16.勘違いしないでよね!

 ――華瑠亜かるあ!?


「あ、あいつ……どうして!?」


 俺の呟きが聞こえたのかどうか、ハッと我に返ったように、俺へ焦点を合わせ直す華瑠亜。続いて――、


「あ、当たった!」


 まだ三十メートルは離れていそうな位置から、はっきりと華瑠亜の声が聞こえてきた。さらに、


追尾棘矢ホーミングソーン、三本同時、初成功!」

「ったく! 射手アーチャーが一人で勝手に前に出るな!」


 歓声を上げる華瑠亜の背後から、松明たいまつとスモールシールドを持って現れたのは勇哉ゆうやだ。


 ――みんな、助けに来てくれたのか!


 素早く華瑠亜の横をすり抜け、俺の手前七、八メートルの距離まで近づくと、シールドの先を地面に突き立てながら。


標的固定フィクセイション!」


 同時に、勇哉を中心に衝撃波の様な空気の波が同心円状に広がる。

 窟内の暗闇を歪めながら、一瞬で俺の位置まで到達する波紋。


 直後、俺の足に喰らい付いていた三匹のケイブドッグがその牙を外して、勇哉へ向って一斉に駆け出す。

 しかし、勇哉に近づいても攻撃を加えることはなく、一メートルほどの距離を保ったままグルグルと周回するだけ。


「テイムキャンプの後に猛特訓した技だ! 標的ターゲットを固定すると同時に、盾を動かさない限り、八秒間の無敵結界を張るのだぁ!」


 ――あの、非常に説明臭い台詞はなんだ?


 技のお披露目が嬉しくてたまらない、と言った様子の勇哉に続いて姿を現したのは、歩牟あゆむ可憐かれん


「八秒も要らねぇよ」と言いながら、歩牟が手にした槍でケイブドッグの一匹を突き伏せたかと思うと、くるりと回転させて残りの二匹も瞬時に薙ぎ払う。


「イタタタタァ~」


 さらに後方で、松明を持った人影が転倒するのが見えた。

 あの緊張感のない声は……そっか、優奈ゆうな先生も来ちゃったのか。


 ――そうだ、他の犬共は!?


 川向こうへ視線を向けると、いつの間にか魔犬の群れは一匹残らず姿を消していた。相当数を減らされた上に、強力な加勢の出現を見てついに退散したのだろう。

 立夏りっかも、すでに詠唱を中断している。


 ――助かった。


 俺も、ようやくホッとして……。

 同時に、膝から力が抜けてヨロヨロとその場にへたり込む。


つむぎ! あんた、大丈夫!?」


 最初に駆け寄ってきたのは華瑠亜だ。

 目尻にかすかに光っているのは……、


 ――汗? 涙?


「ああ、なんとか。他の二人も、怪我はしてるけど……大したことはないよ」

「よかった……」


 華瑠亜も、力が抜けたように俺の前でペタリと座ると、慌てて涙をぬぐう。

 やっぱり、泣いてくれていたのか。


 いつもなら照れ隠しで軽口の一つでも利くところだが、今は俺のために泣いてくれる華瑠亜の気持ちがすごく嬉しい。

 死と隣り合わせの世界だからこそ自覚できる、素直な感謝の気持ち。

 とはいえ、それを素直に口に出すのもやっぱり気恥ずかしくて。

 

「え――っと……そうそう! あれ、どうした?」

「あれ?」

「ガーネットだよ。ちゃんと採れた?」

「そ、そんなの、今はどうでもいいわよっ!」

「そ、そうですか……」


 泣いている女子を前にしてどんな言葉をかけていいのか分からず、無難なところから入ったつもりだったが、なぜか不機嫌にさせてしまったようだ。


「紬。はい、ポーション」

「おう、ありがと」


 紅来くくるから受け取ったポーションを口内に流し込むと、ズキズキと痛んでいた右腕と両足からすうっと痛みが引いていく。


「紬くん、大丈夫?」


 俺の足についた咬み傷を眺めながら、眉をひそめるリリス。


「うん。傷自体はそれほど深手じゃないし、痛みさえ引けば気になるほどじゃない」

「さっさと私を使えば良かったのに」

「いつまで遭難生活が続くかも分からなかったし、できるだけ切り札は温存しておきたいじゃん」

「き、切り札……」


 その響きが気に入ったのか、小鼻を膨らませたリリスが、「切り札! 切り札!」と言いながらレイピアをぴゅんぴゅん振り回し始める。

 分かりやすいやつだ。


 華瑠亜が不思議そうに小首を傾げながら、


「リリスちゃんが、切り札?」

「ああ、まあ……今度説明するよ。それよりさっきは、ありがとな」

「い、いえいえ、どういたしまして……」

「まさかおまえが、俺のために泣いてくれるとは思ってなかったから、ちょっと戸惑っちゃって……」

「べ、べつに、あんたのために泣いたわけじゃないわよ! 紅来や立夏が心配だっただけで……か、勘違いしないでよね!」

「あ、ごめん。そっか、そうだよな。俺、勘違いして……」

「べ、べつに、勘違いってわけでもないから、勘違いしないでよね!」


 ――ん? なんかややこしいな?


「それにしても、さっきの技って、三匹同時? 凄かったな」

「でしょぉ? 追尾棘矢ホーミングソーンってスキルよ。マスタークラスだと十匹同時とか狙える人もいるみたいだけど」

「十匹!」


 イージス艦みたいな連中だな。

 矢を十本とか、どうやってつがえるんだ?


「そう言えばさっき、初めて当たった、って言ってた気がしたけど……」

「あ、うん、三本同時はね……。でも、二本なら五割の確率で成功してたから!」


 ――五割?


夜目ナイトアイも練習中って言ってなかった?」

「まあ、でも、さっきは調子良くて、よく見えてたから……」


 なんだろう? とてつもなく危険な賭けをされた気がする……。

 俺の薄目に気付いて、華瑠亜が慌てて取り繕う。


「だ、大丈夫よ! 万が一外れてたとしても、誤差一メートル程度だし!」

「あそこから一メートルずれてたら、俺に当たってないか?」

「そんなことないわよ。たっぷり安全マージンはとってたから!」


 ――まあ、この際、細かいことはいっか。結果オーライだ。


 元の世界で弓道やってた華瑠亜も、妙に本番に強いところがあったからな。

 きっとこっちでも同じなんだろう。


 遅れて、勇哉、歩牟、可憐も集まってくる。


「なんだなんだ? ほし3の野良犬相手に、ボロボロじゃねぇか紬」

「うるせー。そもそもは、勇哉おまえがもうちょっとしっかり考えてくれてりゃ……」

「は? なんで俺のせいなんだよ?」

「ああ……いや、こっちの話……」


 元の世界の勇哉が、神でも大悪魔でも、凄い使い魔をノートに書いておいてくれてれば、今ごろこんな苦労してなかったんだよなぁ。はぁ……。


「な、なによ? 私の顔に、なんか付いてる?」と、俺を見上げるリリス。

「別に、なんでもない」

「なんでもないなら、他人ひとの顔見て溜息なんてかないでよね」


 ――こいつも、凄いっちゃ凄いんだが、燃費がなぁ……。


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