04【横山紅来】説得

「やっぱり、そうか……」


 心の中で呟いたはずの言葉が、知らず知らず口をいて漏れていたらしい。


「何か言った? 紅来くくる?」と、華瑠亜かるあが背後から声をかけてきた。

「ああ……えっと、つむぎたち、やっぱり川に入ったみたいだな、って」


 振り返ると、表情を曇らせて近づいてくる華瑠亜と目が合う。

 足元の地面では、グールの屍骸からここまで続いてたいた足跡が、地下河川の手前で途絶えている。

 華瑠亜も私の隣にしゃがみ込んでそれを確認しながら、


「何で……川になんかに?」

「分からない。ブービートラップで炎に巻かれたのかもしれないし、或いは……」

「或いは?」

「川に落ちた可憐かれんを、紬が助けようとしたのかも」


 振り向けば、未だにプスプスとくすぶっているグールの屍骸。切り株トーチの残り火に、焼けただれた怪物の背中が鈍く照らし出されている。

 川まではほんの一、二メートルの距離だ。


「歩幅を見ると、川辺まで駆け寄ったあと、川沿いにゆっくりと移動して……ここで強く踏み込んだのを最後に、足跡が途絶えている」

「うん……」

「砂や小石も飛散してるし、川に跳び込むために踏み切ったような足跡だ。もし引火した火を消すだけなら、川まで最短距離で走って入水するだけで済むだろ?」

「で、でも、これだけ薄暗いし、よく見えていなかった可能性も――」

「それに、可憐の足跡がどこにも見当たらないんだよ」


 私の説明でハッと気がついたように、華瑠亜が周囲の地面を確認しはじめる。

 会話が聞こえたのか、屍骸を調べていた歩牟あゆむが説明を引き継いだ。


「状況的に見て、グールが転倒した際に可憐が投げ出されて川へ転落。自力で上がれなかったと言う事は、その時点で意識がなかった可能性もある」


 歩牟の隣で腰を下ろしていた勇哉ゆうやも、こくこくと首を縦に振る。


「で、紬が可憐を助けるためにそこからドボン! でも、その先は両岸が切り立っていて這い上がれず、そのまま流されて行ったと……そんなとこか」

「じゃ……じゃあ、あたしたちも早く追いかけないと!」


 ――追いかける?


「……って、どうやって?」

「ここからに決まってるでしょ」と、川を指差す華瑠亜。


 ――おいおい……。


「ちょっと、落ち着きなよ華瑠亜」

「落ち着いてるわよ、十分」

「追いかけるって、正気? この先は、地底でどう枝分かれしてるかも分からないし、どんな魔物がいるかも分からないんだよ? 火の用意もないし無茶過ぎるよ」

「無茶でもやるしかないじゃない! このまま見殺しにするって言うの!?」

「そうじゃない。一旦、体勢を立て直そう、って言ってんの」

「またそれ!? 可憐も、紅来も……慎重に慎重にって……」


 これを見てよ!と、首から提げたライフテールを襟元から引っ張り出す華瑠亜。


「ちゃんと光ってるでしょう? まだ、あいつも可憐も生きてるってことだよ。つまり、この川の先にもここみたいな空洞があるってことだよ!」


 あれ? 華瑠亜、少し涙声になってる?

 地震直後、私が立夏や紬と一緒にここに落ちた時にも、きっと可憐とも同じようなやりとりがあったんだろうな。

〝体勢を立て直そう〟なんて、可憐のやつならいかにも冷静な顔で言い放ちそうだ。

 ああ見えて可憐も、意外と熱いやつなんだけど。


「華瑠亜……」


 私も立ち上がり、華瑠亜をそっと抱き寄せる。


「く、紅来……?」

「大丈夫だよ、華瑠亜。ダイアーウルフに噛み砕かれても、キラーパンサーに吹っ飛ばされても生きて帰った紬だぞ?」

「で、でも……」

「ケイブドッグの群れの中でしぶとく戦うあいつの姿、私も見てきたし」


 ――冷静に考えてみると、よくピンピンしてるな、紬のやつ。


「一緒にいるのはあの・・可憐だ。現時点で生きてるんなら、あの二人ならそう簡単にくたばりはしないって」


 華瑠亜の頭をぽんぽんと撫でてあげると、緊張で強張っていた彼女の体から、次第に硬さが抜けていくのが分かった。


「メンバーを信じられてこそのパーティーだろ? 私は、紬と可憐を信じてる」

「あ、あたしだって……信じてないわけじゃないけど……」

「とにかく今は、けが人も出てるし、装備も足りない。体力も消耗している。万が一、私たちの誰かにもしものことがあってライフテールから光が消えたら……」


 ゆっくりと身体を離して、華瑠亜の顔を見つめる。

 不安に揺れるその大きな瞳に思わずほだされそうになるが、ここは決して、感情に流されていい場面じゃない。


 ――冷静に、全員が生きて再会するための最適解を探すんだ!


「ライフテールの光を消したら、可憐たちにも絶対に悪い影響が出る。今はそれぞれが、絶対にこの光を絶やさないように最善を尽くさなくちゃ」

「……うん」


 再び華瑠亜を抱き寄せて、今度は彼女の頬に軽く接吻くちづけをする。

 驚いて顔を離し、頬を押さえて驚いたように私を見つめ返す華瑠亜。


「ちょ、ちょっと!? なに、紅来!?」

「お礼だよお礼。助けにきてくれたお礼、まだちゃんとしてなかったでしょ?」

「だからって、何で今なのよ!?」

「いやぁ~、なんとなく? 少しは落ち着くかな?って」

「だって、女の子同士でなんて……まさか紅来って、そう言う……」

「バァ~カ、んなわけないじゃん。ただのチークキスだよ。紬にだってしたん――」


 ……あっ!と、慌てて口を押さえる私。

 けど、遅かった。


「……え? な、何? 紅来? 今の、どういうこと!?」 

「よし! 立夏りっかと優奈先生も待たせたままだし、急いで帰ろう!」

「ま、待ちなさいよ! 今のやつ、紬にもしたってこと!?」

「ドーダッタカナー。ヨクオボエテナイナー」

「ちょっと紅来! とぼけないでよ! 帰ったらちゃんと聞かせなさいよ!?」


 ――よ……よし。とりあえず、一旦引き返すよう、説得はできたな!

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