13.第二ラウンド
「細かいわね! 覚えてないよそんなの!」
ん――……。
リリスが倒した魔物はあちこち散乱してたし、一匹くらい川に落ちて流されただけかもしれないけど……。
「おまえは、どう思う、これ?」
再び、顔面が半壊した屍骸を覗き込みながらリリスに訊ねる。
「どうって?」
「この犬の傷跡だよ。棒で殴っただけにしてはあまりにも大袈裟じゃない?」
「あれえ? 私とお話がしたいの?」
「なんだその、アホな返しは……」
「って言うか、いちいち細かいんだよ紬くんは。……あれよ、
リリスは適当に答えただけだろうが、でも、考えられなくはない。
六尺棍の隠された能力か……。ちょっと気になるな。
この屍骸以外に、俺が倒したケイブドッグは二匹。
一匹は紅来の左足に咬みついていたやつだが、そいつは吹っ飛ばして川に落とした。もう一匹は最初に俺に飛びかかってきたやつだが、脇腹を六尺棍でぶち抜いた後、向こう岸に放り投げたことを思い出す。
濡れるのは嫌だけど、向こう岸まで調べに行ってみるか?
……と、ベルトに手をかけたところで思い止まる。
――そういや、向こう岸は全部ギガファイアで蒸発しちゃったんだっけ。
その時。
人差し指を唇に当てて
「どうした?」
「足音……これは――」
リリスの視線を辿って、俺も向こう岸へ目を凝らす。
「間違いない、さっきの犬たちだよ!」
墨を広げたような暗闇の中、リリスの言葉を裏付けるかのように、光る点が二つ、四つと浮かび上がっていく。気が付けば、こちらを監視するように広がる数十
――戻ってきたんだ、
「やっぱりあったねぇ、第二ラウンド」
俺の後ろでそう呟いたのは紅来だ。
「おまえ、起きてたのか!?」
「たった今ね。なんてったって、スーパーシーフですからね。眠っていても魔物の気配に気付けるくらいの鍛錬はしているよ」
「さ、さすがだな。不用意に居眠りしてたわけでもなかったのか。……って、横ピースは要らないから」
てへへと片目を閉じながら、諸手にダガーを抜き放つスーパーシーフ。
――ったく、緊張感のないやつだ。
紅来の足元で、立夏もモゾモゾと上半身を起こすと、目を瞑ったまま魔導杖を引き寄せ、何やらぶつぶつと呟き始める。
――寝ながら詠唱!?
俺も前に向き直り、川向こうを観察する。正確な数は分からないが、恐らく四十匹前後……最初の戦闘時と同じ位はいるだろう。
――まだあんなに残ってたのか、あいつら。
何匹か川を飛び越えて来るのが見えた。しかし、今回は俺たち三人からはかなり離れた場所での渡河。
向こう岸と、そしてこちら側に分かれた二つの群れから、遠巻きに囲まれたような状態になる。
「一回目とは違って、すぐには襲って来ないみたいだな」
「多分、立夏のギガファイアが利いたんじゃないかな。かなり警戒されてる」
「どうせなら、そのまま警戒して諦めてくれりゃ助かるんだけど……」
しかし、そんな思いも空しく、洞窟犬の包囲網が少しずつ
そりゃそうだよな。諦めるくらいなら最初からここには来ないだろうし。
やっぱり、一戦交えるのは避けらないのか。
「紅来。傷の状態は?」
「大丈夫。ポーションで痛みは消えてるし、紬に、愛のこもった手当てもしてもらったしね!」
「何もこもってないただの応急処置だったけど、それなりに役に立ったか。……リリスも、万一の場合に備えて準備しといてくれ」
「分かってる! さっきだってウズウズしてたんだから!」
待ち針のようなレイピアをピュンピュン振り回しながら、声を張り上げるリリス。
「つ、通常攻撃限定だからな? 忘れるなよ?」
「わ、分かってるわよ」
「『ついつい』はダメだからな? 茶目禁だからな?」
「分かってるってば! しつこいなあ……。ちょっとは信用してよね」
「…………」
「な、何よ、何か言いたそうな顔して……」
「どれだけ口で信用して下さいと言っても、実際の行動で約束を破っていては信じることができません。信用は言葉ではなく態度でしか得ることはできない――」
「うっさいわね!」
そうこうしているうちに、立夏の詠唱も止まり、魔導杖の先が赤く輝く。
「メガファイア、待機完了」
「よし!」
これが、俺たちに整えられる最大限の迎撃体勢。
後はもう出たとこ勝負。死に物狂いで頑張るしかない。
気が付けば、川を渡っていた群の先頭が七、八メートルの位置にまで近づいてきている。さっき俺が、最初にケイブドッグの屍骸を見つけたあたりの場所だ。
その奥では、仲間の屍骸を咥えて引きずって行くケイブドッグの姿も見える。
弱った仲間や、自分よりも弱い種族を吸収することで、成長やランクアップの
人間を襲うのは、食料というよりも本能に基づく部分が大きいというのは、夏休み前に受けた数回の授業から得られた知識だ。
その時――。
引き摺られていった二つの屍骸から、突如、煌々と吹き上がる紅蓮の炎。
同時に、ズゥンという爆裂音が響き、ビリビリと壁や地面が揺れる。
熱風で思わず細めた視界の中、屍骸に群がっていたケイブドッグ――のみならず、周囲の数匹も巻き込みながら、炎が集束し、火柱に変わった。
間髪入れずに向こう岸でも、爆裂音と共に同じような火柱が出現する。
俺の前に走り出ながら、「よしっ!」と、ダガーを小さく振り上げてガッツポーズを見せたのは紅来だ。
「な、何が起こった!?」
呆気に取られた俺の方を、紅来がにんまりと微笑みながら振り返る。
「カウンターマジックだよ。授業で使った余り、何かに使えるかもと思って持ってきてたんだけど、紬たちが寝ている間に仕掛けておいたんだ」
「かうんたーまじっく?」
「魔具だよ魔具。あらかじめ魔法を注入して、ブービートラップとして使える……って、そんなことも知らないの? 大丈夫?」
「だ、大丈夫だよ! そんなもの、いつの間に準備してたんだ?」
「紬が一人で探索に出かけた時、立夏にメガファイアを注入してもらってたんだ」
立夏が『今日は魔力を消費した』って言ってたのも、そのためだったんだな。
「それ、何個仕掛けたの?」
「ああ……。四つしかなかったからこっちの屍骸に三個と、向こう岸に一個」
「向こう岸って……死体ごとギガファイアで焼き尽くしてなかった?」
「だから、こっちから一匹持って行ったんだよ」
それで屍骸が一つ足りなかったのか。
……って言うか、ちょっと待てよ。
下手したら、俺もメガファイアの犠牲になってたってことじゃ!?
背筋が薄ら寒くなる。
「おまえ、そういうことは先に言っとけよ! 俺もさっき、あの辺の屍骸を調べてたんだぞ? 危うくトラップに引っかかるとこだったじゃん」
「サプライズだよ、さ・ぷ・ら・い・ず♡」
「……そのサプライズ、今必要?」
まだ、あと一個、あの屍骸の中のどこかに仕掛けられてるってことか。後で場所を聞いておこう。
それにしても、あんな危険な物を授業でポンポン配るとか、この世界の安全意識も相当ガバガバみたいだし、気を付けねば……。
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