03.金髪幼女

「なるほど、そう言うことだったんですか。それならそうと早く言ってくださいよ」


 そう言いながら、金髪幼女がお茶の入ったカップを小さな丸テーブルの上に並べていく。


 さっきまで、俺や可憐が寝ていた部屋の隣室。

 広さは同じく四畳半程度だが、こちらは簡素な流しと炭火がくべられた石台が備えられている。恐らく炊事場だろう。


 部屋の中央に絨毯が敷かれ、その上にちょこんと置かれた丸テーブル。

 ただ、それ以外のスペースも、麻袋や木箱など中身の分からない荷物に占領されていたため、俺と可憐はその隙間で肩を寄せ合うように座っていた。


「何度も説明しようとしたのに、おまえが聞く耳を持たなかったんだろ」


 俺の抗議に、しかし、悪びれるどころかさらに眉間のしわを深くして俺を睨み返してくる金髪幼女。


「さっそくおまえ呼ばわりですか? まあ、過ぎたことをぐちぐち責め続けるのも大人気ないですし、今回はこれで水に流してあげますが、以後気をつけてください」

「え? 俺が流してもらう方!?」


 まあまあ、となだめるように、俺の肩をポンポンと叩く可憐。

 裸を見られたことは、それほど気にしてなさそうだ。


「とにかく、助けてくれてありがとう」

「いえいえ、困った時はお互いさまです。助け合いは洞窟の鉄則です」


 頭を下げる可憐に対して、得意気に小さな胸を反らす幼女。改めてよく見ると、小さな背格好の割にはなかなか大人びた面持ちだ。


 透き通るような白い肌に、吸い込まれるような深い藍を湛えた双瞳そうとう。大きな黒目のせいで、ぱっちりとした瞳がさらに大きく見える。

 現代風のモダンなビスクドールを思わせる顔立ちは、どこか人間離れしているような印象も受けた。

 正直、喋りさえしなければ……そして鞭さえ持っていなければ、相当に愛らしい美少女と言えるだろう。


 この金髪幼女が地下河川の岸に流れ着いていた俺たちをここまで運んでくれたようだ。全員裸だったのも彼女が服を干していてくれていたおかげだ。


 掴まえた時は普通の子供のように思えたけど……。

 この小柄な体のどこに、そんなパワーを秘めているんだろう?


 お茶を並べ終わると、俺と可憐の間にお尻を捻じ込むように座る金髪幼女。


 なんでわざわざ、こんな狭いスペースに?

 荷物を少し退かせば、他に座れそうな場所はありそうなものだが。


 不思議に思ったが、とりあえず俺と可憐も腰をずらしてスペースを空け、テーブルの前に三人で並ぶように座る。


「とりあえず自己紹介をしよう。私は可憐、こっちがつむぎ。で、このテーブルの上の彼女が、紬の使い魔のリリスちゃん」

「こんにちは!」とリリス。

「ほうほう。珍しい服装ですが、精霊さんですか?」

「う~ん……精霊と言うよりは、メイドかな?」

「めいど?」


 そう言えば、対外的にはリリスのことを何と説明すればいいんだろう?

 使い魔と言っても種族のようなものもあるはずだし、そろそろその辺のことも考えておかないとな。


「君の名前も聞いていいかな?」


 可憐の質問に、金髪幼女が眉をひそめながら、


「すいません。知らない人には迂闊に個人情報を漏らしてはいけない、と、おじいちゃんに言われているので」

「そうか、それなら――」


 仕方ないな、と引き下がりかけた可憐の言葉に被せるように、リリスが口を開く。


「でも、もう知り合いになったからいいじゃない」

「そうですね。もう知り合いですもんね」


 ――いいんだ、それで!?


「私は、ノームのセレピティコ・カトゥランゼル・ウル・アウーラと申します」

「え? せ、せれ……てぃ、か……かと……あうーら?」


 嚙みまくる俺を振り仰ぎながら、目を細めて溜息を漏らす金髪幼女。


「まったく、仕方がいないですね人間は。これくらいの名前も直ぐに覚えられないとは。分かりました。略してメアリーと呼んで下さい」


 ――メアリー要素、どこよ!?


「じゃあ、メアリー、でいいのかな? いくつか質問、いいかな?」

「どうぞ、カリン・・・さん」


 カリンって……。

 偉そうなこと言ってたくせに、こいつは三文字すら覚えられてないじゃん!


 しかし、特に気にした様子もなく、可憐が続ける。


「今、ノームと言っていたが、ここはノームの集落なのか?」


 ノームって、妖精のノームのことだよな。

 さすが、ファンタジーゲームを基にした世界設定だけのことはある。


 可憐の〝集落〟 という言葉で、俺も隣室から移動する際に見えた周辺の外観を思い出す。

 地下空洞の壁を掘削し、その内側を材木で加工した住居が壁一面に並ぶ様は、現代日本で言えばさながら団地やマンションのような景観だった。

 それぞれの住居は、壁面に這うように設置された橋廊や階段で繋がっており、低階層でも地面から十分離れていたので、洞窟犬ケイブドッグ程度の襲撃なら問題なく防げそうだ。


「はい。ここはノーム族の集落でした。私たちの先祖様が数十年の時をかけて――」

でした・・・……?」


 思わずと言った様子で、メアリーの説明をさえぎって聞き返す可憐。


「はい。今はもう誰もいません。残っているのはメアリーだけですよ」

「他のみんなは、何処へ?」

「巨大グールが現れてここには住めなくなったので、みな新しい土地へ移ってしまいました」


 巨大グール……俺たちを襲ってきたあいつのことか?

 俺たちが最初に落ちた地下空洞とこの集落も、どこかで繋がっているのか?


「メアリーはなぜここに一人で? グールに襲われないのか?」

「メアリーの家は代々、特別な洗礼を受けて異能の力を授かる代わりに、一族を守護する役割を担っている家系なのです」

「異能の力?」

「はい。パパとママは戦士としての力を、メアリーは治癒と結界の力を開眼させました。カリン・・・さんの傷を治したのもその力です。ここの二部屋くらいなら常に結界を張り続けてグールから身を隠すこともできるのです」


〝治癒〟と〝結界〟か。

 確かに、ここで生活するにはかなり便利そうな技能スキルだ。


「食べ物はどうするの?」


 テーブルの上で、メアリーから貰った怪しげな干し肉を噛みちぎりながら、今度はリリスが尋ねる。


「表の廊橋から下を観察してると、たまにグールの食べ残しが見つかるのですよ。それを拾ってきて保存食にすれば、メアリー一人くらいならなんとかなります。エネルギーは大気中のマナからも補えますし」

「食べ残しって……まさか、あの黒犬の?」

「そうですよ。たまに、足一本とか落ちていることがあるので、急いで拾ってきて保存処理すればかなり持つのです」


 リリスが、手に持っていた干し肉を見て顔をしかめると、「ウへェ……」と言いながら舌を出す。


「大丈夫ですよ。保存が利くようマナ抜きはしてあるので安心して食べられます」

「そう言う問題じゃないんだけどね!」と渋面になりながら、それでも干し肉を口に運ぶリリス。


 ――食べるんだ、それでも……。


「そう言えばさ……さっきから疑問に思ってたんだけど……」

「何ですか、ツムリ・・・」と、俺の方へ顔を向け直すメアリー。


 ――こいつ、わざと間違ってないか?


「一人で残ってるって言ってたけど、お父さんやお母さんは?」

「メアリーのパパとママは、グールに食べられました」

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