08.それを聞いて、どうするの?
「そういやこの本の主人公……」
勇哉が、何かを思い出すように視線を宙に泳がせながら――。
「たしか、紬と同じ名前だったな。字は違うけど」
「そうなの?」
「うん。〝糸ヘン〟に〝方〟って書くほうの
以前、施療院に見舞いに行った時、信二も同じようなこと言ってたな。
「修道士って言うくらいだから、主人公は男だろ? 男で〝つむぎ〟なんて結構珍しいんだけどな」
「そうか? もともと
「紬だけじゃないぞ」と、本を閉じながら口を開いたのは歩牟だ。一応、俺たちの会話は耳に入っていたらしい。
「読み終わったの?」
「いや、もうちょっとだけど……でも、普通の本よりはすらすら読める。会話や空行も多いから、同じ厚みでも一般文芸に比べたら文字数は少ないと思う」
ますます、元の世界にあった
「俺だけじゃない、って、どういうこと?」
「一巻から出てたらしい
漢字が微妙に中二っぽいのが気になるが……。
漢字で見るとうっかり見落としそうだが、音だけ聞けば、確かに似ている。
歩牟から本を渡された勇哉がキャラ紹介のページを開きながら、初めて気が付いたように「おおっ!」と感嘆の声を漏らした。
「よく気づいたな歩牟。言われてみりゃ、確かに似ていなくもないわ」
この勇哉の鈍感さには、さすがに突っ込まざるを得ない。
「いやいやいや。俺も含めて五人のキャラが似通ってるんだぞ? この相関性はもう、偶然とは思えないだろ。勇哉こそ、よく今まで気づかなかったな!?」
「男の名前なんて読み飛ばしてたから……」
そんなんで、よく小説が楽しめるな。
「じゃあ紬は、偶然じゃないとしたらなんだって言うんだよ?」
「それは分かんないけど……うちのクラスに作者がいるんじゃないか、ってレベルの一致じゃね?」
とは言え、うちのクラスに月島薫なんていう人物はいない。
ペンネームということも考えられるが……。
その時、ドアをノックする音に続いて、
「お風呂、空いたぞ~!」と、廊下から可憐の声。
「おうっ! さんくす!」
返事をした勇哉がベッドから跳ね起きると、干しておいたタオルを掴む。歩牟も同様に洗面道具を整え始めた。
「おまえら、また入るの?」
「ああ。 入浴後の薪割りでまた汗かいちまったからさ。
「そうだな……」
初美の件でバタバタして俺もゆっくりできなかったし、せっかくの広い風呂だ。もう一回入ってくるか。
今度は水着なしで入りたいし、リリスは留守番させておこう。
◇
「お――い、
可憐が部屋に戻ると、未だに紅来がベッドの上で立夏を問い詰めていた。
出た時とほぼ同じ光景に、はぁ、と軽く嘆息する可憐。
「まだやってるのかおまえら。よく飽きないな」
「飽きる飽きないの問題じゃないんだよ。気になるじゃん!」
ちょっと休憩といった様子で、立夏の太腿を借りて膝枕の体勢になる紅来。
詰問されようが枕にされようが、立夏は無表情のままだ。
部屋の大きさは男子部屋とほぼ一緒だが、寝具はダブルベッドが二台。
この部屋には可憐、紅来、華瑠亜、立夏の四人が泊まることになっている。
「そもそもさぁ、何かがあった、ってのは確かな情報なわけ?」
窓側に置かれた小さなテーブル席から、マスカットの皮を剥きながら尋ねてきたのは華瑠亜だ。
「どうなの、可憐?」と、紅来も便乗するが、記憶を掘り下げるように宙を睨みながら、聞かれた可憐も小首を傾げる。
「別に……キルパンに襲われたこと以外は変わったことはなかったと思うが」
「発端はリリスちゃんの
「うんうん。なんか、立夏と紬が頻繁に密会して、あれが初めての経験だったとか……意味深な会話をしてたらしい」
「密会とか経験とか……。
可憐が
「そうそう! それにさ――」
紅来が、何かを思い出したように可憐を指差しながら、
「紬と立夏、二人で可憐んちに来たとき、明らかに様子がおかしかったじゃん」
確かにあの時の二人は、どこかギクシャクしていたように可憐も感じていた。
「二人で見つめ合ったり、顔赤くしちゃったりしてさぁ……」
「そう言えば……」と、華瑠亜も感じていた違和感を口にする。
「あいつと優奈先生と三人でキャンプ場で一泊した件だって、変といえば変よね」
「それそれ! あの日は直前まで可憐の家でミーティングしてたんだから、帰ってすぐにトゥクヴァルスに向かったってことだろ? 不自然じゃない? すげー不自然じゃない?」
そう言うと、膝枕をしてもらっている自分の頭をドリルのように回転させながら、
「こらぁぁ、教えろぉぉ、吐けぇぇ、立夏ぁぁ」
ぐりぐりと立夏の下腹部に押し付けていく紅来。
立夏が無抵抗なのをいいことにやりたい放題だ。
「もう止めろよ。見てる方が
もともと、人の色恋沙汰などにあまり興味のない可憐が止めようと手を伸ばしかけたとき。
「それを聞いて、どうするの?」と口を開いたのは、意外にも立夏だった。
「おっ! 立夏がしゃべった!」
パッと体を起こすと、立夏の両肩を掴んで揺さぶる紅来。
「どうもしないよ! ただ好奇心を満たしたいだけ! ほんとそれだけ!」
「紅来、必死すぎ」
マスカットを口に放り込みながらクスクスと笑う華瑠亜。
立夏が口を開いたので、可憐も次の言葉を待つように口を
わずかな沈黙の後、立夏がおもむろに口を開いた。
「
「…………」
立夏以外の三人の口が、ポカンと半開きになる。
――訪れる、束の間の沈黙。
直後、まるで真空になってしまったかのようなその無音の世界は〝ガラガラガッシャ――ン〟と何かが派手に倒れる音によって切り裂かれた。
一斉に音の方へ顔を向ける可憐、紅来、そして立夏。
その視線の先で――。
マスカットをぶち撒けながら、華瑠亜が椅子ごと後ろにひっくり返っていた。
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