05.不退転の覚悟

「出し惜しみはしなくていい。最初から全開でいけ。目標は一分だ」

「うん、頑張る!」


 正直、一分というのはそこまで楽な目標ではないだろう。

 正確には思い出せないが、キラーパンサーでさえあそこまで削るのに一分以上はかかっていたはずだ。


 かと言って、凶悪なユニークモンスター相手に通常技だけで挑んでも、とどめを刺すまでには至らないだろう。

 時間稼ぎはできたとしても、俺はリリスから離れるわけにはいかない。


 可憐かれんは負傷しているし、武器も専門ではない片手剣。

 俺の棒術に至っては素人チャンバラもいいところだ。


 ――やはり、一か八かリリスで仕留めにいくしかない!


 でも、もし、俺の魔力が持たなかったら……?


「どうした?」

「……え?」


 可憐の声に、ハッと我に返る。


「どうした……って?」

「何だか、ボ――ッとしていたから」

「わ、悪かったな、考え事をしてる顔に見えなくて……」


 俺の魔力が持たなかったら……そのケースを想定するなら、やはり……。


「可憐……」

「何だ?」

「リリスが戦い始めたら、可憐だけで皆のところに戻れ」

「馬鹿言うな。おまえを残して行けるわけないだろう」


 まあ、そうだろうな。俺だってそんなこと言われたらそう答える。

 責任感の強い可憐ならなおさらだろう。


 でも――。


「リリスが一分以内にあの化け物を仕留められる保証がないんだよ。リリスを使う為に俺は残らなきゃならないけど、二人揃ってリスクを背負う必要はないだろ?」

「何度も言わせるな。そんなことできるわけ――」

「いいから! そうしてくれ!」


 可憐の言葉を、俺も口調を強めてさえぎる。

 そりゃ俺だって、こんな所で一人残ってあんなバケモノの相手をするなんて、恐いし心細いし、できればすぐにだって逃げ出したい。


 でも、あいつがピンピンしてるうちは、逃げたところでさっきの二の舞だ。

 やらなきゃやられる。

 今がそういう場面なのは俺でも分かる。


 そして、対抗手段がリリスのみであるということは、別の言い方をすれば、俺だけ残れば事足りるということ。

 ここに二人で残っても、リスクが二人分になるだけでメリットはない。


「もし仕留め損なって二人ともやられちまったら、この戦闘もそれこそ無駄になっちまうだろ? 一人でも助かれば格好つけた意味だって出てくるってもんだ」

「だ、だが……」

「いいから! 聞けっ!」


 これ以上議論を続ければ、俺の気持ちも揺らいでしまいそうだ。


「もちろん俺だって、犠牲になるつもりはないって。ちゃんと一分で倒し切るつもりで頑張るさ。ただ、余計なリスクを負う必要はない。もし俺の意見に反対するなら、さらに合理的な代案を聞かせてくれ」


 俺の顔をジッと見据える可憐。程なくして。


「……分かった」と短く答える。


 理屈では最善手であると分かっていても、一人だけ割を食って命を張るなど、元の世界にいた頃の俺では到底考えらない。


 ――わずか一ヶ月で、早くもこの世界の空気にあてられて・・・・・しまったかな?


「リリス、この場面、おまえだけが頼りだ。頼むぜ?」

「……え? なに?」

「だから、頼むぜ、って……」

「その前!」

「えっと……おまえだけが頼り?」


 ――って、なんでそんなに満足そうな顔なんだよ?


 束の間の静寂。

 松明の炎だけが静かに揺れる暗晦あんかい

 その向こうから、こちらを狙っているであろう捕食者プレデターの気配に全神経を集中させる。


 息苦しい湿度の中で、汗ばむ両掌。

 心拍数が上昇し、一分にも満たない時間が五分にも十分にも感じられる。


 奴が現れたらすかさずリリスが戦闘態勢だ。

 華麗な剣技で奴を翻弄ほんろう、ジャスト一分で仕留める。

 皆に「おかえりつむぎ」と声をかけられハイタッチ。


 そんな理想的な未来を思い描きながら、神経を研ぎ澄ます。


 その時。


 静寂の中で、しかし、なぜか粟立つ全身の毛穴。


 ――何か聞こえたか?


 いや、何も聞こえてはいない。


 ――でも……じゃあなんで、こんなに身がすくんでる?


 物音だけに注意を払っていたせいで、それ・・にすぐに反応できなかった。

 首筋に感じた、生温い感触。


 頭を切り替えるまでのコンマ何秒間で、ありとあらゆるおぞましい予感が全身を駆け巡った。


 ――なんだ、これは?


 掌で首の後ろを押さえながら、素早く目線を頭上に向ける。そこには――。


 大きく開かれたあごと、上下にびっしりと生え揃った五センチはありそうな鋭い牙。

 腐肉のような、ドス黒い緑色の肌。

 そこから放たれる生臭い悪臭と、したたよだれ


 ――この、首筋の粘ついた感触は……あいつの唾液か!?。


 岩壁に背を預け、注意を前方にだけ向けていた俺たちの頭上から、壁に張り付いた緑の巨体が静かに接近していたのだ。


 こんなことも出来るのかよ!?

 これも、環境に合わせた適合進化ってやつか?


 岩の隙間に突き刺していた鋭い爪をそっと引き抜くグール。

 直後、反射的に俺も、可憐を抱えて壁から飛び退すさっていた。


「なっ……!?」


 グールの接近にまだ気付いていなかった可憐の口から、短い叫びが漏れる。

 背後から、俺たちを襲おうとしていたグールが、思いっきり岩壁を叩く音が追いかけてきた。


 壁とは反対側を警戒していたリリスがすかさず反転。

 俺たちと場所を入れ替わると、壁に張り付いたグールへレイピアを突き立てた。

 もちろん、身長百五十センチ――戦闘メイドモードのリリスたんだ!


 ギュルカカカカカ――……。


 不気味に喉を鳴らしながら、レイピアに貫かれた左手を気にする様子もなく地面に降り立つグール。


 背丈は、三メートルはあろうか?

 皮膚は緑色だが、あちこちがグチュグチュと膿んで黒ずんでいる。

 頭部には首も顎もなく、胸の上にいきなり開いた大きな口。

 まるで、魚人の顔が体に埋め込まれているかのようだ。


 白く濁った、巨大な双眸。

 広げれば一メートル近くはありそうな、体には不釣合いに大きな手と、熊手のように並んだ鋭い爪が目を引く。


 壁に串刺しにされた左手はそのままに、右手でリリスに襲い掛かるグール。

 レイピアを抜いて攻撃をかわしたリリスの体が白く光りだす。

 まるで分身でもしたかのように、グールの周囲をリリスの残像が取り囲んだ。


 ――C・L・A(キューティーリリスアタック)か!


 カマイタチの如く、四方八方からグールを切り刻むレイピア。

 俺も、不退転の覚悟を固めるように六尺棍を地面に突き立てると――、


「今だ! 逃げろ!」


 可憐の肩を押しやる。


 しかし――。

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