06.阿修羅

 可憐の肩を押しやる。


 しかし――。


 逃げる手はずだった可憐の感触は掌から離れず、それどころか、さらに力を込めてこちらへにじり寄ってきた。

 慌てて横を見ると、怪我をした左手で、俺と一緒に六尺棍を握っている。


「何やってんだ!? 早く行け!」

「言っただろ。そんなことできるわけがないと」


 俺を見つめ返して、不敵に口角を上げる可憐。


「だっておまえ……さっきは分かったって……」

「紬の考えは分かったと言っただけだ。おまえを一人にするとは言ってない」

「何言ってんだ! 合理的に考えりゃどう考えたって――」

「理屈で言ってるんじゃない! 心で話してるんだ!」

「ば……ばかやろ……」


 ――なんて頑固なやつなんだ!


 熱いものが零れそうになるのを堪えながら、リリスの方へ視線を戻す。


 ――こうなったら、なんとしても一分でグールを倒してもらうしかない!


 飛散する肉片。

 グールの体に次々と刻まれていく創痍そうい

 だが、しかし。


 ――何だ、あれは!?


 グールの傷が、刻まれる先から次々と癒合ゆごうしていく。


「再生能力!?」


 隣りで、可憐のうなずく気配。


「通常のグールにはそんな能力はないが……おそらく、この特殊な環境に適応する過程で身に付けたんだろう」

 

 リリスの剣速の方が、再生速度よりはわずかに上回っているようだ。

 時間さえかければそれは徐々に蓄積し、いずれ葬り去ることもできるだろう。

 だが、このままでは、一分以内に倒しきることは不可能だ。


 両手を振り回してリリスに反撃を試みるグール。もちろん、そんな攻撃がリリスに当たることはない。

 しかし、タイムリミットを半分ほど消費した時点で、未だに反撃する余力が残っていること自体が、今のこの場面では絶望を意味する。


鳩尾みぞおちの辺りに、グールの芯核コアがあるはずだ」と、可憐。

「コア?」

「魔物の心臓のようなものだ。そこを叩ければ再生能力も、あるいは……」


 よく見れば、グールの鳩尾の辺りにレイピアのものとは違う刀傷が見える。

 恐らく、可憐の反撃が偶然にコアを脅かしたせいで、グールも思わず可憐を放り投げてしまったのだろう。


「リリス、鳩尾だ! 刀傷の辺りを集中的に狙え!」

「分かりました」


 旋回攻撃から一点集中に切り替えるリリス、

 繰り出される無数の刺突。


 しかし、グールも弱点を心得ているのか、すぐに左手で腹部をガードする。

 左手の損壊が激しくなれば、次は右手。

 レイピアが両手を切り刻む……が、コアまで攻撃が届かない。


 ――だめだ! ガードを崩さない限りダメージが通らない!


 その時。


 突如、爆裂音と共にグールの全身を包むように眩い炎が巻き上がる。

 たちまち、再生しきっていない傷から侵入した炎が、皮下の肉を焼く嫌な臭いが辺りに立ち込めた。


 ――メガファイア!?


 ケイブドッグとの戦いで何度も目にした炎だ。

 振り向くと、数十メートル先に松明を持った紅来と、その肩を借りて魔導杖を構える立夏の姿が見える。

 続けて、その後方から放たれた二本の矢が、グールの濁った双眸を正確に貫いた。


「紬! 可憐! 大丈夫!?」


 華瑠亜か!?

 この暗闇の中、あの距離から目潰しとか……やっぱりあつ、本番につよっ!


 さらに、勇哉ゆうや歩牟あゆむが走ってくるのも見える。

 その後ろで……転んでいるのは優奈先生か。


 みんな、来てくれたのか。

 こっちの世界の連中は、ほんと、馬鹿ばっかだな……。


 仲間の姿がにじむ。


 前に向き直れば、痛みに悶絶しながら、両腕を炎から逃がすように突き上げるグール。鳩尾がガラ空きだ。


「今だ、リリス! 仕留めろ!」

「はい、ご主人様」


 炎の明かりでくれないに染まった神速の戦闘メイド。

 その連撃は炎をも四散させ、集中砲火で捕食者のコアを破壊する。


 よろよろと後退あとずさるグールを、リリスがさらに追撃。

 紅蓮の中でエプロンドレスをひるがえしながら、阿修羅のごとく繰り出す無数の刺突。

 グールの全身に大小の創痍が次々と刻まれていく。


 しかし……今度は再生しない!

 地底に木霊する、断末魔の咆哮。


 全身から血飛沫ちしぶきを吹き上げながらグールが崩れ落ちるのと、リリスが青白い光となって俺の肩へ戻ったのは、ほぼ同時だった。


「時間切れです。これ以上は、ご主人様の魔力が持ちません」

「十分だ! よくやった!」


 両膝を着き、目線の高さまで落ちてきた魔物の頭部めがけて、思いっきり六尺棍を突きだす。思いの外、あっけなく地面に仰向けに倒れるグール。

 そのまま、顎門あぎとに六尺棍の先端を捻じ込んで全体重をかけた。


 しかし……例の付加効果が発動しない。

 手元に鈍い手応えが返ってくるばかりで貫通する気配がない。


 ――やはり、何か発動条件があるのか?


 隣に駆け寄ってきた可憐が、俺がこじ開けていたグールの口に剣を突き立てた。

 じゅぶり、と嫌な音が鼓膜を撫でつける。

 貫通したショートソードの先端が、地面に突き刺さり――。


 ビクビクと動いていたグールの両腕が……完全に動きを止めた。


「ふぅ……」と、ようやく漏らした安堵の吐息。


 ――終わった? ……のか?


 勇哉と歩牟が駆け寄ってきて、


つむぎ! 可憐かれん! 大丈夫か!?」


 真っ先に声を掛けてきたのは勇哉だった。

 歩牟が、拾ってきた俺の鞄からポーションを取り出したのを見て。


「俺は大丈夫だ。可憐を見てやってくれ。怪我をしている」


 本人は何も言っていなかったが、顔から左腕にかけて広がる大小の傷に、左肩の亜脱臼だ。


 相当痛むと思うんだが、ほんと、この世界の女子は強いな。

 傷、消えればいいんけど……。


おまえはつくづく、はぐれるのが好きだよな」


 勇哉が呆れたように、しかし嬉しそうに呟く。


 ――好きで逸れてるんじゃねぇよ。いつも不可抗力だ。

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