17.最後の役目

「遅くなって悪かった。途中で別の落盤箇所があって、撤去に時間がかかった」


 そう言いながら、華瑠亜かるあの横で片膝を着いたのは可憐かれんだ。


「……結構、咬まれたな」

「うん。でも、薬で痛みは治まったし、傷自体は大したことはないよ」

「爆裂音から、何かと交戦中であることは分かったからな。状況を確認するまで、こちらの存在を隠しておきたかったんだ」


 ――そっか、なぜギリギリまで声を掛けてこなかったのか疑問だったけど……。


「そういうことだったのか」

「おまえの負担が大きくなってしまって、すまない」

「いやいや、そんなの結果論じゃん。こっちは、数日はここにいることも覚悟していたし、むしろ早くて驚いたくらいだって」


 そんなことより……と、可憐の肩口から、その背後に広がる暗闇をあごで指す。

 俺の視線を追って可憐も振り返ると、暗がりの中、まだ三十メートル程先でよろけながら慎重に歩を進めている優奈先生の姿が。


「あれ、誰か手を引いてやった方がいいぞ?」


 やれやれ、と嘆息して立ち上がる可憐。


「優奈先生、さっきからよく転ぶんだよ。どこか体調でも悪かったのかな?」

「いや、むしろ、絶好調だと思う……」


               ◇


「これで、よし!」と歩牟あゆむが俺の肩をポンと叩く。右腕と両足に、包帯を巻いてもらっていたのだ。

「さんきゅ!……先生も、もう大丈夫ですよ」

「そう? 平気?」


 優奈先生も回復呪文ヒールを中断する。


「ポーションも飲みましたし、それに……」


 話している途中で、ギュルルとお腹が鳴った。

 先生たちが持ってきてくれたパンを半分にして、片方をリリスに、もう片方を俺と紅来くくる立夏りっかで分け合ったのだが、十分な量とは言い難い。

 食事や睡眠が足りずに基礎体力が落ちている状態では、薬や魔法による回復量も限定的だ。


「ごめんなさい。もっといろいろ持って来られたら良かったんだけど、地震直後で、上もバタバタしてたみたいで……」

「いえいえ、パン一個でも本当にありがたいです。一時間もあれば戻れるんですから、今はこれで十分ですよ」


 もう少しで本当に、食べ物を選んでいられる余裕はなくなっていただろう。

 つい一ヶ月程前まで現代日本人をやってた身としては、さすがに昆虫や蛇はまだハードルが高い。


「こっちも、済んだよぉ」


 華瑠亜が、目隠しで持っていたタオルを仕舞いながら声を上げた。その向こうで可憐と、可憐に包帯を巻き直してもらっていた紅来が立ち上がるのが見えた。

 立夏も、捻挫した足首を皮バンドで固定してもらったようだ。


「とりあえず、応急処置は済んだな」


 可憐が皆を一瞥いちべつすると、鞄から長さ三十センチ程の黒いコードのような物を取り出す。

 それをナイフで八等分に切り分け、八個の小瓶に入れると全員に配った。それぞれ紐が通してあって、首から下げられるようになっている。


「これは?」

「ライフテールと言われる魔具だ。管理小屋で売ってたので買ってきた」

「ライフテール?」


 首に掛けると、程なくして小瓶の中の黒い物体が黄色に輝き始める。

 

「ああ、思い出した! これ、グループで認識させると、全員が生きてる限り光り続けるってやつだよね?」


 紅来の説明に可憐も頷く。


「そう。約一週間は有効だ。場所などは分からないが、はぐれたとしても全員の安否だけはこれで確認できる」


 ランクC以上の危険なエリアでは潜入者に携帯を義務付け、遭難時には救難の優先順位プライオリティ判定などに使われることもあるらしい。


 ランクFだったオアラ洞穴とは違い、この地下空洞には何が潜んでいるか分からない。地震だってまだ完全に沈静化したわけじゃないし、万が一の時でも、とりあえずこれで生きてるかどうかだけは分かるってわけか。


 全員のライフテールが光り出したのを確認してから、


「で、帰りなんだけど……立夏は、どうする?」


 紅来が尋ねる。

 大丈夫、歩ける……という立夏の答えに、しかし、可憐は首を振る。


「いや……上の洞穴路はともかく、足場の悪い地下空洞の間は誰かにおぶってもらった方がいいだろう」


 固定された立夏の足首に視線を落としながら、華瑠亜も頷いて、


「そうね……。立夏、どうする? クソ勇哉ゆうやと歩牟、どっちがいい?」

「紬くん」

「え?」

「……で、いい」

 

 全員が一斉に俺を見る。


 ――え? 何?


「えっと、おぶってもらうなら、って話よ? あいつは怪我が――」

「無理ならいい。歩く」


 全員がまた、一斉に俺を見る。


 ――はい!?


「どうなのよ、紬?」

「ど、どうって言われても……俺と立夏の間には、別に、何も……」

「んなこと訊いてないわよバカ! 背負えるかどうか訊いてんの!」

「ああ、そっか……えっと、怪我自体は大したことないし、薬で痛みも消えてるから、大丈夫っちゃ大丈夫だけど」

「っていうか、なんでわざわざこいつなのよ?」


 立夏へ向き直り、怪訝そうな眼差しを向ける華瑠亜。

 それは是非、俺も聞きたい。


「……慣れてるから」

「慣れてる?」

「……それだけ」


 再び、華瑠亜がジロリと俺を睨み、


「何なの、慣れてるって?」

「え? いや、なんだろ? ここに来るまでに一度おぶっただけだけど……」

「……慣れてるから」と、もう一度つぶやく立夏。


 今度は可憐が口を差し挟む。


「分かった。紬が大丈夫ならそれでいいだろう。また魔犬共が襲ってこないとも限らないし、勇哉と歩牟がフリーになるならそれに越したことはない」


 まあ、確かに、今の俺じゃもう戦闘には参加できないしな……。

 オアラ洞穴の課題、これが俺の、最後の役目ってわけか!

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