07【藤崎華瑠亜】召集魔法


「一週間後ですって!?」


 オアラ洞窟から一旦脱出し、シルフの丘の簡易宿泊所で浅い睡眠を取った後、今は全員でミーティングルームに集まっていた。

 レスキュー隊の出動申請のため、管理小屋へ行っていた優奈ゆうな先生が戻ってきたところだったのだが……。


 管理小屋からの回答を聞いた瞬間、軽い眩暈に襲われた。


「一週間も待っていたらライフテールの効果だって切れるし、そもそも地底でそんなに長い間生きていられるわけ……」

「地震で、ふもとの方にも甚大な被害が出ているみたいで。しばらくはこちらに人員は割けないだろう、って……」

「そんな……。だって、ライフテールは光ってるんですよ? 間違いなく生きているんだから、こっちだって優先順位は低くはないはずですよね!?」


 決して先生が悪いわけじゃない。

 シュンと俯く先生の姿にあたしも心が痛んだけれど……。

 やり場のない怒りだと分かってはいるけれど、でも、それでも……。


「そりゃ、街だって大変でしょうけど、山の人員は飽くまでも山の遭難者を救助するための備えでしょ!? なんでこっちが後回しにされなきゃならないんですか!?」


 糾弾せずにはいられない。

 隣に座っていたうららが、あたしの肩にそっと手を載せる。


華瑠亜かるあ……。先生を責めても仕方ないよ。何か良い手がないか、もう一度みんなで考えよう?」

「レスキューの人員は、オアラ洞穴に合わせてランクEまでしか対応してなかったみたいなの……」


 恐る恐る、と言った様子で説明を続ける優奈先生。


「地下空洞で遭遇した食人鬼グールの話をしたら、ランクC以上に対応した増援が到着するまでレスキュー隊は組めない、って……」

「じ、じゃあ……あたしたちだけでもう一度――」

「それは無理だよ、華瑠亜」


 すぐにあたしの意見を打ち消したのは、紅来くくるだ。


「地下空洞の生態は不明だし、余震だって今も続いてる。最大火力の立夏りっかは怪我をしているし、先生も治癒キュアーが使えない。あまりにも危険すぎるって……」


 ――分かってる。それは十分に分かっているけど……。


 今は輝いているライフテールも、数日後にはどうなっているか分からない。

 いや、あいつ可憐かれんの状況が分からない今、すぐに消えてしまうことだって十分にあり得る。

 

「学校にも連絡は入れたけど、他の先生も被災地の応援に召集されて手が空いてないし、レスキューパーティーが組めるまでは絶対待機だって……」


 優奈先生の報告を、半分放心状態で聞き流す。


 こんなジリジリした気持ちのまま三日間も足止め?

 絶対あり得ない!

 ……でも、じゃあ、どうする? あたしたちに出来ることは、何もないの!?


 その時。


召集魔法コールは……使えねぇかな……」


 ぼそりと零したのは勇哉ゆうやだ。

 独り言のような呟きだったが、重苦しく静まり返ったミーティングルームの中でやけに大きく響く。

 一斉に集まったみんなの視線に、勇哉ゆうやが慌てて、


「い、いや、ふと思いついただけなんだけど……」


 すかさず紅来くくるが口を開く。


「あんな高等魔法を扱える時空魔法士イスパシアンに心当たりがないし……仮にいたとしても、あれは予め召集対象者の体に魔法円を描いておく必要があるだろう?」

「うん、そうなんだけど……。学校の近くのウィッチクラフトショップにさ、似たような効果の魔道具を見たのを思い出して……」


 それを聞いて、あたしを含めた全員が脱力したように背凭れへ身を預ける。


「そのショップって、あれだろ? MASA(※マジックサンクチュアリ)で開発されたとかいう、怪しい魔道具を沢山扱ってる……」


 歩牟あゆむの指摘は、ここにいるメンバーにも周知の事実だった。

 勇哉が少しムキになりながら、


「俺、あの店、よく出入りしてるんだけど、そんな馬鹿にしたもんでもないぜ? たまに掘り出し物もあるし……」

「で、その、コールに似た効果の魔道具ってどんな物なのよ?」


 一応、聞くだけは聞いてみるか。

 どうせ、他に代案もないのだし、何かのヒントになるかもしれないし……。


「確か召集魔法円コーリングサークルとかって魔道具で、一週間以内に採取した対象者の体の一部を使って呼び寄せる、みたいな効果だったかなあ……」

「紬も可憐もここにいないのよ? どうやって体の一部なんて手に入れんのよ?」

「別荘に戻って枕でも調べれば、髪の毛の一本くらい見つかるんじゃね?」


 う――ん……。

 髪の毛なんかで、本当に本体を呼び寄せることができるんだろうか?

 人一人を転送させるとなれば、相当高度な術式が必要になるはずだけど。


「リリスちゃんはどうなるの?」

「ああいうのは装備品や服と一緒じゃね?」

「でも、ほんとにそんなことができるなら……」と、今度はうららが質問する。

「結構お高いんじゃないの?」

「確か、銀貨三枚くらいだったと思うぜ」


 ――銀貨三枚か。


 平均月収は、銀貨換算なら二十~三十枚だから、魔法の〝韻度〟を考えれば破格と言っていいわね。

 怪しいといえば怪しいけど、使い捨てなら、眉唾と決め付けるほど安過ぎるわけでもないし……。

 微妙な価格帯だけど、でも……。


「ねえ、それ……試してみない?」


 気がつけばあたしは、椅子から立ち上がってみんなを見回していた。


「いいのか? あの、眉唾ショップの品だぞ?」


 あたしの意思を確認するように問い返してきたのは、森くんだ。


「たまには掘り出し物もあるんでしょ? それに、どうせ他にできることもないなら、ダメ元で試してみてもいいかな、って……。賛成の人は、手を挙げて!」

「俺はいいぜ。言い出しっぺだし」と、勇哉。

「俺も別に、試すのは全然構わないけど」と、森くんも手を挙げる。

「あのショップってのは気になるけど……、私も、おっけー!」


 紅来の賛同を得たところで、改めて部屋中をぐるりと見回す。

 別に、全員の賛成を得る必要はない。リスクはないのだし、銀貨三枚なら、あたし一人だって出して出せない金額でもない。


 ――でも。


 静かに手を上げる立夏。

 続いて、


「銀貨三枚なら、みんなで出しあえば一人あたり銅貨数枚だね!」と、麗も挙手。そんな彼女の様子を見て、初美も慌てて手を挙げる。

 最後に優奈先生も「よぉ~し!」と気合の入った様子で椅子から立ち上がり、


「じゃあ、みんなは銅貨四枚ずつカンパで、残りは先生が全部出すね!」

「それだと先生が一番少なくなりますけど……」と、紅来。

「そ、そっか。えっと、みんなが三枚ずつで、先生が残り全部ってことね……」


 全員からカンパを集めて、集金袋を勇哉に手渡す。


「じゃあ、勇哉、買ってきて!」

「ええ? 俺? 一人で?」

「だってあんた、常連なんでしょ?」

「いや、別に、常連じゃなくたって買い物はできるだろ……」

「あんたが言い出しっぺだなんだし、そのアイテムを見たことあるのもあんただけだし、どう考えたって一番適任でしょ」

「そ、そりゃそうかも知れないけど……」


 ――今は……夕方の四時か。ってことは……、


「今日中に戻ってこられるわね?」

「無茶言うなよ!」

「片道二時間もあれば着くんだから、可能でしょ?」

「店の営業時間も考えろって!」


 ――チッ!


「じゃあ、明日の朝一で戻ってきなさい。できなかったらボウガンの刑よ」

「なんだよ? その怖そうな刑は!?」

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