06.訴えてやる!

「でも、もしかすると……」と、再びリリスが続ける。

「……ん?」

「あの、初美ちゃんが使ってた指輪の魔具。あれのもっと強力なものがあれば、私でもマナってやつを使えるようになるかも」

「マジ?」

「確証はないけど、なんとなく。あの魔石が、初美ちゃんの体内の魔力をマナに変換して、それをクロエちゃんが使ってる、って仕組みみたいだから……」

「ややこしいな……。要するに、俺の魔粒子も魔石でマナに変換してやれば、おまえも飛べるように?」

「そんな気がする。なんとなく……」


 つまり、マナ変換さえできれば、俺の魔力に依存していたリリスでも、この世界のことわりのっとった能力――例えば、飛んだりすることもできるということだろうか。


「前に、立夏ちゃんなんかと話してた楽器武器インストルメントでもいいんだろうけど、紬くん……楽器なんて演奏できないでしょ?」

「カスタネットかトライアングルなら、なんとか……」と言ってみたものの、この歳でカスタネットを叩く姿もさすがに間が抜けてる。


 そもそも、リリスを飛ばすために楽器演奏ということ自体、実用的じゃない。


「じゃあ、ちょっと初美に指輪を借りて試してみるか?」

「う~ん……あの程度の変換量じゃ、何もできないと思うよ」

「そうなの? そんなの、やってみなきゃ分からないだろ」

「なんとなく分かるんだよ、そういうのは。ビビッと……」

「ビビッとねぇ……」


 魔力とかそのへんのことは、人間にはない独特の嗅覚で感じ取ることができるのかもしれない。


「ま、でも、そういうアイテムがあると分っただけでも、希望が見えてきたな」

「希望? 紬くんにとっては何のメリットもないじゃない」

「そんなことないだろ。ポーチを持たずに済むようになるだけでもメリットだし」

「あー、まあ、疲れますよねー、私なんて持ち歩くのは」

「そういう話じゃないっつの。人間は損得勘定だけで物事を考えるわけじゃないんだよ。単純に、今のままじゃおまえだって可哀相だろうが」


 リリスが、頬を赤らめながら睫毛まつげをパチクリと動かして。


「な、なんだなんだぁ? 今日の紬くんはやけに優しいんだね。どうしたのよ?」

「いたって普段通りだろ! 俺を何だと思ってんだ?」


 たまに良い事をした不良が、真面目な人以上にもてはやされるみたいな、あれか?

 俺ってそんなに普段から冷たかったっけ。


「さてはあれかなあ? 私の水着姿に悩殺された?」

「その幼児体型で、よくそんなことが言えるな?」

「よよよ、幼児体型って! セクハラだよそれ! 相当酷い方のやつ! 訴えてやる!」

「どこにだよ」

「神様! 紬くんに天罰をっ!」


 ――悪魔が神に祈ってる……。


「そういえば、いま大きくなったらどうなるんだ? その水着も、メイド服と同じように大きくなるのか?」

「そりゃ、メイド服がこれに変ったんだから、そうでしょうよ。……たぶん」


 一瞬、この水着のまま大きくなったリリスを想像する。

 いくら幼児体型とはいえ、一応は美少女ビキニだ。

 しかも、下半身は普段のスカートをそのまま残しているようなスタイルなので、なんというか……一瞬、トップスを外して下着姿になっているように見えなくもない。


「あ! 今、エロ河童がっぱの顔になってる! 変な想像してる!」

「し、してねぇよ! なんだよエロ河童って……」

「いやらしい! えっち!」

「おまえ……一応確認だけど、本当にサキュバスなんだよな?」

「そうだよロリコン!」


 ――ロリってことは認めてるんだな。


 その時、ふと沖を見ると、波除の岩に辿り着いた可憐、紅来、華瑠亜の三人が、こちらに向かって手を振っている。

 俺も手を振り返す……が、あれ? 勇哉はどこに行った?


 よく見ると、岩場と海岸の、まだ半分程度の地点で、バシャバシャと派手に波を立てて泳いでいる勇哉が見えた。


 ――いや、あれ、溺れてないか!?


 遠浅とおあさの海とは言え、あそこまでいけば足も届かない深さだろう。

 派手に立っていた波が徐々に小さくなっていく。


 ――おいおい! 沈んでいってる!?


 岩場の三人は……と見れば、そんな勇哉を指フレームで覗いて笑っている。

 酷いな、あいつら。


「ちょっと、勇哉を見てくるわ」


 リリスに声をかけながら立ち上がると、海から上がった歩牟が、波打ち際を歩いてくるのが見えた。


「歩牟……あれ、おぼれてるよな?」


 勇哉を指差しながら確認してみると、


「うん、そんな気がする」

「何やってんだよ、あいつ……」


 七部袖のTシャツを脱ごうと裾をめくり……すぐに思い直して下へ戻す。

 腕の傷はそれほど目立たなくなったが、背中と胸には未だに、華瑠亜を助けたときについたダイアーウルフの牙痕がくっきりと残っているのだ。

 恐らくもう、消えることはないだろう。


 別に、傷自体を嫌気いやけしてるわけじゃないが、華瑠亜に見られたら気を使わせそうな気がして嫌だったのだ。

 Tシャツを着たまま歩牟と並んで泳ぎ出す。


 ヤレヤレだ。

 普通、こう言うイベントは女の子を助けるもんだろ?

 なんで勇哉なんだよ。

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