06.子供扱いは禁止です
「ノームの間では、死後四十九日目に、死者の魂はこの世から天国へ旅立つとされているのです」
「そうだったのか。悲しいけど、残された人も、少しずつ整理をしていかないとな」
「そうなんですが、現世に未練があったりして、なかなか旅立てない魂もあるのです。例えば、幼い子供を一人残して亡くなった両親とか……」
――例えばというか、まんまメアリーのケースだな。
「そこで、今日ですよ!」
「ん?」
可憐も、小首を傾げながら黙ってメアリーの話を聞いている。
「カリンとツムリが現れて、しかも迷わずそこへ座りました」
「迷わずと言うか、スペース的に、こことそこしか――」
「なんと、ツムリの場所はいつもパパが座っていた場所なんです! そしてカリンの場所も、いつもママが座っていた場所です。そしてメアリーの場所は……」
いつも、パパとママの間でした、と呟いて、
――だから、その場所に拘ってたのか。
「それでメアリーは確信したのです!」と、顔を上げて再び続けるメアリー。
「これは天啓なのだと」
「天啓?」
「つまりですね、パパとママの魂は、それぞれツムリとカリンへ乗り移ったに違いないのです」
「え~っと、それは、どうかな? 俺はずっと俺だし、ここに来て突然、記憶や人格が変わったという気もしないんだけど……」
「それはそれでいいんです。あくまでも主体はツムリの魂です。パパの魂は、なんと言うかその……ツムリの中のちょっとした隙間みたいなところに……上手い具合に入って……そういう感じです」
――なんだかすごくぼんやりとしたシステムなんだな。
「と言うわけで、お二人がここにいる間、パパ、ママと呼ばせてもらいます」
――え?
思わず、可憐と目を合わせる。
呼ばれ方は、判別さえできれば何だって構わない。どうせ名前で呼ばれたところでツムリとカリンだし。
でも、パパとママは……どうなんだろう?
ずっと一緒にいられるわけでもないのに情が移り過ぎやしないか?
複雑な表情から察するに、可憐も同じ事を考えているようだ。
もう一度、隣のメアリーに視線を落とす。
真剣な眼差しで俺を見上げるメアリーの大きな瞳に吸い込まれそうになりながら、
「え~っと、メアリー?」
「何ですかパパ?」
――まだ許可してないぞ。
「メアリーに助けてもらったことは感謝してる。でも、俺たちはずっとここに居られるわけじゃないんだ。それは、分かってるよな?」
「当たり前じゃないですか。パパだってもう、本当のお子様がいたっておかしくない年でしょうし……」
「いや、おかしいだろ!」
「準備が整ったら、早く帰ってあげるべきだと、メアリーもそう思っています」
「俺たちが戻る時は、パパとママの魂ともお別れになっちゃうけど、いいのか?」
「それは仕方がないです。メアリーは、お二人に宿ったパパとママの魂が早く天国に行けるように、メアリーは心配要らないと知らせてあげたいだけなのです」
もう一度可憐を見ると、小さく頷き返してきた。
どうやら可憐的には、了承したらしい。
「分かった。じゃあ、ここに居る間だけ、俺と可憐はメアリーのパパとママだ」
メアリーの顔がパアッと明るく輝き、頬がうっすらと赤く染まる。
が、次の瞬間、無理やり感情を抑え込むような真面目な表情に戻して、
「ま、まあ、パパの許可を得るまでもなく? 魂は入ってしまっているのだから? 当然と言えば当然なんですけどね?」
「素直じゃないなぁ。そこは子供らしく、甘えとけ」
「子供扱いしないで下さい! メアリーだってもう二十歳なんですから!」
――ふぁっ!? はたち?
「はたち……って、
「何わけのわからないことを言ってるんですか? いきなりボケましたか? それじゃあパパじゃなくてお祖父ちゃんじゃないですか」
思わず可憐の方を見るが、別段驚いた様子もない。
「可憐……知ってたの?」
「年齢のことか? 正確な歳まではアレだが、まあ、大体そんなものだろうとは」
「どうしてよ? どう見たって七、八歳だろ、メアリー」
「人間ならな。ノームの寿命は人間の約三倍だ。……知らなかったのか?」
――知らなかったよ!
「分かったら、もう子供扱いは禁止です!」と、メアリーが得意気に胸を反らす。
どう見てもペッタンコだ。とても二十歳の胸には見えない。
唖然としてる俺を見て、可憐が説明を続ける。
「まあ、寿命は三倍でも、成長速度も精神年齢も三分の一らしいからな。実年齢は気にしなくていいんじゃないのか?」
ん? ってことは……見た目は子供、だけど頭脳は小学生!
「……つまり、ただの子供じゃねぇか! びっくりさせんな!」
「むぅ……。まあ、いいでしょう。パパとママが年上なのは間違いないですし、パパから見ればメアリーも子供、ということで納得してあげますよ」
――俺たちが年上?
そっか、ノーム的には俺も、五十歳くらいに見えているのか。
だから子供がいてもおかしくない、なんて思われたんだな。
でも、さっきの俺と可憐の会話も聞いてたはずだし……。
「なあ、メアリー」
「何ですか?」
「俺、何歳に見える?」
「ご……五十歳くらいですか?」
――ふむふむ、やっぱり。
「人間の寿命はノームの三分の一らしいんだけど……五十歳の三分の一って、分かるか?」
「…………」
――なるほど。やはり、計算能力は見た目通り、小学一年生レベルなんだな。
思わずクスッと笑みを零すと、メアリーの顔がみるみる険しくなり、突然立ち上がって俺の向こう
「
「散文だか漢文だか知りませんけどね、そんなの、二十歳じゃ習っていないに決まってるじゃないですか!」
「い、いや、国語じゃなくて算数の――」
「わざとメアリーが答えられないような難問を出して優越感に浸るだなんて、大人げないですよ! パパはそんな意地悪はしませんでしたよ!」
今度は腕を上げ、
「ご、ごめんごめん! 笑ったのは悪かった! 別にそう言うつもりじゃなくて、なんていうか、単純に可愛いな、と思っただけで……」
「ここにいる間はパパなんです! もう二度と、精神的にも肉体的にも意地悪はしないで下さい! 娘のことは大切にして下さい!」
「りょ、了解。……っていうかメアリー、本当のパパのことも、こんな風に蹴ったり叩いたりしたのか?」
「するわけないじゃないですか」と、メアリーが呆れ顔で俺を見下ろす。
「ツムリだから蹴ったんですよ」
――い~感じで使い分けてるな、こいつ。
「ではとりあえず、最初のパパの仕事はメアリーをお風呂に入れることです」
「え? 風呂?」
「はい。毎日メアリーをお風呂に入れるのはパパの仕事でした。隣の浴室にお湯も沸いています」と、上着を脱ぎ始めるメアリー。
「ちょ、ちょっと待てってば!」
確かに、小学生までは妹と一緒に入ってたりもしていたけど……。
実質七歳とは言え、血の繋がってない幼女とお風呂って……どうなのよ?
この世界の常識ではアリなのか?
可憐の方を見ると、両腕で大きな
――ですよねぇ。
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