07.頼りになるリーダー

つむぎのこと……ちょっと、見直したかも!」


 何とも言えない奇妙な表情で、絞り出すように華瑠亜かるあが言った。


「そんな、無理して褒めなくても……」と、俺も返答に困ってとりあえず苦笑い。てっきり社交辞令かと思ったのだが――。

「別に、無理なんてしてないわよ! 本当にそう思ったから言ってるの!」


 慌てた様子で、両手を振る華瑠亜。


 のぼせた人の応急処置をしただけなのにこの反応……。魔法が発達しているこの世界では、当たり前の応急処置なんかはかえって珍しい行為なんだろうか?


「一応聞くけど――」と、華瑠亜が再び話の穂を接ぐ。

「あんた、おかしな事はしてないでしょうね?」

「おかしな事?」

「例えばほら、初美の、タオルを捲ったりとか……」


 初美の足を拭いていた時のことを言っているのだろうか?

 確かに、倒れている女の子の横にしゃがんで、下半身に手を伸ばしている姿はさぞ怪しかっただろう。しかもタオルしか巻いていないのだからなおさらだ。


「み、見るわけないだろ! なあリリス?」

「え? あ……う、うん!」


 急に話を振られてびっくりしたのか、俺の肩の上で、言葉を詰まらせながらもリリスが相槌を打つ。

 タオルが肌蹴はだけたのは完全に事故だし、胸も髪の毛で隠れて見えなかった。

 だいたい、初美のことが心配でそんなラッキーイベントを堪能してる余裕も無かったのだから、嘘は言っていない。


「ならいいんだけどさ。って言うか、言いたかったのはそんなことじゃなくて……」

「ん?」

「一回しか言わないから、よく聞いてなさいよ! 今はさ、その……」

「うん」

「あんたがD班の班長で、良かったと思ってるから」

「うん? そ、それは……あれ? 雑用係として、ってやつ!?」


 ダイアーウルフ戦の前、戦闘準備室で言われたことを思い出して聞き返す。

 あの時、華瑠亜は『雑務が面倒だから班長やらせてる』と言っていたが――。


「違うってば! あれは撤回するってこと! ちゃんと、頼りになるリーダーとして認めてあげる、って言ってんのよバカ!」

「お……おう?」


 あんな発言、俺の方は今の今まですっかり忘れていたんだけど、華瑠亜はずっと気にしていたんだろうか?

 わざわざこのタイミングで謝ってくるなんて、意外と律儀な性格?


「そ、そんだけよ。……じゃあね!」


 そう言ってぷいっときびすを返すと、小走りでダイニングへと消えて行った。


               ◇


「ったく、おまえも上手いことやったよなぁ」という勇哉ゆうやの言葉に、

「……またその話かよ」と、呆れて答える俺。


 さっきから、何度も繰り返されているやりとりだ。


「だってさあ、考えてもみろよ? いったい、どんなチート能力を使ったら女子とお風呂なんてイベントに遭遇できんのよ?」

「そんな能力使ってねぇよ! ただの成り行きだって、説明しただろ!」

「だからそれがあり得ないって言ってんじゃん! おまえまさか……実は異世界からやってきた人間で、そういうチート能力でも持ってるんだろ!?」


 ネタ元は、あのラノベっぽいタイトルの小説だな。

 勇哉はボケてるつもりなんだろうが、半分は当たっているだけに思わずツッコミ損ねる。

 

 夕食後、入浴に行った可憐かれん優奈ゆうな先生以外の八人は、各部屋に分かれて荷物の整理をすることになった。

 女子は二部屋に分かれたようだが、男子はここ一室。十畳ほどの部屋にベッドが三つ、ゆったりと並べてある。

 壁には八個のランプ。家ではいつもランプ一つなので、ここは十分過ぎるほど明るい。


 たった二泊の予定だし、大した量でもない荷物の整理を早々に終え、今は紅来くくるに借りたハサミで爪を切りながら勇哉ゆうやの馬鹿話を聞いているところだった。


「本当にそうだったら……チートの無駄遣いだな」

「冗談はさておき、クジに細工でもしたんじゃないの? チーターだけに!」

「それこそ冗談だろ! そもそも勇哉、買い出し係は嫌がってたじゃん」

「まさか、帰ってからお楽しみイベントが待ってるなんて思ってなかったからな」


 そんなの俺だって一緒だ。


勇哉あんたも、残ったメンバーで一緒に入れば良かったじゃん」


 キッチンから貰ってきたチーズをかじりながらリリスが口を開く。

〝アホな子〟&〝腹ペコ〟枠に指定されて以来、勇哉のことはすっかり〝あんた〟呼ばわりだ。


「提案はしたんだが却下された」

「提案したのかよっ!」

「今思ったんだが、タオル巻きは無理でも水着着用ならハードル低くね? 明日、その線で混浴を提案してみるか……」

「それもう、普通に海水浴でいいだろ」

「海で見る水着と浴室で見る水着は全然別もんなんだよ!」


 本気なのか冗談なのかよく分からん。


「ところで勇哉達おまえら、明日はどうすんの?」

「ああ……優奈先生も黒崎も、洞穴の方に行くんだろ?」

「らしいな。二人とも課題には加われないけど……先生は一応引率だし、初美はまだ、麗以外とはまともに話せないからな」

「それじゃあなぁ……」


 勇哉が唇を尖らせながら、仰向けでベッドに身を投げ出す。


「俺と歩牟あゆむ、二人で残ってたって仕方ないべ?」

「海でナンパでもしてればいいじゃん」

「それもいいけど……せっかく可愛い女子たちと来てるんだし、一緒に行動してた方がいろいろと可能性も高くね?」 

「なんの可能性だよ……あ、いたっ!」


 顔を上げて爪先から目を離したせいで、手元が狂い深爪になってしまった。

 

「紬って、爪切るの下手へったくそだな。不器用か?」

「まだ慣れてないんだよ」

「慣れてないっておまえ……母ちゃんにでも切ってもらってんの?」

「ああ、いや、そう言うわけじゃないけど……」


 この世界には爪切りなんていう便利アイテムは無いため、爪はハサミで整えるのだが、まだ今日で二回目。いまいちコツが掴めていない。

 深爪が恐いので、どうしても少しずつ細かく切ることになる。


 出入り口に一番近いベッドから、糊の利いたシーツの擦れる音が聞こえた。

 見れば、うつ伏せで本を読んでいた歩牟あゆむが仰向けに体勢を変えている。


「静かだなぁ、歩牟は」


 そんな俺の言葉にも反応せず、黙って読書を続ける歩牟。読んでいるのは勇哉が持ってきていた例の本――『チート修道士の異世界転生』だ。


「あの本、紅来に貸してなかった?」

「あれは一巻。こっちは二巻」

「シリーズなのか……売れてるの?」

「話題にはなってるな。作者は新人みたいだけど」


 本の表紙を覗き込むと、著者は〝月島薫〟と書かれている。

 ふと、他にも元の世界から転送された人が?と考えたりもしたが、少なくともその著者名に聞き覚えはなかった。


 俺も後で借りてみようかな?

 でも、どうせ読むなら一巻から読んでみたいけど……。


「そういやこの本の主人公……」


 勇哉が、何かを思い出すように視線を宙に泳がせながら――。


「たしか、紬と同じ名前だったな」

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