02.絶対生きて帰るから

「とにかく、ありがたく思ってよ? こう見えて私も、男子からは結構人気があるみたいだしぃ」


 俺の質問には直接答えず、おどけて見せる紅来くくる

 言っても、勇哉ゆうや選抜のハーレムメンバーだ。育ちの良さそうなバストだけでなく、人懐っこさを併せ持つ独特の雰囲気は元の世界でもこちらでも変わらない。人気があるのは当然だろう。


 ま、それを自分で言っちゃうところが憎めないところだけど。

 紅来が続ける。


「あれだよあれ……炎一つの薄暗がりで、ちょっとカッコいいセリフ聞かされちゃったらさ、なんとなくそれくらいのお礼はいいかな?ってね。気分だよ気分!」

「ああ~、吊り橋効果みたいなやつか」

「あっはは! 一緒に怖い思いをしたからって、そんなに簡単に好きになんてならないよ。あんなの信じてるなんて、紬も単純だねぇ」

「べ、別に、信じてるっつうか……ただの一般論だろ!」

「いいのいいの。男の子は、単純なくらいが可愛くていいよ♪」


 くくっと、癖のある笑いを零したあと、少しだけ表情を引き締めて紅来が言葉を続ける。


「でも、好きになるってのとは違うかもだけど、見直したのは事実かな」

「見直す? 俺を?」

「うん。いざって時にどんな行動をとるかは、人の本性がでるからね~」

「確か、戦闘実習の後にも同じようなこと言ってなかったか?」

「ああ……一度見直してもね、だんだん元に戻るから。定期的に見直させてよ」

「面倒だな、おい」

「箱入り紅来ちゃんのファーストキスなんだからな。光栄に思いたまえよ」


 箱入りのわりには、放任されてるような……。

 それにしても、チークキスとはいえファーストキス!?

 こんな安売りしちゃっていいのか!?


 言葉に詰まって紅来の続きを待つが、彼女は彼女でさっきのことでも思い出したのか、互いに会話の接ぎ穂を見失ったように束の間の沈黙が流れる。


 と、その時。

 手元からリリスの声が聞こえた。


「そこの二人! ほっぺにチューくらいで、いい雰囲気にならないでくれる?」


 見れば、すぐ横で俺と紅来を見上げている仁王立ちのリリス。


「そんなんでトキメけるなら苦労しないんだよ。わ、私だって、それくらい、できるし……」


 そう言えばこいつ、俺を誘惑しにきてるんだよな、確か。


「そのサイズでチューされてもなあ」

「そこまで言うなら、ちゃんと大っきくなってあげるわよ」

「何も言ってねえよ」

「キューティー・リリス・キッス! 消費魔力十万!」

「死ぬから!」


 俺たちの会話を聞いていた紅来が小首を傾げて。


「ん? おっきくなれるの? リリスちゃん」

「まあな……。燃費が悪すぎて滅多に使えないけど」


 俺が答えると、へえ~、と、リリスを見下ろしながら、


「まあ、あんま怒らないでよリリスちゃん。二度とここから出られないかも知れないし、ほっぺにチューくらいの想い出は作っておいてもいいでしょ?」


 そう言って、くすくすと小刻みに笑う紅来。

 どうやら、リリスの横槍のおかげでいつものペースに戻ったようだ。


「馬鹿言うな。絶対生きて帰るからな!」と俺が反論すると、

「おお? いつになく頼もしいじゃん?」


 紅来が両手を合わせて拍手をするような素振りを見せる。

 俺だって、何か根拠があるわけじゃないが、かと言ってそこまで絶望的な状況だとも思えない。


 幸い、怪我は重傷じゃない。ポーションも十分にある。テイムキャンプの時のように強力な魔物がいるわけでもない。

 隊長・・の可憐も、きっと救出の為に全力で動いてくれているはずだ。


「あんなお礼・・も貰ったし、大抵の男なら張り切る場面だろ」

「そっかそっか。じゃあ、つむぎには一生私の騎士ナイトやってもらおっかな」

たっかいな、おまえのチュー……」

「まあ、チークキスじゃ物足りないでしょうけどねぇ。唇は立夏りっかに取っておいてあげないとさあ」


 そう言ってまた、悪戯っ子のような愛くるしい笑顔を見せる紅来。


 ……ん? 立夏!?


「そうだ、紅来! 立夏はどこだ!?」


 俺がよほど狼狽しているように見えたのだろうか。紅来が、やや引き気味に体を反らせながら。


「慌てるなよ紬。立夏カノジョも無事だよ。松明の火、点け直してくれたのも立夏だし」


 カノジョじゃないけど、とりあえず細かい訂正は後回しだ。

 無事……と言う紅来の言葉に安堵しながらも、また別の疑問が頭をもたげる。


 ――無事なら、なぜここに居ない?


「怪我でもしてるのか?」

「なんだよ、立夏の話になった途端、その食いつき方! 私のときは怪我の心配なんて全然しなかったくせにぃ」

「最初に訊いただろ? おまえ、かすり傷程度だって言ってたじゃん」

「そうだっけ?」


 適当なやつだ。


「とりあえず、細かい話は後にして、ここ降りない? 立夏ちゃんも下にいるよ」


 リリスの言葉を聞いて、改めて周囲を見渡す。

 松明の炎だけでは遠くまで見ることができないが、どうやら今は、崩れた地盤が降り積もった上にいるらしい。

 穴の底まではもう少し降りる必要がありそうだ。


 俺と紅来が立ち上がると、夜目の利くリリスが土砂の上をひょいひょいっと降り始めたので、後ろから俺たちも続く。

 少し進むと、前方にもう一つ、チラチラと揺れる松明の灯りが見えてきた。


 立夏は、あそこか!?

 早く無事な姿を見たい!


 はやる気持ちを抑えて、不安定な足場を慎重に進む。

 土砂の山を下り切ると、ようやく足裏からしっかりとした大地の固さが伝わってきた。どうやらここが穴の底らしい。


 すでに、もう一つの松明の元に辿り着いていたリリスが「こっちこっち!」と俺たちを呼んでいるのが聞こえる。

 近づくと、岩壁にもたれかかり、両足を前に投げ出すような体勢で腰を下ろしている立夏の姿が浮かび上がってきた。

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