09.茶目っ気

 迫り来る魔犬に向かって六尺棍を構えながら、俺はれいを下した。


「行け! リリス!」


 間髪入れず、俺のすぐ横を一陣の風が追い抜いて行く。

 ひるがえる、黒いドレス。


 リリス……いや、リリスたん!


 俺と紅来の前に立ちはだかると、レイピアで飛び掛ってきた五匹を補足する。

 突きが主体のレイピアで、複数の敵を薙ぎ払うような攻撃は不得手――。


 だがしかし、この異界の戦闘メイドには関係ない。


 一突きにしか見えない神速の連撃。

 ほぼ同時に、空中で眉間を貫かれる魔犬たち。

 フル・ヴォルテで反転したリリスの背後で、断末魔のいとますら与えられずに地面に落下する五つの肉塊。


 ――リリス以外は、時間でも止まっているのか!?


 さらに新手の四匹が彼女の背後に迫る。

 直後、ひらひらとエプロンドレスをなびかせて、ターンをしながら四匹の間隙をすり抜けるリリス。

 コンタクトレンジに入った瞬間、レイピアが右腕ごと消えたように見えたのは、そのあまりにも速い剣さばゆえだろう。

 

 ドレスの裾がふわりと元へ戻る。

 四匹――いや、四体の死骸を置き去りにして。


 ――なんだありゃあ!?


 トゥクヴァルスのキルパン戦では、俺も朦朧もうろうとしていて夢現ゆめうつつだったけど、改めて見ると、まるで規格外じゃないか!


 突如現れた脅威を前に、さしものケイブドッグも波状攻撃を中断する。

 リリスが、凛然と川向こうを見据えながら、


「ご主人様。向こう岸の魔犬は、いかがいたしましょう?」

「ご……ご主人?」


 喋り方もメイド騎士リリカ・・・そっくりになっている。

 そういえば、トゥクヴァルスでも同じような状態になってたっけ。

 メイド騎士モードになると、口調や性格までリリカ風にトランスするようだ。


 無数の光る眼を見る限り、向こう岸にはまだ三十匹以上は残っているだろう。

 いくらリリスたんでもあそこに突っ込んで無傷でいられるだろうか?

 しんば無傷で倒せたとして、それでも相応の時間が掛かるのでは?

 通常技限定となればなおさらだ。


 ――持つのか? 俺の魔力?


退がって」


 突如、耳朶じだに触れる立夏の声。

 振り向けば、腰を下ろしたまま構えた彼女の魔道杖が赤く輝いている。


 ――詠唱が終わったのか!?


「リリス、戻れ!」


 リリスが青白い光に包まれたかと思うと、みるみる収縮して俺の肩に戻る。

 同時に――。


「ギガ、ファイア」


 立夏が魔法を発動した。

 刹那、けたたましい爆発音と共に向こう岸一帯が火の海に変わる。

 業火の中で塵と変わり、次々と蒸発していく何十匹ものケイブドッグ。

 松明では見えなかった、地下空洞の高い天井部も明々あかあかと照らし出される。


「すんげぇ……」


 思わず漏れる感嘆の呟き。

 ダイアーウルフ戦では、これを学園の中庭で撃とうとしてたの?

 やばくね!?


 生き残った数匹が奥に逃げていくのが見える。

 地下空洞の広さは分からないが、まだ他の群れがいるかもしれないし、再来襲の可能性も考えておいた方がよさそうだ。


 両足首を怪我した紅来に肩を貸して、壁際まで連れて行く。


「痛むか?」

「大したことないよ。紬だって噛まれてるじゃん」

「俺は片方だし、そんなに深手でもないから」


 ポーションを二人で回し飲みすると、鎮痛効果で痛みがスーッと引いていく。

 魔法薬の特徴として、それまでに受けた痛みについては即効性を発揮するが、新たに受けた傷の痛みには効果がない。

 つまり、傷を受ける度に、痛みを消すには薬を服用する必要があると言うことだ。


 タオルを濡らして紅来の傷口を拭く。

 拭いたそばから、牙の形に滲んでくる血を見て「痛たたた……」と、顔を背けたのはリリスだ。

 小さくなって普段のポンコツに戻ったらしい。


「痛みは薬で抑えられるけど……傷跡はどうなんだ? 残っちゃう?」

「ん――……、いい整形師知ってるし、これくらいなら消せるんじゃないかな」

「それならいいんだけど……」


 足だってもちろんだが、肩の噛み傷は、さすがに女子には可哀想だ。


「俺がリリスの使役を躊躇ちゅうちょしたばかりに……悪かったな」

「そう! それそれ! リリスちゃん、凄いんだね!」


 傷のことはあまり気にしてないのだろうか?

 それよりリリスに興味津々といった様子で、グイッと顔を近づけてくる。


「ああ。……ただ、魔力消費も半端ないみたいだけど」

「そうなの? 今のでどれくらい消費したの?」

「二分くらいだから……約、二万?」

「二万! 桁、間違ってない? 紬の魔臓活量、いくつなんだよ!?」

「紬くん……」


 リリスが肩の上から口を挟む。


迎撃刺突リリスヴォルテも使ったから、魔力はもっと消費してるよ」

「え? あれって通常技じゃないの!?」

「一回、約一万五千、二回使ってるから、約三万の魔力消費……かな?」


 かな?じゃねぇよ!

 じゃあ、維持コストと合わせて消費魔力は五万?


「おまえ、そんな無駄遣いしながら、よく『向こう岸は?』なんて言えたな?」

「う―ん、大きくなるとついつい、大技出したくなるというか、茶目っ気が出ちゃうというか……」

「全然お茶目じゃねぇよ! もう俺の魔力、残り半分じゃん!」

「分かってるよぅ……」

「もう一度確認するけど、俺が死んだらおまえも消えるかもしれないんだからな!?」

「分かったってば! うっさいなぁ」


 ――ったく。向こう岸も任せてたら、危うく死んでるところじゃねぇか。


「えっと……立夏の、ギガファイア? あれは、あと何発撃てるの?」

「約三百の消費だから……一日二発が限度」

「え? たった? 二発? ってことは残り一発?」

「今日は先に魔力を消費してるから、もう撃てない」


 ん? 今日起きてから、立夏が魔法を使う場面なんてあったかな?

 首を傾げて一日を振り返ってみるが、思い当たらない。


「数が多いとはいえ相手は★3だし、メガファイアでも良かったんじゃ?」

「ついつい……茶目っ気が」


 立夏もかよ!


「遭難中なんだから〝ついつい〟はダメ! 絶対! 二人とも、これからは茶目禁だからな! 分かったな!?」

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