07.満身創痍

「それにしても、何あれ? さっきのリリスちゃん? すげぇな」


 リリスの戦闘モードを初めて見た勇哉ゆうやが感嘆の声を漏らす。

 もう、隠すことは不可能だし、その必要もないだろう。


「魔力消費が激しくて滅多に使えないんだけどな」

「魔力、どれくらい食うんだ?」

「一分で約一万だな。スキルはさらに別枠だ」

「一万!? 桁が二つ三つずれてないか!?」

「ずれてないんだな、これが」

「さすが、腹ペコ枠……」


 それを聞いたリリスが、ポーチの中から勇哉を仰いであっかんべぇをする。


「リリスもよく、ギリギリまで魔力管理できたな?」

「そうね。一応、紬くんの魔力の流れには注意しながら戦ってたんだけど……」


 リリスの話によると、魔力が残り少なく――恐らく、残り一割くらいになると匂い・・のようなものが変わってくるのだそうだ。

 そこに気をつけていればかなり正確に枯渇のタイミングを予測できるらしい。


「そんならトゥクヴァルスの時だって、ぶっ倒れる前に切り上げてくれれば……」

「あの時は私だって初めてだったし、そんなことに気づく余裕もなかったよ」


 つむぎぃ――っ! と、手を振りながら華瑠亜かるあが駆け寄ってくる。


「だ……大丈夫!?」

「ああ。……また、助けられちまったな。ありがとな、華瑠亜」

「べ、別に、あんたを助けたわけじゃないわよ……可憐を助けたら、結果としてあんたも助けただけで――」

「その割には今、紬の名前しか呼んでなかったような?」


 勇哉が茶化すと、華瑠亜も顔を真っ赤にしながら。 


「な、何言ってんのよ! ちゃんと可憐の名前だって呼んだわよ! 鼓膜が腐れてるんじゃないの、バカ勇哉!」


 へいへい、と肩をすくめる勇哉に舌打ちを鳴らし、再び俺の方へ向き直る。


「それにしてもあんたも、次から次へとトラブルを背負い込んで……何かに憑かれてるんじゃないの? 一度占術師オーガーにでも見てもらって――」


 そこで華瑠亜が、不意に言葉を飲み込んだ。

 俺の背後に目を遣りながら、その顔に恐怖の色を広げてゆく。


 ――え? マジで? そんなに悪い霊が憑いてる!?


 振り返った俺の目に飛び込んできたのは、怪しげな背後霊……などではなく、ふわりと宙へ浮かび上がる可憐の姿だった。


 ――なんだ? どうした?


 よく見ると、その細い腰に巻かれていたのは……。


 黒ずんだ緑色の巨大な手。

 無数の金創と火脹ひぶくれでただれた痛々しい有り様ではあるが、しかし、可憐の体に食い込んだその五指は未だに力強さを失っていない。


 ――グールのやつ、まだ生きていやがったのか!? なんつぅ生命力だよ!


「うぐっ……」


 可憐の顔が苦しそうに歪む。

 慌ててグールの太腿にアイアンパイクを突き立てる歩牟あゆむ


 ……が、次の瞬間、闇雲に振り回されたグールの左手が、裏拳となって歩牟の身体を吹き飛ばす。


「ぐはぁっ!」


 岩壁に打ち付けられ、ぐったりと地面へ崩れ落ちる歩牟。


 直後、グールの左肩に突き刺さる灰羽の矢。

 ほぼ同時に、頭部を直撃したファイアーボールも火花を散らす。

 可憐が掴まれているため、思い切った攻撃ができない様子の華瑠亜と立夏。


 しかし、満身創痍のグールにも反撃の余裕はないのか、背中を向けて逃走を試みる。


「待て――っ! 可憐を置いていけっ!」


 追いかけようと立ち上がったが、膝に力が入らない。


 ――くっそ! さっさとポーションを飲んでおくべきだった!


 二、三歩、踏鞴たたらを踏んで崩れ落ちかけた両足に、拳で思いっきり渇を入れる。


「うおお――――っ!」


 ――もうちょっと……踏ん張れ! 俺の足!


 グールの太腿に突き刺さったままのアイアンパイクに飛びつく。

 再生能力が失われている今なら、もっと足へのダメージを蓄積させれば動きを止められるかもしれない、と、思ったのだが……。


「うわっ……!」


 俺の体もすぐに、グールの左手に掴まれ、足から引き剥がされた。


 ――投げられる!?


 歩牟の姿が脳裏をよぎり、思わず後頭部を押さえて対ショック姿勢を取る。

 しかし、そのまますぐに、みんなとは反対方向に走りだすグール。

 俺と可憐の体を掴んだまま!


標的固定フィクセイション!」


 後方から勇哉の声が追いかけてきたが、グールの足は止まらない。

 弱っているとは言え、やはりランクが違いすぎるのか……もしくは、グールから完全に戦闘の意思が消え去っているのか?


 ――そりゃそうか。


 両眼を矢で射抜かれ、咽喉から後頭部へは可憐のショートソードが貫通。

 再生能力を失った体躯もリリスの攻撃と立夏りっかの魔法でボロボロだ。


 それでも、両腕に一人ずつ人間を抱えながら疾走するグール。

 攻撃力よりも、その生命力にこそ驚愕を禁じ得ない。


 両眼を潰されているにも関わらず、迷わずに地下河川へ向かって加速する。


 ――なぜ?


 もしかすると……反響定位エコーロケーションか!?

 洞窟に適合できるよう進化を遂げたのであれば、コウモリのように超音波の反響で自分や障害物の位置を捕捉できるようになっていたとしても不思議じゃない。


 となれば、この暗闇の中、みんなが追いつける可能性はほぼないだろう。

 川の向こうは、もしかするとやつの巣か食事場なのかもしれない。

 地形もかなり入り組んでいるようだったし、あそこに連れ込まれてはもう、救出も脱出も絶望的だ。


 ――川を越えられるまでに、なんとか自力で抜け出さないと!

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