05.ズルいよね

 一旦、全員で簡易休憩所に入り、軽く昼食を済ませる。

 ついでに、売店で人数分購入した魔石を使って、それぞれ日焼け止めの抵抗魔法を施す。

 本来、抵抗魔法は聖職系の僧侶プリースト司祭ビショップの領分だが、簡易魔石に加工されている時点で誰にでも解放できる術式に組まれている。


 俺も、魔石を左手で握って「日焼け止め!」と呟いてみる。一瞬だけ魔石が白く光り、すぐに粉々に砕けて空気中に消えてしまった。

 どうやらこれで完了らしい。実に簡単な詠唱だ。


 ちなみに、魔石が消滅するのは魔粒子に含まれていない〝光属性〟のエレメントを利用しているせいで、この魔石一つで半日ほど効果は持続するそうだ。


 その後は、それぞれ思い思いの場所で自由行動となる。


 うらら初美はつみ立夏りっか、そして優奈ゆうな先生の文科系四人は、休憩所に残ってのんびり過ごすことにしたようだ。

 休憩所と言っても、砂浜に敷かれた御座の上に、日除けの屋根が仮設されただけの簡素な物。異界版パラソルとでも言った方がいいかもしれない。


 歩牟と勇哉は、少し泳いでくると言って海へ。

 一人、浜に残って波打ち際で腰を下ろしていると、


「紬! あそこまで泳がない?」と、沖を指差しながら誘ってきたのは華瑠亜だ。

「と……遠くね?」


 華瑠亜が指した先には、沖に並べられた波除けの岩が見える。距離は百五十メートル程だろうか。

 泳げないわけじゃないが……俺たちくらいの年頃って、海に来てそんなにガチで水泳するものか?


 視線を落として、隣で座っているリリスを見る。

 このサイズじゃさすがに遠泳は無理だろうし、俺が離れたら声も姿も消えてしまうからな……。

 万が一のことがあったら見つけ出せなくなりそうだ。


「いや、今はいいや。リリスもいるし」

「そっか……」


 華瑠亜もちらとリリスを見下ろしながら、両手を後ろで組んで再び俺の方に向き直る。


「ちなみにさ、この水着……どうかな?」


 そういえばこの前、ウィレイアの中で水着を買ってきた、って言ってたな。

 これが、新しい水着なのか。


 スポーツブラのような形のトップスに、下はミニのプリーツスカート。ちょうど、テニスのスコートのようなデザインだ。

 上下とも明るい黄色で、華瑠亜らしい、健康的で溌剌はつらつとしたイメージのセパレートタイプ。


「似合ってるよ。とっても」


 言葉は月並みだが、お世辞ではなく、心からの感想だ。


「そ、そう? ほんとに!?」

「俺がおまえに、そんなことで気を使うかよ。似合ってなかったら、ちゃんと辛辣しんらつな意見を申し上げますわ」


 思わず元の世界にいた頃のノリで答えてしまったが、


「そ、そうよね。そか……いろいろ迷ったんだけど、よかった、これにして!」


 そういって、少し照れたように頬を赤らめる。

 へぇ――……こいつも、こんな女の子らしい表情を見せることがあるんだな。


「じゃあ、あたしは泳いでくるね!」


 そう言い置いて、ツインテールを揺らしながら海へ入駆け込んでいく華瑠亜。

 可憐かれんや紅来と一緒に、体育会系三人娘で、くだんの岩を目指すようだ。


 ん? 勇哉も行くのか。

 元の世界ではあまり泳ぎは得意じゃなかったと思うけど……こっちの世界ではそうでもないのかな?


 それにしても、勇哉の顔が本当にだらしない。

 鼻の下が伸びるという言い回しを最初に使った人は、きっとあんな顔を見ていたのだろう。


「紬くんも、華瑠亜ちゃん達と一緒に行ってよかったのに」


 波打ち際、寄せる波を足先でバシャバシャと打ちながらリリスが呟く。

 隣で俺も、波と砂に両足をくすぐられる感覚を堪能する。


「おまえだって、せっかくだし入りたいだろ、海」

「そうだけど……いいよ別に。私のことは放っておいて皆と一緒に遊びに行っても」


 そうは言われてもなあ……と、改めてリリスを眺める。

 こんな穏やかな海でも、背丈が二十センチ足らずのリリスにとってはちょっとした大波の連続だ。

 実際、危うく引き波にさらわれそうになっている場面を先ほどから何度か見ている。


「そんなプカプカした状態のおまえ、放っておけないじゃん」


 それを聞いてリリスが、少し照れたような表情を浮かべてうつむく。


「それ! そういうとこだよ! たまぁに優しい言葉をかけるのがズルいよね、紬くん。さすがチーターだよ!」

「やかましいわ」


 優しさ、というよりも、とにかくリリスにいなくなられては俺も困る。

 なにせリリスは、魔物と相対あいたいした時には最後の切り札のような存在なのだ。


 もちろん、そういった実利性だけじゃない。

 振り返れば、この世界に来て以来、リリスの存在でどれだけ孤独感を紛らわせることができただろうか?


 今、こんな世界にいる原因もリリスにもたらされたものではあるが、こいつが今の俺の立場を一番理解していることもまた事実だ。

 友情や、ましてや恋愛感情などとはまた違う――敢えて言うなら、戦友に抱くような気持ちがこれに近いのかもしれない。


 リリスの方はどう思っているんだろうか?

 元々は俺を誘惑するために近づいたと聞いたが、この世界に来てからのこいつを見ている限り、とてもそんなことを企んでいるようには見えない。


「もし俺が近くに居ない時に波にさらわれでもしたら、どうするんだよ」

「ん~、サイズも戻せないし、体は透明になるし、とにかく自力で泳いで戻るしかないよ」

「できるの?」

「ど……どうかな」


 泳ぐと言っても、リリスのサイズでは海面のうねりを越えるのも一苦労だろう。

 離岸流にでもさらわれたら生還も救出も不可能だ。


「初美んとこのクロエみたいに、おまえも空中をふわふわ飛べたりしないの?」

「う~ん……。この前、クロエちゃんのこと見ていて分ったんだけど、初美ちゃんの魔力をマナに変換して、体の中でエネルギーに変えてるみたいなの」

「おまえはできないの?」

「どうだろう? とりあえず〝折れ杖〟だと、紬くんの魔力は魔粒子の状態のまま開放されていたから……大きくはなれるけど、空を飛ぶのは無理っぽい」


 リリスが少し寂しそうな表情を浮かべる。

 それじゃあリリスは、このままずっと、一生ポーチ暮らしなんだろうか?

 ノートの精も、肝心なところで気が利かないというか、残酷というか……。


「でも、もしかすると……」と、再びリリスが続ける。

「……ん?」

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