08.絆を深める儀式

「大した物はお出しできませんが……」と言いながら、メアリーがテーブルに干し肉とスープを並べていく。


 肉は、さっきの説明を聞く限り、マナ抜きしたケイブドッグのものだろう。

 スープの中にも、湯で戻した干し肉と、里芋や小松菜、ほうれん草など、日陰でも育つ野菜が入っている。


 ――どこかに野菜の栽培室でもあるのかな? 


 確かに質素過ぎる献立ではある。でも……。


「いや、助けてもらった上に食事まで、本当に感謝してるよ」


 この過酷な環境で一人で生活しているのだ。どれもきっと、メアリーにとっては貴重な食料であるに違いない。

 テーブルの上で、リリスが干し肉にかぶり付きながら、


「 淡白でいてコクもあって、噛むたびに臭みのない、上品な香りが広がって鼻から抜けていく感じは、まるで干し肉界のファンタジスタや~!」

「……リリ摩呂かよ」


 リリスに釣られてスープを一口飲んでみると……。


「おお! これ、美味しい!」

「空腹は至高のスパイスらしいからな」


 濡れた髪をタオルで巻き上げながら、台所に立っているのは可憐かれんだ。お風呂はメアリーと可憐とリリスの三人で入った後、交代で俺も入ってきた。

 お湯は、川から運んだ新湯あらゆだったらしいが、お風呂一回分の水をここまで運ぶとなればかなりの重労働だろう。

 メアリーの小さな身体の、どこにそんなパワーが秘められているのか不思議だ。


「もちろんそれもあるかもけど。でも……」


 もう一度スープを啜って味を確かめる。


「うん、やっぱり美味しいよ、これ」

「よかった。塩も出汁だしもあるし、食べられる味にはなっていると思っていたけど」

「いやいや、ここでこれだけの味が出せるって、料理の天才じゃない!?」

「お、大袈裟だな」


 珍しく、少し照れたように眉根を寄せて苦笑する可憐。

 メアリーも、俺の隣に腰を下ろして、


「近くに〝えんせん〟と呼ばれる場所があって、しょっぱいお水が湧いているんですよ。その水を煮詰めて塩を取り出したり、スープならそのまま使ったりするのです」

「へ~え。塩泉えんせんなんて珍しいな。出汁は、どうやって?」

「普通に、骨を煮込んでですよ」

「……骨?」


 可憐の方を見ると、気まずそうに顔を伏せながら視線を逸らす。

 まさか、骨って、ケイブドッグの!?


 ――うむ。聞かなかったことにしよう。


「久しぶりにママが作ってくれたお料理ですからね! メアリーはどんなものでも嬉しいです!」

「うん。そうだな」


 可愛い娘に可愛い奥さん……この場面だけ切り取ったら、まさに理想の家族のような光景かも知れない。

 ニコニコと嬉しそうに笑うメアリーに、思わず俺も釣られて笑顔に。

 一瞬だけぎった、本当の家族になったような感覚。


 ――まさか本当に、メアリーの両親の魂が乗り移ってるんじゃないだろうな?


「ところで、なんでパパとママになってんの?」


 メアリーの身の上話の最中、可憐の膝で睡眠中だったリリスが小首を傾げる。


「それは、メアリーのパパとママの魂が二人に乗り移ってるからです」

「魂? ほんとに?」と、今度は俺の方を向く。

「まあ……そう言うことらしい」


 敢えて否定するのも野暮ってものだろう。


「メアリーに姉妹はいませんでしたが、ちょうど弟か妹が欲しいと思ってましたので、リリッペは妹ということでいいです」

「リ、リリッペ?」

「ノーム族の間では、妹や弟の名前の最後に〝ぺ〟を付けて呼ぶのが流行っていたのです」

「ちょっと待って! 変な設定要らないから! リリスのままでいいんだけど!?」

「リリスっぺじゃ、語呂が悪いじゃないですか」

「まず〝ぺ〟から離れて!」

「〝ぺ〟が嫌だとなると……パ行の他の文字から選ぶことになりますよ? リリっぱ、リリっぴ、リリっぷ、リリっぽ――」

「なんにも付けなくていいんだよ! リリスだけで!」


 困ったような表情に変わるメアリー。


「それだと、リリッペはパパの単なるペットという扱いになりますよ? ペットと言えば、いわゆる雑魚っぱちです。いいんですか? 雑魚っぱちリリスで?」

「い、いや、雑魚っぱちは、ちょっと嫌だな……」

「ですよね? なら、メアリーの妹となるしかないじゃないですか」

「じゃあ、まあ、いいや、リリッペで……」


 小学生に言い包められた……。


 可憐が、最後に作っていた肉野菜炒めをテーブルに置いて席に着く。

 先程までと同じく、俺、メアリー、可憐の順で横並び。


「じゃ、ママも揃ったところで、いただきますか!」


 思わずそう言ってしまってハッとする。

 雰囲気に流されて、思わず可憐を『ママ』って呼んでしまった。


「おお! 今の自然な感じ、本当にパパとママが戻ってきたみたいです! メアリーは感激です! それではいつものように、最初の一口は『あ~ん』でやって下さい」

「あ~ん?」

「はい。最初の一口は、いつも『あ~ん』で食べさせてました」


 ――ったく、しょうがねぇなぁ。やっぱり、中身はまだまだ子供か。


「はい。あ~ん」


 肉野菜炒めを箸で抓んでメアリーの口元へ持っていく。

 だが、しかし――。


「はあ? 何やってるんですか?」と、俺に向けられたのはメアリーの冷たい視線。

「アホですか? メアリーにやってどうするんですか? ママにやって下さいよ」

「はあ? なんで可憐に!?」

「最初はいつも、お互いに一口ずつ『あ~ん』で食べさせていました。夫婦の絆を深める儀式だと言っていました」


 おまえの両親、すげぇラブラブだったんだな……。


「は、はい。あ~ん……」


 メアリーに向けていた箸をそのまま可憐の口元に持っていくと、顔を赤らめながら、形の良い唇を開いて肉野菜炒めをパクッ。

 箸を伝って、なんとも言えない、柔らかな手応えが伝わってくる。


「じゃあ次は、ママからパパへ『あ~ん』です」


 今度は可憐が『あ~ん』といいながら、俺の口へ料理を運ぶ。

 テーブルの上では呆れたように目を細め、俺たちを見上げるリリス。


 アニメなんかではよく描かれていた、カップルのドキドキイベント。だが、こんなものが何でドキドキするのかよく分かっていなかった。

 しかし、実際に自分でやってみると……。


 ――なるほどこれは、結構なドキドキ!


 クーデレ可憐が、恥ずかしがりながらつぶやく『あ~ん』の破壊力は天元突破であるということを、身を以って理解した。


「どうですか? 絆は深まりましたか?」

「そ、そうだな。まあ、深まった気はする……かな?」


 可憐は恥ずかしそうに、一方メアリーは、満足そうにうなずいて。


「じゃあ次は、いつものように『愛してる』と言いながらキスを――」

「できるかっ!」


 ――バカップルかよ!

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