02.ヤバいのがいる
視線を左右に行き来させながら、黒犬の群れを呆然と見送る勇哉。
すぐ後ろで出番を待っていた歩牟が慌ててアイアンパイクを振ると、突き払われた二、三匹の影が弾けるように宙を舞った。
それでも、残りのケイブドッグはわき目もふらず、先を争うように歩牟の横をすり抜け、こちらへ近づいてくる。
「何で
叫びながら、華瑠亜が器用に三本の
直後、宙に描かれる三筋の射線。
顔面に矢を受けた二匹が、ギャンッ、と吠えてバウンドするように地面に転がる。
残りの一本は――?
魔犬の群れから大きく逸れて、勇哉の足元に突き刺さった。
「おぅわっ! あっぶなっ!」
片足を上げて仰け反る勇哉。
「お、おい! 誤差一メートル以内って言ってたよな?」
「し、仕方ないでしょ! 急だったし、
二の矢を
そのすぐ横へ、サッと現れる人影。ダガーを構えた紅来だ。さらに……、
「先生……杖」と、立夏の声。
魔導杖を預かっていた優奈先生が慌ててこちらへ近寄ってくる。
杖を受け取った立夏の詠唱が、背中越しに聞こえてきた。
魔犬の群れを追うように、歩牟と勇哉も戻ってくる。
――まだ二十匹以上はいそうだけど、なんとかなるか?
直後、先頭を行く可憐が「待て!」と声を上げ、皆を制止した。
全員の視線を集めながら――。
「あいつら、攻撃の意思はなさそうだ」
そんな可憐の言葉を裏付けるように、俺たちの横をケイブドッグの群れが全力疾走で駆け抜けていった。
「標的固定のスキルが利かない原因は、力差があり過ぎるか――」
可憐の説明に、紅来もハッと気が付いたように言葉を繋げる。
「若しくは、相手に攻撃の意思がない時……だね?」
黙って
ケイブドッグの足音が、暗闇の奥へ消えて行く。
「とりあえず、助かったわね。先を急ぎましょう!」
立夏から再び魔導杖を預かりながら、先生が明るく声をかける。
しかし、そんなお気楽な状況でないことは可憐の表情が物語っていた。
――なぜ、ケイブドッグは俺たちに目もくれずに行ってしまったんだ?
脇腹にチクリと
「うん……急ごう」
そう言って前へ向き直った可憐が、さらに独り言のように呟いた。
嫌な予感がする、と。
直後――。
ギュルカカカカカ……と、不気味な喉鳴らしの音が窟内に木霊した。
猫科の動物が出すようなゴロゴロした音ではない。
蝉の
、
全員が一斉に振り向く。
暗闇の奥に、かなり小さくはなったが、まだチロチロと揺れている切り株トーチの灯り。その横に浮かび上がったのは、二匹のケイブドッグの姿。
――でも……なんだ、あれ?
まるで、後ろ足を持って吊られているように体が宙に浮いている。
前足で必死に宙を掻く姿は、まるで何かから逃れようともがいているようだ。
不意に、上に引き上げられたようにケイブドッグが一匹、消えた。
短い悲鳴に続き、グシャグシャ、と骨肉を砕くような嫌な音が窟内に響く。
そして、再び現れたケイブドッグ――その姿に、全員が息を呑む。
消える前まで必死で動かしていた前足が、無くなっていた。
いや、前足だけじゃない。
前足が付いていた胴体も、そして当然、そこに付いてた頭部も見当たらない。
――上半身が丸々消えている!
残った下半身からは、まるで蟹の脚を食べた後に残る腱のように、噛み千切られた短い背骨がプラプラとぶら下がっていた。
その背骨も、下半身から
下半身だけとなったケイブドッグの姿が再び上へ引き上げられ、闇に消え……今度は二度と、その姿が現れることはなかった。
――なんか……ヤバい!
平和ボケした現代日本人の俺でも、一気に全身の毛穴が粟立つ。
「ヤバいのがいるぞ……急げ!」
可憐に言われるまでもない。
あの光景を見た後で、悠長に歩いていこうなどと考えるメンバーは皆無だ。
この世界でずっと生活してきた俺以外の七人ですら……いや、
「降ろして。私も走る」
背中で立夏が呟くが、彼女を支えるように後ろから華瑠亜が手を添え。
「その足じゃ降りたって走れないよ! 紬、大丈夫でしょ!?」
「あたりまえだ」
実は結構キツいが、そんなことを言ってられる状況じゃないことは肌感覚で分かる。立夏のお尻を乗せている六尺棍を跳ね上げ、もう一度しっかりと背負い直して歩調を速めた。
俺の首に巻かれている立夏の両腕に、力が篭る。
立夏の胸の膨らみや鼓動が背中越しにはっきりと感じられ、吐息が
だが、そんなことを気にかける余裕もないほど、気持ちは急いていた。
感覚的には、あと四、五分で崩落現場に着くだろう。
暗闇に潜んでいた魔犬食いの魔物がどれくらいの速さで移動するのかは分からないが、ケイブドッグはもう一匹いたし、あれを食うまで動き出さないとすれば……。
根拠は無いが、逃げ切れそうな気はする。
「リリス、あいつの位置、分かるか?」
「雑音が多すぎてよく聞こえないよ!」
今度は、併走する華瑠亜に尋ねる。
「あいつ、何なんだよ?」
「私だって分からないわよ! あんなヤバそうなの、見たことない!」
「
すぐ前を行く紅来が、振り返ることなく説明する。
「多分あれ、
「グールなら死肉は食べないし……さっきの犬の群れか、若しくは私たちを追ってくる可能性が高いわね」
華瑠亜の
「でも、グールって言やせいぜい★4だし、あそこまでデカくないだろ?」
後ろから尋ねてきたのは勇哉だ。
続いて歩牟が、
「足しか見えなかったけど……ケイブドッグと比較すると、三メートルくらいはありそうだったな」と、さっきの情景を思い出しながら分析する。
「きっと、ここの、ユニークモンスターじゃ、ないかな? ハアハア……」
帰りの優奈先生は、紅来と手を繋いでいるおかげか一度も転んでいない。
――スピードが上がっても、その調子でお願いします!
「あ! ユニークって言っても、面白い、って意味じゃないよ? ハアハア……」
「知ってますよ! 固有種のことでしょう!?」
うんうん、と頷く先生。
「きっと、ここに……ハアハア、
「ああ、もういいです。後で聞きます!」
ダメだ。これ以上喋らせたら転びそうだ。
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