12.見張り

「今、何時頃か分かるか?」


 ちらりと左手首のクロノメーターに目をやり、すぐに首を振る紅来くくる


「ダメ。落下の衝撃で時計が壊れちゃった」

「そっか……」

「でも、大体なら分かるよ。崩落があったのが正午前でしょ? その後どれくらい気を失っていたかにもよるけど――」


 人差し指をあごに当てなたら、少しだけ首を傾げて。


「午後四時から、せいぜい九時の間じゃない?」

「……大雑把だな」

「まあ、あんまり細かいことは気にするなよ。寝たい時に寝て、起きたい時に起きる。あと、ゴロゴロしながら体力温存でいいんじゃない?」

「まるでダメ人間だな……」


 とりあえず、見張りを残しながら順番に仮眠を取ろうということになり、ジャンケンの結果、最初の見張りは紅来に決まる。


「じゃあ、適当に、疲れたら交代するから起こしてくれ」

「オッケ~」


 また工具箱でお湯を沸かし始める紅来を横目に、壁側を頭にして横になる。

 こんな硬い地面の上で寝られるだろうか?とも思ったが、数分で隣の立夏りっかが寝息を立て始めた。


 これぐらいのことには慣れていかなきゃ、この世界ではやっていけないのかな?

 それとも、ワイルドガールズが特別なんだろうか……?


 そんなことを考えているうちに、俺もいつの間にか眠りについていた。


               ◇


 お、重い……体が……。

 何か、邪悪な力によって身体が押さえつけられているようだ。

 特に、胸、そしてお腹に強大なプレッシャーを感じる。


 ――夢?


 いや、実際に圧迫されてるぞ!

 何かが乗ってる!?


 夢現ゆめうつつから、徐々に現実に引き戻される。

 薄目を開けると、真っ先に目に入ってきたのは、胸の上でよだれを垂らしながら寝ているリリスだった。


 ――なんだこいつ!? 汚ねっ!


 その向こう側へ焦点を合わせると、俺のお腹を枕にして寝ている立夏。

 寝る前は並んで横になってたはずなのに、どう動いたらこうなる!?


 さらに、立夏が寝ている反対側で同じく俺のお腹を枕にして寝ているのは――。

 紅来だ。


 ――二人分かよ! 腹枕は一人までだろ。


 って、違う違う!

 紅来のやつ、見張りはどうした?


「おい紅来! おまえ、なに寝てんだよ!?」


 俺が肘をついて上半身を起こすと、胸で寝ていたリリスがゴロゴロと転がり、立夏の額にぶつかる。


「ん……」


 目を瞑ったまま、ゆっくりと体を起こす立夏。一方紅来は、顔をしかめながらモゾモゾと寝返りをうつ。


「おい! 紅来! 起きろこら!」

「なんだよう……。寝てる人間の頭を揺らすなよ……」


 眉をひそめながらも片目を開けて俺を見上げる紅来。それでもすぐに、ふわぁ、と大欠伸をして眠た気に目を擦る。


「なんでおまえが寝てるんだよ? 見張りはどうした?」

「横になりながらでも見張りはできるかなぁ、と思ってやってみたらさ……つむぎのお腹が気持ち良過ぎたせいで、まんまとこれだよ」

「俺のせいかよ!?」


 こんなんじゃ、迎え撃たずして洞窟犬あいつらに食われるぞ!


「つか、二人とも、いつの間に俺のお腹を枕に?」


 おかげで、ものすごく嫌な夢を見ていたような気がする。


「さっき、立夏と二人で、川の近くにオシッコをしに行ったんだけどさ――」


 紅来が言い訳を始める。

 生理現象は仕方ないが、とはいえやっぱり、こいつの羞恥心には不具合があるような気がしてならない。


「私が戻ったら、先に帰ってた立夏が紬を枕にして寝てたもんだから」

「だからって紅来まで真似しちゃダメだろ」

「立夏はよくて私はダメってこと? なんなのかなあ、その差は?」

「そういう話じゃなくて! おまえ、見張り!」


 どれくらい寝た?

 トーチの燃焼具合から見て、二、三時間といったところか?

 洞穴に入って約半日、早くも時間の感覚が失われた。


「もういい。見張りは替わるから、二人とも寝てていいぞ。目が冴えちまったよ」

「お年寄りは寝覚めがいいって言うけど、だてに年食ってないね―」

「同い年だろ!」

「じゃ、お言葉に甘えて、遠慮なくぅ」


 紅来が軽口を叩いている間に、すでに立夏は鞄を枕にして二度寝を始めていた。

 ずっとボ――ッとしてたし、低血圧気味なのかも知れない。

 そんな立夏のお腹を枕にして、再び横になる紅来。


 ――頑張れ、立夏!


 気がつけば、リリスが肩までよじ登ってちょこんと座っている。

 すっかり定位置だな。


「おまえは寝なくていいのか?」

「うん、いいよ。紬くんが起きてる間は一緒に起きてる」

「どうした? いっつもそんなの気にしないで爆睡してるのに」

「いつもと今は違うでしょ! 多分、紅来ちゃんも一人で見張りだったから眠たくなったんだよ」

「ふぅん……。お前はお前なりに、いろいろ考えてるんだ」

「なにそれ? 人を極楽とんぼみたいに」

「……ちょっと前から思ってたけど、悪魔のくせにちょいちょい、妙な慣用句を使うよな」

「そうかな? 日本で夢ノートを使うことにして、一応は言葉も勉強したからね」


 それで極楽とんぼか。

 でも、他にもっと、覚えるべき単語があっただろう?

〝おれつえ~〟とか……。


「さて、と」


 ゆっくりと立ち上がり、腰を伸ばす。

 もう、打撲の痛みはまったく残っていないが、固い地面の上で寝ていたせいか、体中が錆付いたようにギシギシと痛む。


「どこか行くの?」

「座ってるのも疲れたし、ちょっとその辺をブラブラしようかな、って」


 少し歩くと、薄暗がりの中にケイブドッグの死骸が浮かび上がってくる。

 紅来と二人で連中を相手にしていた辺りだ。


 一番手前に転がっているのは……紅来の右足に噛み付いていたやつだな。

 六尺棍で顔面をぶっ叩いたのは覚えているが、あれがとどめになったんだろうか?

 あんな傷が致命傷になったとはちょっと考え辛いが……。


 しゃがんで、改めて屍骸の顔を覗き込んでみる。


「食べるの?」

「ちげ――よ!」


 薄暗くてよく見えないが、顔の右半分が大きく欠損しているように見える。

 気持ち悪さもあったが、もう少しよく見てみたいという好奇心の方がまさり、屍骸をトーチの近くまで引き摺っていく。


「やっぱり食べるのね!」

「食わね――って!」


 リリスの、食に対する執着は何なんだ?


 改めてよく観察すると、ケイブドッグの醜貌しゅうぼうが、右目を中心に大きくえぐられ、傷口の周りはただれたように変質している。

 眼球はもちろん顔の肉も半分近くが消失し、頭蓋骨や顎骨も剥き出しに。


 魔物特有の変質なのかと思い、紅来やリリスの倒したケイブドッグと見比べてみたが、そちらの傷口はただの金創きんそうで妙な変質も見られない。


 ――あれ? そう言えば……。


 魔物の屍骸を指で数え始めた俺を見て、


「どうしたの?」と、リリス。

「十二、十三……十四。屍骸、十五匹分なかったっけ? 一つ少なくない?」

「細かいわね! 覚えてないよそんなの!」

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