメアリー。

 そして俺はと言えば、一人だけ座っているのも居心地が悪いのだが、部屋が狭いので下手に手伝ってもかえって邪魔になりそうだ。

 そもそも、後片付けなんて可憐だけで十分なはずだけど、母親の手伝いというものをメアリーも楽しんでいるようなので放っておくことにする。


「美味しかったな、ママの手料理」


 ――可憐の事をママと呼ぶのも、だんだん抵抗が無くなってきたな。


「まあ、料理には文句ありませんでしたけどね」

「には? 何か不満でも?」

「お二人の、夫婦としてのルーティーンの再現度にはかなり難ありです。キスもできない両親なんて、娘として嘆かわしいです」

「娘の前でそんなことしてる夫婦こそ嘆かわしいわ!」


 洗い物をしている可憐の横顔に、赤みがさしていく。

 そう言えば、普段、可憐がこういったネタでいじられることも、恋バナに花を咲かせているような場面も見たことがない。きっと免疫がないんだろう。


 メアリーの要求には少々辟易するけど、珍しい可憐の表情が見られるのは、正直ちょっと面白いかも。


「もともとここって、どれくらいのノームが住んでたの?」


 相変わらず、テーブルの上で干し肉をかじりながらリリスが質問する。


「大勢です」

「大勢って……どれくらいよ?」

「大勢は、大勢ですよ」


 メアリーの口調に、ぴくりと眉根を寄せるリリス。


「だから、数を聞いてるのよ。百人とか、千人とか……だいたい分かるでしょ?」

「リリッペは細かいですね! そんなこと聞いてどうするんですか?」

「別にどうもしませんけど……ただの好奇心よ」

「とにかく大勢です! 一兆億人くらいです!」

「一兆……億?」


 一兆億……―小学生かな?

 言葉遣いはマセているけど、算数に関しては、やっぱり七歳レベルのようだ。


「両手で足りない分は、数える必要もないのです。細かいことを気にしていると禿げますよ? 禿げリリスになってもいいんですか?」

「い、いや、禿げは嫌だけど……」

「じゃあもう、くだらない質問はしないでください」


 後片付けを終えたメアリーが、再び俺の横へ腰を下ろして、反対側のスペースをぽんぽんと叩く。

 それを見た可憐も仕方なさそうに腰を下ろすと、再び丸テーブルの前に、三人で横一直線に並ぶ状態に。


 ――カウンター席じゃあるまいし、やはりこの座り位置は妙だな……。


「さあ、かぞくかいぎの時間です」と、両隣を交互に振り仰ぐメアリー。

「家族会議?」

「はい。今日一日の反省会です。特に議題がないようであれば、このまま就寝ですが」


 ――なるほど。ついでだし、気になっていたことを訊いてみるか。


「んじゃ、一つ訊きたいんだけどさ……ここから地上への脱出ルートって、あるのか?」

「脱出ルートですか? ……脱出、したいんですか?」

「あ、いや、その……」


 表情を険しくして俺を見上げるメアリーを見て、しまった、と心中ほぞを噛む。

 俺や可憐を両親に見立てて心の傷を癒そうとしている時に、さすがに今の質問はデリカシーがなかったよな。


 しかし。


「反省会にふさわしい議題かどうかは疑問ですけど、他にないようであれば、その話をしましょうか」

「そ、そうか、ありがとう」


 あまり気にしてはいないのかな? いずれは俺たちと別れなければならないことを、メアリーはどう考えているんだろう?


「どうしたんですか? ボケ――ッとして?」

「か、考えごとしてたんだよ!」

「人に質問したあとに考え事しないでくださいよ。脱出ルートについて、おはなししてもいいですか?」

「あ、ああ、うん。ごめん、頼む」

「メアリーも実際に見たことはないですが、ここから北へしばらく歩くと、ご先祖様がこの地に来た時に使った昇降穴があると聞いたことがあります」

「しばらく……って言うと、どのくらい?」

「だいたい、三時間くらい歩くと聞いてますよ」


 一般的な歩行速度――分速八十メートルだとすると十五キロ近くの距離になるが、整備もされていない地底の話だ。その半分以下で見てもいいかも知れない。

 しかし、そんな情報だけで簡単に見つけられるんだろうか?


「何か、目印みたいなのはあるのか?」

「分かりませんが、他のノームたちがその付近に移住してるはずですよ」

「まっ、マジ!?」


 実は、メアリーをこのままにはしておけないし、地上に戻る前にどうにか他のノームたちの元へ送り届けたいと考えていたんだが……目的地は一緒ということか!


 可憐も同じ考えだったらしく、


「それじゃあメアリー。私たちと一緒にそこまで行かないか? いつまでもここに一人で住むわけにもいかないだろう?」

「せっかくですが……メアリーは行きませんよ。あんな連中と一緒に暮らすくらいならここで一人で居た方が一兆億倍マシです」


 倍率がでかい。

 とにかく、かなり嫌がっていることは間違いなさそうだけど……なぜだ?


「パパとママは気の毒だったけど、お祖父ちゃんも居るんだろ? 例の、変態さんをやけに警戒してたっていう……」

「おじいちゃんと言うのは長老たちのことです。八十歳以上のノームは、特別な事情がない限りは家族の元を離れ、長老衆として部族のための生活を始めるのです」


 八十歳とは言っても、肉体的には人間の二十五歳くらいの計算だ。その段階で、家族ではなく一族の為に働くことを義務付けられるということか。

 まあ、八十年も家族と過ごせば、人間の感覚ならもう十分かな、という年月だと言えなくもないが……。


「仲間と暮らすのが、どうしてそんなに嫌なんだ?」

「あいつらは仲間なんかじゃありません。自分たちが助かるためにパパとママを見殺しにしたんです」


 思わず可憐の方を見ると、ちょうど、可憐の黒い両眼も俺を見返す。

 まだ聞いていない複雑な事情でもあるのだろうか?


「見殺しって、どういうことなんだ? さっきは、部族のために戦ったパパとママのことを誇りに思ってるって――」

「パパとママを尊敬しているのは本当ですよ。でも、パパとママが助けた人たちのことを、同じように尊敬できるかどうかは別の話です」


 可憐が、メアリーの顔を覗きこむように身をかがめ。


「何があったのか……聞いても、いい?」


 両膝を抱えてうつきながら、メアリーがぼつりぼつりと語り始めた。


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