第十二章【オアラ洞穴⑤】暗晦の捕食者
01.ないと言えば、ない
六尺棍をお尻の後ろで横に持ち、そこに立夏を乗せるように背負う。
細い両腕が、俺の首をふわりと抱きかかえるように回された。
「よし、行こう!」
先頭は可憐。次に、
松明は二本、隊列頭尾の可憐と勇哉が持つことになった。
「あんたたち、本当に何もないんでしょうね?」
声の方向へ視線を向けると、俺の横で
「何も、って?」
「何て言うか……付き合ってたり、とか、恋人同士?みたいなやつよ」
「ねぇよ」
すぐに否定しても、やはり納得がいかなそうに俺と立夏の顔を見比べる華瑠亜。
「じゃあ、なんで立夏は黙ってるのよ?」
「立夏が無口なのはいつものことだろ? 俺に訊くなよ」
なあ? 何もないよな? と、俺が改めて立夏に尋ねる。
しかし、なぜか口を噤んで黙っている立夏。
――聞こえなかったんだろうか?
「立夏?」
「……ないと言えば、ない」
――おい! 言い方!
案の定、華瑠亜の顔にみるみる猜疑心の気色が広がっていく。
「なに? その奥歯に物が挟まったような言い方は!?」
「し、知らねぇよ! 何か挟まってんじゃないの? とにかく、ないって言ってるんだからそれでいいじゃん!」
――立夏のやつ、わざとやってるんじゃないだろうな!?
そんなことを考えていた時だった。
華瑠亜の肩を借りていたリリスが「シーッ」と唇に人差し指を当てながら、背後に広がる暗闇を振り返る。
「また何か、聞こえるのか?」
俺と華瑠亜も振り返ると、最後尾の二人と目が合う。
「どうした
尋ねながら、俺たちの視線がさらに後方に注がれていることに気付いたのだろう。勇哉が、続いて歩牟も、釣られたように後ろを振り返る。
しかし、未だに暗闇の中でチロチロと燃え続けるトーチの明かりが見えるだけだ。
すでに百メートル程度は離れただろうか? 特に変わった様子は見られない。
「何が聞こえたんだ、リリス?」
「分からない。でも、何か、来る」
こんな、緊張に強張ったリリスの声を聞くのは初めてかもしれない。
「何かって、さっきの犬どもとは別にってこと?」
「それもいるけど……何か他の音も聞こえるんだよ」
俺たちの様子に気付いて、前を歩いていた可憐たちも後ろを振り返る。
「どうした?」
「リリスが、何かいるって言うから……」
「リリスちゃんが?」
「こいつ、耳だけは良いんだよ」
リリスがむくれながら、
「だけ、って何よ!」
「他に、何かあった? 良い所」
「あるでしょうよ! いっぱい! ……急に訊かれても困るけど」
「シッ! 静かに!」
今度は、華瑠亜が唇に指を当てている。
再び後方へ目を凝らすと、切り株トーチのさらに向こう側――川の向こう岸に、少しずつ浮かび上がる
――やっぱり、あいつらか! ケイブドッグ!
遠くてはっきりとは分からないが、まだ二、三十匹はいるだろうか?
――いったい何匹いるんだよ、あいつら!
「とにかく先を急ごう。もし襲ってきたら頼むぞ、勇哉、歩牟!」
可憐の指示に、二人も「おう! 任せろ」と胸を張る。
勇哉が無敵状態で八秒も標的を固定できるのだ。一方的に攻撃できるなら、★3のワンちゃんなんて歩牟の槍で撫で斬りだろう。
「大丈夫、二人に任せておけば心配ない」
まだ、不安そうに後ろを見ているリリスに声を掛けると、うん、と頷きながら前に向き直る。……が、やはり表情は
リリスだってさっきの戦闘は見ているはずだし、ケイブドッグなんて、このメンバーには役不足だと分かっているはずだけど……。
「どうしたんだよ? まだ何か、心配事でも?」
「う――ん……。例の喉鳴らしの音、さっきも聞こえたんだけど……。やっぱりあのクソ犬たちから出ている音じゃないのよね」
「犬以外に、まだ何かいるってことか?」
リリスが頷く。
また、脇腹がチクチクと痛み出す。
「最初は気のせいかとも思ったけど、今はだいぶはっきりと聞こえた」
もう一度後方を確認する。
ケイブドッグたちが次々と川を飛び越えてくるのが見えた。
ちらり、ちらりと後方を気にしながら歩いてた勇哉たちだったが、魔犬の動きを見て迎撃体勢に切り替える。
「やっぱり来るみたいだな。ちょっくら蹴散らして来るわ」
行こうぜ歩牟、と声を掛けて勇哉が来た道を引き返すと、歩牟もそれに続く。俺たちから少し離れた位置で迎え撃つつもりだろう。
華瑠亜も、背中の矢筒から矢を抜き取りながら、
「万が一突破してきても、
もう一度後方を確認する。
川向こうにいた群れは、ほぼ全てこちら側へ渡ったようだ。
……にも関わらず、なかなかこちらへ近づいてこない。
それどころか、ほとんどのケイブドッグが、体はこちらに向けながらも頭を背中に乗せるようにグイッと首を捻った体勢で
まるで、俺たちよりも対岸に広がる暗闇を気にするかのように。
やがて――。
ようやくケイブドッグが一斉にこちらへ向かって走り出す。
「きたぞ! 準備はいいな?」
「おお!」
勇哉の声に、応える歩牟。
二十メートルほど離れてはいるが、背筒に差した松明のおかげで勇哉の位置はここからでもよく見える。
先頭が残り五メートル位になるまで引きつけ、勇哉が盾を地面に突き刺した。
「
先程と同じように、勇哉を中心に広がる空気の波紋。
あの位置なら、ほぼ全てのケイブドッグが射程に入るだろう。
「標的を固定しながら、盾を動かさない限り――」
再び、例の説明ゼリフを叫びだす勇哉。だが、しかし――。
「八秒間の無敵結界を……って、え? あれ?」
勇哉には見向きもせず、ケイブドッグの群れが猛スピードでその横を駆け抜けて来る。
「ええ――――っ!? なんだこりゃあ?」
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