第九章【オアラ洞穴②】攻略前夜

01.ちょっとはちょっとだよ

「いい? 先っちょが赤い棒を引いた人が買い出し係だよ?」


 ――紅来くくるの別荘。

 勝手場に集まった十人が、優奈ゆうな先生を中心に車座になっていた。

 先生が右手で慎重に握っているのは、料理に使う串棒の束。勝手場にあったものを拝借して即製のクジを作ったらしい。


 数日前、紅来の家族も滞在していたらしく、肉や芋、穀類など日持ちのしそうな食材は保冷庫に残っていたが、ミルクや卵など補充したい食材もある。

 しかも、メンバーは十人と大人数なので、買い出しの量もそれなりに多い。


おぼれて弱ってるのに……やっぱ俺もクジ引くの?」と唇を尖らせる勇哉ゆうやを、

「自業自得じゃん」と、華瑠亜かるあが冷たく突き放す。


 勇哉が水没した辺りの水深は二メートル程度だった。

 俺と歩牟あゆむが近づいてみると、勇哉は必死に海底ジャンプを繰り返し、エアーポンプのない水槽の金魚のように、ぷかぷかと息継ぎを繰り返していた。

 とりあえず二人で勇哉の手を取り、足の届く場所まで引いて行ったのだが……。


 だいぶ海水を飲んだらしく、しばらく咳き込んでいたのは確かだ。


「お前らもひで―よ。人が溺れてるのに無視しやがって!」


 勇哉ゆうやが、犯人を糾弾する刑事のように、体育会系チームの可憐かれん、紅来、華瑠亜を順に指差してゆく。


「無視はしてないよ? ちゃんと指フレームで観察してたじゃん、川島金魚きんぎょを……ぷっ」


 時折顔だけ海面に浮かび上がる勇哉を思い出したのか、話している途中で紅来がたまらず噴き出した。

 それを見て他の二人も、うつむいて肩を震わせる。


「なお悪いわ! ってか、なんだよ川島金魚って!」


 それじゃあみんな、いいかな?と、先生が再びみんなの顔を一瞥する。

 それを合図に、調理係の先生と可憐を除いた八人が、クジ棒に手を伸ばした。


「せえ――のっ!」


 先生の掛け声で一斉にクジが引かれる。

 色付きを引いたのは、華瑠亜、初美、そして……。


 ――俺か。


 まあ、できるだけこの世界のことはリサーチしておきたいし、買い出しについてはやぶさかではないんだが……りにってこのメンバーか。

 どういうわけか、華瑠亜は初美にあまり良い感情は抱いていないようだし、道中ギスギスしたりしないだろうか?


「華瑠亜。うららと変わってやったら? 買い出し係」


 初美のことを考えてこっそり華瑠亜に提案したが、嫌よ、と即座に断られた。


「私が調理の手伝いや掃除なんて出来ると思う!? バカじゃないの?」

「何で偉そうなんだよ……」


 ゴミ屋敷一歩手前だった華瑠亜部屋を思い出して嘆息する。


「それじゃあ俺が麗と――」替わろうか?と言いかけて、それも華瑠亜に遮られた。

「買い出しに一人くらい男手がなきゃ困るかもしれないじゃない」


 確かに、十人分だしそれなりの量にはなるかもな。


「じゃあ、初美が誰かに代わってもらうか?」


 D班でもなく、極度の人見知りの初美は麗と一緒の方がいいだろう、と考えての提案だったが、今度は初美が首を振る。


 何だよ……買い出し係、大人気じゃねぇか? くじ引きの必要、あったのか?


「あのなあつむぎ」と、勇哉が俺の肩にポンと手を乗せ、

「あとからゴネてどうにかするんじゃ、くじ引きをした意味がないだろう?」


 可憐しのこいつにとっては一緒に別荘に残れて万々歳なんだろう。

 まあ、少し初美に訊いてみたいこともあるし、これはこれでいっか。


「ここから海沿いに出て北へ行けば、そのうち市場スークが見えてくるよ。一本道だし、大丈夫でしょ?」


 紅来のざっくりとした説明を聞いて、俺たち三人は別荘を後にした。

 


               ◇


 夕方と呼ぶにはまだ早い、午後五時――。

 八月に入ったばかりの太陽が水平線の下に隠れるまで、まだ一時間半以上ある。

 木々の隙間から見え隠れする夏の海が、日の光をキラキラと乱反射させていた。


 そんな防砂林を横に見ながら、小石や松の葉が散らばる未舗装の道を歩く三人の影。俺と華瑠亜、そして、後ろから付いてきている初美だ。

 華瑠亜と初美は、二人ともTシャツにショートパンツと言うラフなスタイル。


「そうそう、そう言えば初美にさ――」と振り返ると、初美がびくっと肩を跳ね上げるのが見えた。

「……えっと、その魔具のことでちょっと聞きたいことがあるんだけど」

「にゃんだ?」


 クロエが答えた。

 あのサトラレ精霊、出しておくのか……。


 極度の人見知りの初美に代わってコミュニケーションを取ってくれる使い魔なのだが、思ったことを何でも口に出してしまうのが難点だ。

 少し歩みを遅らせて初美に並ぶと、こっそり耳打ちで尋ねる。


(クロエ、出してて大丈夫なのか? また、変なカミングアウトしないだろうな?)


 そよ風に吹かれて揺れ広がる黒髪の向こう側で、頬を赤らめながらこくこくと頷く初美が、その身をよじるように俺から距離を置く。


 ――やべ。近づき過ぎたか。


「大丈夫だにゃん! 話して良い事悪い事、ちゃんとクロエもわきまえてるにゃん!」


 そう言うことをわざわざ言ってる時点で、怪しいんだよおまえは。


「何なの? 二人でコソコソと。いつの間にそんなに仲良くなったわけ?」


 華瑠亜も振り返って、怪訝そうに眉をひそめる。

 初美とのことで、この世界の俺から恋愛相談を受けたことがあるらしいからな。いぶかしく思うのも無理はないか。


「うん、先日、ちょっと……」

「ちょっとって何よ?」

「ちょっとはちょっとだよ」

「だからその〝ちょっと〟が何なのか訊いてんのよ!」


 意外と追求が厳しい。


「な、なんでそんなに食いつくんだよ!? おまえ、大雑把さがウリだっただろ!」

「売ってないわよそんなもの!」

「……麗と三人で、ちょっと話す機会があっただけだよ」

「三人で? どこでよ? ちょっとってどれくらい?」


 めんどくさ!


「ちょっと俺の部屋で! ちょっと五時間くらいだよ!」

「はあ? な、何それ!? ちょっとじゃないじゃない!」

「でさ、その指輪の魔具のことなんだけど……」


 初美の方に向き直る。


「ちょ、ちょっと紬! めんどくさいからって無視するな!」


 華瑠亜が何か叫んでるが、めんどくさいから無視しよう。


「それってどこで手に入るの?」


 初美が心配そうに俺と華瑠亜を交互に見ながら――。

 指輪を付けた左手を目の前まで持ち上げて、これ?と聞き返すようにわずかに首を傾げる。


「これは街の魔具ショップで買ったものにゃん。銀貨三枚だったにゃん」


 初美の代わりにクロエが説明する。


「それ、ちょっとだけ借りてもいいか?」

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