11.サバイバル

「今後の予定は?」

「……ん? 俺に? 訊いてんの?」

「そりゃそうでしょ。つむぎが班長じゃん」


 紅来くくるが小生意気そうにツンと唇を突き出す。

 こんな時だけいきなり班長扱いされても……。


「この状況で予定って言われても……もう少し先の方も探索してみるか?」

「奥から抜けられるとも限らないし、魔物もいるかもしれないし……助けを待って崩落場所から引き上げて貰うのが一番現実的でしょ」

「そ、そうか……」


 ――なら訊くなよ!


 いずれ救助が来るというのは、まあ、そうなんだろうとは思う。

 ただ、問題は〝いつ来るか〟だ。


「あれだけの地震の後だと人手も不足してるとはおもうけどさ。可憐かれんたちもいるんだし、きっと救助隊はくるよ。そこまでなんとか、頑張ろ!」

「そうだな……」


 紅来の意見に相槌を打ちながら、長袖のパーカーとシャツ、そして、肌着にしていた半袖のTシャツを脱いで上半身裸になる。


 ――とりあえず、紅来の傷の手当を済ませておこう。


「な、なに? 急に服なんか脱いで……まさか、私の前で立夏とイチャコラするつもりじゃないでしょうね!?」

「アホか」

「まあ、遭難あるあるだけどね~」

「ね――よっ!」


 ふざける紅来を横目で睨みながら、長袖の二枚だけを再び着用。手元に肌着だけを残す。


 ――まあ、場を和ませてくれる紅来の明るさはありがたいけどな。


 水だけで一ヶ月を生き抜いた遭難者が、救助後のインタビューで生き延びられた要因を尋ねられた際に〝楽観性〟と答えていたことを思い出す。

 逆境で笑っていられる開き直りも、サバイバルには重要なんだろう。


「包帯を作る。その肩、そのまんまってわけにはいかないだろ」

「それじゃあ、紬が寒くならない!?」

「長袖二枚着てるし、大丈夫だよ。それより紅来の方がよほど薄着だろ」


 紅来からダガーを借り、脱いだシャツを胸元から切って二つに分ける。

 さらに、裾側の下半分を五センチほどの幅に裂いて結び合わせ、一本の長い包帯を作って、紅来の後ろに回った。


「ちょっと恥ずかしいかも知れないけど、肩紐を外せるか?」

「ああ、うん。ちょっと待って」


 紅来がストールを外して皮の胸当レザーパットの肩紐をほどき、一気に両肩を肌蹴はだけさせる。ブラジャーもしていないので、正面から見ていたなら二つの大きな乳房が丸見えの状態だ。

 その間、五秒。まったく躊躇がない。


「お、おいっ! 何だおまえ!」

「何だ?って、何よ?」

「ちょっ、待て! 振り向くな! そのままだ、そのまま!」


 紅来こいつ、羞恥心ってもんはないのか?

 チラリと立夏の方を盗み見るが、安定の無表情で何を考えているのか分からない。

 そう言えば華瑠亜も混浴にあまり抵抗はなかったようだし、これがこの世界のノリなんだろうか?


「と、とりあえず、これを着ろ」と、上半分だけのTシャツを手渡す。

「えぇ――……」

「俺が着てたシャツなんて嫌だろうけど、応急処置だ。我慢しろ」

「ううん、紬の匂いは好きよ?」と、シャツを顔に当ててクンクン鼻を鳴らす紅来。

「ただ、こういうものを、彼女の前で愛人に着せるって、いかがなものかなあ、と……痛っ!」


 紅来が両手で頭頂部を押さえながら振り返る。


「おいこら! 怪我人にチョップって、なにごと!?」

「おまえがくだらないこと言うからだ! さっさと着ろ! あと振り向くな!」


 シャツの袖に両腕を通した上から、患部を押さえるように包帯を巻く。

 

「ありがとん♪」

「足の方は、大丈夫か?」

「うん。ブーツの上からだったし、かすり傷程度だよ」

「そっか……そろそろ、お湯は沸いたかな?」


 採掘セットの入っていた工具箱を使い、トーチの上でお湯を沸かしていたのだ。

 切り株は内部から徐々に燃焼しているため、上の方がちょうど〝五徳〟 のような形になっていて、何かを火にかけるにはうってつけの形状だ。


 沸いたお湯を蓋の方に移し替えて、三人+リリスで回し飲む。


「ふう……あったまるぅ」と、紅来。吐息が、薄っすらと白く変わる。もしかすると、上のオアラ洞穴よりもさらに気温は低いかも知れない。


「お湯だけなんて、私はひもじいよ……」と、項垂うなだれるリリス。

「みんな我慢してるんだ。わがまま言うな」

「そうは言ってもさぁ、このまま食料なしってわけにはいかないよね?」


 確かに、体温維持と水分補給の目処めどが立った今、次の問題は食料だよなぁ。


「水だけで一ヶ月生き延びた遭難者の話も聞いたことがあるけどな……」

「問題は、さっきの洞窟犬あいつらだよ」


 紅来が、残った白湯さゆを立夏に渡しながら続ける。


「逃げていったやつらもいたし、第二ラウンドも、十分可能性はあるよ」

「食料なしでも、眠れば魔力は回復する?」と、今度は立夏に尋ねてみると、即座に首を振られ、

「睡眠だけでは回復量は限定的だから、無駄遣いはできない」

「ってことはさ。なるべく節約しなきゃだよ、紬くん!」と、リリスも心配そうに眉をひそめる。


 この無駄遣いコンビが、どの口でそれを……。


「何度も襲ってくるようなら、すぐにジリ貧になるってわけか」


 この地下空洞にどれだけの魔物が生息しているのか分からないが、仮に前回と同規模の襲撃なら、せいぜいあと一、二回が撃退可能限界だろう。


「試しに、食べてみる? あれ」と、紅来が親指で背後を指差す。その先に転がっているのは、ケイブドッグの屍骸だ。

「食えるの? あれ?」

「魔物の肉は丁寧にマナ抜きしないと、お腹は壊すだろうね」

「マナ抜き?」

「人間の魔力の根源は魔粒子だからね。マナを直接摂取したら体調を崩すって……常識でしょ!?」

「あ……ああ、そっか、そのことね!」


 知らねぇよそんなこと。


「で……そのマナ抜き、紅来や立夏は出来るの?」


 二人同時に首を振る。


「まあ、煮て焼いて干して……多少は薄められるとは思うけど、きちんとしたやり方は分からないし、道具もない」

「そっか……。ほんとに飢え死にしそうになった時の最後の手段だな」

「レンジャーの授業で、蛇や昆虫は食べたし、まずはそっちを試してみるよ」


 蛇……? 昆虫……?


「うへえ――……」と、舌を出しながら絶句するリリス。

「悪魔だし、雑食だし、おまえならそれくらい食えるんじゃない?」

「バカ言ってんじゃないわよ! そもそも悪魔はね、人間の負の感情をエネルギーに替えて活動してるの。そんなものわざわざ食べたりしないよ!」

「なら、人間界の食料だって必要ないだろ……」


 お腹を壊す肉か、それとも、蛇や昆虫か……。

 現代日本人にとってはなかなかの究極チョイスだが、女性メンバー二人の顔色は思ったほど変わっていない。


 この世界では、それくらいのサバイバルは普通なんだろうか?

 それとも、紅来や立夏が単に野生女子ワイルドガールズってだけなのか……。


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