04.プレアデス

「海だぁ! 水着だぁ! ひゃっほ――!」


 海パン一枚になった勇哉ゆうやが諸手を挙げて砂浜を駆けて行く。

 ひゃっほーなんてセリフ、リアルでは初めて聞いたかもしれない。


歩牟あゆむたちは、去年もオアラだったんだよな? 勇哉も一緒だったんだろ?」


 初めて遊園地に来た子供のように浮かれている勇哉に首を捻りながら、歩牟あゆむに尋ねてみた。


「ああ。ただ、去年は宿泊代ケチって日帰りの強行軍だったから、海なんて寄ってる暇なかったんだよ」


 ずっとあいつはゴネてたけどな、と、歩牟が勇哉をあごで指しながら苦笑い。

 それであのハイテンションってわけか。


 オアラ海岸と呼称されているが、周辺マップを見る限り、この辺りは元の世界の 〝大洗おおあらい海水浴場〟よりは七~八キロほど北にある砂浜だ。

 テイムキャンプで訪れたトゥクヴァルスから見ると、四十五キロほど東――恐らく、元の世界で言えば 〝阿字ヶ浦〟 辺りだろう。

 大洗と並んで人気の海水浴場だった記憶はあるが、この世界ではこの辺りの海岸線は総じてオアラ海岸と呼ばれているようだ。


 課題で潜入するはずのオアラ洞穴は、ここより更に十キロほど北上した場所にある「シルフの丘」と呼ばれる丘陵にあるらしい。


 とりあえず今日のところはこの辺りの海水浴場でバケーションを満喫し、洞穴探索は明日、というのがD班のプランだ。

 紅来くくるの別荘のおかげで宿泊費なんかは気にせずに済むので計画にも余裕がある。


「お待たせ――!」


 華瑠亜かるあの声に振り返ると、水着に着替えた神セブンが列になって歩いてくるのが見えた。

 家でいもうとの洗濯物なんかも目にしたことはあるので、大正時代の潜水服のような当代風のデザインでないことは分かっていたのだが。


「「ほおぉ――……」」


 まるで、ギリシア神話の七人姉妹プレアデスでも降臨したかのような予想以上の絶景に、俺も歩牟も思わず感嘆の息を漏らす。

 例えボキャブラリーが貧困だと言われようが、月並みな感嘆詞以外の感想が出てこない。


 可憐かれんと紅来は元の世界でも見られたような通常のビキニ。

 優奈ゆうな先生も同じタイプのビキニだが、さらにその上からレースを重ね着している。

 黒いミニワンピースのようなうららの水着も大人っぽくてセクシーだ。

 初美はつみのあれは……もしかして、スクール水着か!?

 立夏りっかは可愛らしいフリルのセパレート。対照的に、華瑠亜かるあはプリーツスカートタイプのスポーティーなデザイン。


 素材までは詳しく分からないが、見た目だけなら元の世界の水着とまったく変わらない。さすが、現代日本のRPGゲーム設定を基に改変された世界だ。

 水着のような萌え要素はエンタメ的には力の入る部分だろうし、時代背景を無視したお約束な設定がそのまま生かされているのだろう。


 非常にありがたい。


 周りの海水浴客からは、「うわっ!」と言った羨望の眼差しを集める一方、「なんだあいつら?」という、俺たちへの妬みの視線も痛かったが。



「なに? さっきから鼻の下伸ばしちゃって」


 軽く俺を睨みながら、最初に近づいてきたのは華瑠亜だ。


「さっきから?」

船列車ウィレイアの中とか、さ」

「ウィレイア? なんの話だ?」

あんた、紅来に抱きつかれて表情筋が緩みきってたじゃん」


 ああ、あれか……。


「緩んでなんていないだろ。抱きつかれたっていうか、腕をからまれただけだし」

「でも、ちらちら胸とか見てたじゃない」

「別にそんなの……!」


 ……見てたな、確かに。

 そりゃ、あんな風に胸に挟み込まれるように抱きかかえられたら、見ない方がどうかしてるだろ!?

 っていうか華瑠亜も、あんな位置からよく見てんなぁ……。


「ほんと男子って、みんなおっぱい大好きマンなんだから」

「そんなんじゃないって。勇哉と歩牟はともかく、俺はどっちか言うと脚フェチ……イテッ」


 歩牟が、横から俺のふくらはぎに軽くサイドキックをかます。

 華瑠亜の肩に腕を回しながら、次に話しかけてきたのは紅来だ。


「二人はさぁ、この七人の中で、誰が一番好みぃ?」


 こいつもまた、とんでもない質問を……。

 視線をスライドさせると、七人全員と順番に視線が交わる。


 もしかして、注目されてる!?

 思わず横を向いて歩牟と目を合わせ、互いに小さく首を振る。


 この状況で誰かを選べと?

 無理だろ!!


「ちょっとちょっとぉ! 私も居るんですけど!?」


 声の方へ視線を落とすと、ベルトポーチからリリスが顔を覗かせていた。

 下半身は普段着ているメイド服のスカートのまま、上半身だけは黒いビキニ姿。


 これって確か――。


「リリカたんが水着回で着てたやつ!?」

「リリカたん? よく分からないけど、水着が欲しいなぁって思ってたら、服がこれに変わったんだよ」


 そういえばあのメイド服、汚れてもいつのまにか綺麗になってるし、巨大化にも耐えられるし……おまけに衣替え機能まで!?

 さすがは魔界産とでも言うべきか。

 この世界の物理法則とは別の次元で存在しているようだ。


「そんなことができるなら、他の服にも変えられるの?」

「ううん。試したけど、メイド服以外は今のところこの水着だけ」


 リリカたんを基にした設定だけに、変身できるのはアニメで登場した服装だけ、ということだろうか?

 ほぼメイド服だけだった気もするが、水着以外になにか着ていた服はあったっけ?

 今度ジャケットイラストでも確認してみるか。


「似合う?」

「う、うん……似合ってる」


 俺の返事を聞いてニコニコと嬉しそうに微笑むリリス。

 食い物にしか興味がないのかと思っていたが、コスチュームを褒められて喜ぶ辺り、悪魔とはいえ普通に女の子っぽい部分もあるんだな。


「なに難しい顔してんの?」と、小首を傾げるリリス。

「ああ、いや、そのビキニ……ずり落ちたりしないのかな、って……」

「はああ?」


 みるみるリリスの眉尻が釣り上がる。


「もしかして、私の胸が物足りないって言いたいの!?」


 物足りないと言うか、見当たらないと言うか……。


「ごめん、そういうわけじゃないんだけど……」

「そ、そこで謝らないでよっ! だいたい男って、みんな胸だのお尻だの脚だの……外面に騙されてデレデレしちゃってさ! もっと中身も見ろ、って話だよ!」

「…………」


 こいつ、本当にサキュバスか?

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