09.痴話喧嘩

 おかしい……。


 昨夜、それぞれの部屋に分かれるまでの華瑠亜かるあは上機嫌……とまでは言わなくても、少なくとも不機嫌ではなかった。

 俺をリーダーとして再評価してくれるような発言まであったし、むしろなかなか良い雰囲気で関係改善が進んでいるように思っていたんだけど……。


 一夜明けて今朝になってみると、ダイニングに集まった時から、挨拶をしても完全に無視。話しかけても、まともに目も合わせてくれない。

 他の人とは普通に話しているので、不機嫌の対象はどうやら俺だけらしい。


つむぎくん、華瑠亜ちゃんに何かしたの?」と、リリスにまで心配される露骨さだ。

「してないよ。お前だってずっと一緒にいたから分かるだろ」


 そもそも昨夜、食後は風呂とトイレに行く時くらいしか部屋から出ていないし、華瑠亜どころか他の女子にも会っていない。


 女子部屋の中で何かあったのか?


 華瑠亜と一緒の部屋だったのは、立夏りっか可憐かれん紅来くくるだったよな。

 朝食の後、まずはこっそり立夏を呼んで……、


「昨夜、部屋で何か変わったことあった?」

「何も」


 無表情のまま、簡潔に、立夏が答える。

 聞くやつを間違えた。何かあったとしても、立夏からの情報は期待できない。

 ふと華瑠亜の方を見ると――。


 な、なんだ? あの親のかたきでも見つけたようなあの目つきは!?

 俺、今、何かした!?


 次に、後片付けのため勝手場に向かおうとしていた可憐を捉まえ、同じ質問をしてみる。


「ん? ああ……いや、別に、何もなかったが」


 可憐にしては珍しく歯切れが悪いし、目も泳いでいる。何かあったことだけは間違いない。とはいえ、これ以上食い下がっても無駄だろう。

 自分は何も話さない、という可憐の意思は汲み取れたし、そう決めている彼女が俺の追求を受けてころころ態度を変えるとも思えない。


 残るは――。


 首を回すと、今日はなぜか俺とよく目が合っていた紅来と、再び目が合う。

 なんだよ、あのにやけ顔は?


「なあ紅来。華瑠亜の態度が変なんだけどさ……何か心当たり、ある?」


 近づいてきた紅来に仕方がなく話しかけると、待ってましたとばかりに擦り寄ってくる。目がキラッキラだ。

 この顔をしている時の紅来は、ほんと鬱陶しいんだよなぁ。


「なになに? やっぱり気になるぅ?」

「そりゃあね。だって、昨日までは全然普通だったんだぞ?」

「何かあったと言えばあったし、無かったと言えば無かった」

「なんだよそれ? 勿体ぶってないで教えろよ」

「紬だって立夏とのこと、散々訊いても話してくれなかったじゃん」

「話してるのに、俺がまだ隠し事してるんじゃないかって、おまえが勘ぐってるだけだろ?」

「へぇ~、そおなんだぁ、私の勘違いだったんだぁ?」


 手を後ろで組み、俺の顔を覗き込んで大きな瞳をくりくりと動かす紅来。


「な、何だよ?」

「べっつにぃ。ま、もうちょっと自分の胸に手を当ててよぉ~く考えてみなはれ」


 そう言ってくるりと背中を向けると、手をひらひらさせながら階段を上っていく。

 胸に手なんか当てても、女子部屋での出来事なんて分かんねぇよ。


「胸なんか触って……胸ヤケか?」


 後ろから勇哉ゆうやが、歩牟あゆむと一緒に歩いてくる。


「い、いや、紅来に言われて……」と返事をしながら、慌てて手を下ろした。

「そういえば紅来、一巻読み終わったって?」

「いや、訊いてないけど」

「それ以外に、一体何を話してたんだよ!」

「そりゃいろいろあるだろ、話すことくらい」

「まあ、前巻のあらすじも付いてるし、二巻からでも話は繋がるけどな」


 男キャラの名前をすっ飛ばしても話が繋がってるような奴に言われてもな。


「紬くん、紬くん!」


 勇哉たちが立ち去ったあと、今度はうららに呼び止められる。

 振り向くと、クロエを肩に乗せた初美はつみも一緒だ。


「体調はもう、大丈夫そうだな」


 初美がこくんと頷く。

 ほら、初美!と、麗が初美の腕をひじで小突いている。


「きのうは……ありがとう……」


 初美の声だ。しかも、九文字っ!

 これまで俺が聞いたことのある地声の文章の中では、最長記録かも知れない。


「やっぱりお礼は、自分の音声で伝えないとね!」と、麗が初美の肩をぽんぽんと叩く。恐らく、麗にそうさとされて初美も頑張ったのだろう。

「俺も、たまたま居合わせたから対処しただけで、特別なことはしてないから」

「ううん、紬くんの指示のおかげで大事に至らなかったんだよ。優奈先生も、さすが班長だって感心してたよ」

「ときに紬くんは……」


 クロエが、芝居がかった口調で話しかけてきた。


「初美んのおっぱいは見なかったのかにゃ?」

「み、見てねぇよ!」


 思わず、誰かに聞かれていないか辺りを見渡してしまう。


「タオルがちょっとだけ肌蹴た時はあったけど、一瞬だったし……」


 初美の顔がみるみる真っ赤になる。


「あ、いや、でも、初美の髪が覆いかぶさってて何にも見えなかったし。……なあ、リリス?」

「う~ん、どうだったかな?」


 そこは、うんって言っとけよKYメイド!


「し、心配なら俺の心も読んでみりゃいいじゃん!」


 そう言ってクロエの前に右腕を差し出したが――。


「使役者以外の心は読めないにゃ」

 

 使えねぇ……マジで使えねぇ。

 初美以外にこの使い魔の需要ないだろ?


「使えないって、どういうことにゃん! 失礼にゃん!」

「読めてるじゃん!」

「顔に書いてあるにゃん!」

「クロエ、戻れ!」


 慌てて初美が叫ぶと、黒い球体となったクロエが、初美のファミリアケースに戻っていく。

 あいつのしつけ、もうちょっとどうにかした方がいいぞ、初美。


「そう言えば、華瑠亜ちゃんに何か変なフラグでも立てた?」と、麗。

「それそれ。心当たりはないんだけど、今朝から態度がおかしいんだよね」

「昨日の初美のこととか、関係ないよね?」

「それはないだろ。あの後も普通に話してたし」


 麗の隣で、ほっと胸を撫で下ろす初美。

 二人が立ち去るのを見届けて、リリスが話しかけてきた。


「さっき、紅来ちゃんさ、紬くんに『散々訊いても話してくれなかった・・・・・・・・・』って言ってたよね?」

「ああ、そうだな」

「なんで過去形なんだろ?」

「ん?」

「だってさ、現在進行形なら『訊いても話してくれない』って言うはずじゃない?」


 横を向き、リリスの顔をまじまじと流し見る。


「な、何よ?」

「いや……今日は何でそんなに鋭いんだ?」

「いつも鋭いよ!」


 肩の上でプンスカしているリリスを横目に、さっきの紅来の言葉を反芻する。


 まさか――。


 絶対にあり得ないと思って念頭になかったのだが、立夏があの事を話したとか?

 テイムキャンプで、ポーションを口移しした時の事を……。


「綾瀬くん、綾瀬くん」


 勝手場から顔を覗かせた優奈先生が手招きしている。


「何ですか?」

「もしかして、藤崎さんと痴話喧嘩でもした?」

「そんな関係じゃないですからっ!」


 とにかく、こんなギスギスした状態では課題への影響も心配だ。

 洞穴潜入までになんとかしないと。

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