14.デコイ

 それにしても、あんな危険な物を授業でポンポン配るとか、この世界の安全意識も相当ガバガバみたいだし、気を付けねば……。

 別の意味で緊張感を新たにしたその時。


「メガ、ファイア」


 立夏りっかの魔導杖から向こう岸へ向かって放たれる巨大な火球。

 着弾と同時に数匹の洞窟犬ケイブドッグが火柱に巻き込まれ、断末魔の咆哮ほうこうが噴出する。


「立夏!?」

「待機時間いっぱい……」


 そう言うと、再び同様の詠唱を開始する立夏。


 ――そうか、発動待機時間も無制限ではないんだな。


 もっとも、カウンターマジックも合わせて、結果的に四発のメガファイアで機先を制したことになる。群れの数を先制攻撃で半減させたのだ。


 ――かなり大きな戦果だ!


 あわよくば、これでまた退散してくれるかも……とも思ったが、一時いっとき包囲の輪が広がっただけで、魔犬たちも退く気配はない。

 メガファイアを逐次投下するだけではインパクトが弱いと言うことか。


 先の戦闘で立夏が――計算していたのかどうかは分からないが――ギガ・・ファイアを撃ったのも、あながち選択ミスというわけではなかったようだ。


 川を挟んで、向こうとこちらにそれぞれ約十匹ずつ――残り約二十匹。

 今にも口火を切りそうな殺気を放ちながら、再びじりじりと包囲網を狭めてくる魔犬の群れ。

 奴らの速力や跳躍力を勘案すると、あと数歩も近づかれれば飛びかかってこられる可能性が高い。


「俺が前に出てデコイになる。立夏は魔法で援護、紅来は立夏の護衛を。……それが、戦闘実習でやったD班の戦い方なんだろ?」

「馬鹿言うなよ。私の方が戦闘力は上でしょ? 私が前に――」

「だからだよ」


 紅来の言葉を途中で遮り、俺が続ける。


「やつらの数をもう少し削るまでは立夏の魔法が生命線だ。前衛を突破した魔物から立夏を確実に守れるのは、紅来の方だろ?」


 もちろん本心だ。しかし、他の思いもある。

 脳裏をぎったのは、先の戦闘時、最前衛フロントラインで魔物に囲まれていた紅来くくるの姿だ。

 囮で粘るとなれば、さらに二つや三つ、咬創こうそうが増えることも覚悟しなければならない。

 治癒魔法があろうとなかろうと、とても女子に頼めるような役目じゃない。


「で、でも……」と不安げに瞳を揺らす紅来へ、さらに告げる。

「大丈夫。 いざとなればまだ、一、二分はリリスも使える。それに……」


 両手で六尺棍を強く握り締め、


「ただの囮になるつもりもない。ちょっと試したいこともあるんだ」

「試したいこと?」

「うん……実際やってみないと分からないから、今は上手く説明できないけど」


 紅来が何かを探るように俺の両眼を覗き込む。

 俺が決して出任せを言っているわけではないと悟ると、


「わかった」と短く答えて道を開けた。

「でも、絶対に無理はするなよ。もう駄目だと判断したら、私も迷わず加勢するからな?」

「うん、その時は、頼む」


 そう言い置いて、決心が鈍らぬうちに、一足飛びに魔物の前へ踊り出る。


 よぉ――しっ! 気合入れて行きますかっ!


 突然のてきの接近に、一瞬、ケイブドッグも距離を取るように後退あとずさる。

 しかし、コンタクトレンジに入った敵を、さすがにそれ以上見過ごしてはくれない。


 戦闘の火蓋は切られた。


 最初に飛びかかってきたのは、最も近くにいた二匹。

 スピードは速いが、一度体験した攻撃だ。

 冷静になれば所詮はほし3の中型犬。

 数が多いのが厄介なだけで、ダイアーウルフやキルパンサーのように、攻撃を喰らった時点で即戦闘不能というわけじゃない。


 ――敵の動きに集中しろ!


 一応は元弓道部。

 フィジカルはさておき、集中力に関してはそれなりに鍛錬できた自負がある。


 ――ん? さっきよりも動きがよく見える気がする。慣れてきたのか?


 しかし、二兎追う者は一兎も得ず。まずは確実に一匹ずつだ。

 やや体の大きい一匹に狙いを定めてフルスイング!

 ……しかし、イメージとは裏腹に、スカッという音を残して虚空を斬る六尺棍。


 ――ぐっ……空振り!?


 目は慣れてきても、体の反応は別の話だ。

 易々と攻撃をかわされると同時に、視界から消えていたもう一匹が俺の左足首に鋭い牙を突き立てる。


 ――いったっ! 前と同じところかよ!?


 急いで足元の敵へ六尺棍を突き下ろそうとしたその時、今度は右腕に走る鋭い痛み。


 ――!!


 俺の攻撃を躱した一匹が、右前腕にぶら下がるように喰らい付いていた。

 あっというまに二匹に咬みつかれ、俺の動きが鈍ったと見るや、さらに包囲網から飛び出してくる新手の二匹。

 魔法を警戒しているのか密集を避け、小分けに波状攻撃を仕掛けてくる。


 ――意外と統率が執れているぞ、こいつら!


つむぎぃ――――っ!」


 背後で響く、紅来の声。


 ――ああっ! くそっ!


 全然、思ったように身体が動かない。

 カッコつけて出て来たはいいが、結局一匹も倒せず、大した時間稼ぎもできずにこのザマか!

 せめて……。


「せめて一匹!」


 先ずは機動力を取り戻すことが先決。

 他の三匹の存在は頭から消し去り、足元だけに集中して六尺棍を突き下ろす。

 足首に咬みついていた一匹の首元に先端がめり込むと、ギャイン!と苦しそうに鳴きながら牙をほどいた。


 さらに、右腕に一匹をぶら下げたまま、新手の二匹と対峙。


 ――大振りはしなくていい。コンパクトに……当てることだけに集中!


 自らを戒めながら突き出した六尺棍の先端が、宙を跳ぶ一匹の顔面をカウンターで捉える。

 手応えが軽い。……が、苦しそうに呻いて落下するケイブドッグ。

 視界の端には、それを避けるように近づくもう一匹の影。


 ――構え直してる時間はない!


 反射的に、両腕を伸ばしながら六尺棍を掬い上げて反回転させる。

 地を這うような一振り!


 逆先端――槍で言う〝石突き〟部分で、俺の足首に咬みつかんとあぎとを開いた一匹を宙に跳ね上げた。


 追い詰められて集中力が増したのだろうか?

 余計な力も抜けているようだ。

 無駄のないスムーズな動きが生み出した奇跡のツーヒットコンボ。

 急所ではなく、機動力と攻撃力を削りにくるケイブドッグの動きも、分かってしまえば予測は難しくない。


「うぉぉぉ――らぁぁぁ――っ!」


 俺の思わぬ反撃に、あきらかに戸惑う魔犬たち。その寸隙すんげきを突いて右腕を振り下ろす。

 前腕に喰らいついていた一匹を思いっきり地面に叩きつけると――。


 ギャオオンッ!と、甲高い悲鳴を上げ、堪らず右腕から口を離した。


 ――こんのやろぉぉぉ! 倍返しだ、クソ犬がっ!


 ……と言う心の叫びとは裏腹に、ここも命中率重視で軽打の追撃。

 突き下ろされた六尺棍がケイブドッグの背中にヒットすると、ギャン!と大袈裟な悲鳴を残して後退る。


 四匹を打ち返し、一息吐いたところでそれぞれの与ダメ部位――首、眼、肩、背中を流し見ると……。

 薄暗くてはっきりとは分からないが、はやり普通の打撃痕だけじゃない。

 程度の差はあるが、火傷の跡のような創痕……。


 ――やっぱり、そうだ。


 発動条件もわからないし効果もまちまちだが、六尺棍の攻撃で、通常攻撃とは別の付加効果を与えてるんだ!

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