03.紬の彼女
勇哉と紅来が瞳をキラキラさせながらジッと俺を見返してくる。
おんなじ顔してんなぁ、こいつら……。
「確かに春ごろ、初美が気になっていた時期はあった(らしい)」
「あった、って……もう過去形なの?」
すぐに紅来が聞き返してくる。
「うん。今は別に何とも思ってない。嘘だと思うなら
「なんで華瑠亜に?」
首を傾げた紅来が、離れた席で談笑中の華瑠亜へ視線を向ける。
そっか。紅来が知らないってことは、華瑠亜も初美のことを話してないってことだよな。意外と口が堅いじゃん。
とりあえず、春ごろの俺が初美を好きになり、華瑠亜にグループデートのお膳立てを頼んだ(らしい)ことを話して聞かせる。
「な~んか取って付けたような説明だけど」と、まだ納得していない様子の紅来だったが……。
「まあいいや。それはあとで華瑠亜に裏取りしてみるよ」
俺と初美がどうにかなることについては華瑠亜も快く思っていなかったようだし、聞かれても下手なことは言うまい。
「で……紅来が言ってた、紬の彼女がどうの、って話は、何なんだよ?」
勇哉が蒸し返す。
チッ……やっぱり忘れてなかったか。
「それはリリスの話に、紅来が面白がって話を盛っただけ」
「何それ? 俺にも教えてよ、リリスちゃん!」
勇哉が俺のポーチを覗き込むが、リリスはプイッと膨れてそっぽを向く。
「私はアホの子なので、何にも覚えてませ~ん」
よし、いいぞリリス! その調子だ!
……と言っても、そもそもの原因もこいつなんだが。
「まあ、リリスちゃんの話以外にも、いろいろネタは上がっているのだよ」
「ネタ?」
「うんうん。例えば……彼女と二人で、キャンプ場でお泊りしたこととか」
「なんですとぉ~!!」
万歳をするようなジェスチャー付きで大袈裟に驚いてみせる勇哉。
歩牟もさすがに目を丸くしている。
つか、俺も驚いたわ! なんで紅来がそのことを知ってるんだ!?
「違う違う!
「なに?」と、歩牟の口調まで、やや険を含んだものに変わる。
そう言えば歩牟は、優奈先生推しなんだっけ。
「二人でお泊りって……
「違うってば! 先生を含めて三人ってこと、もう一人は立夏だよ、立夏!」
紅来が知っている時点で隠しても無駄だ。それよりも問題なのは――。
「紅来は、なんでそのこと知ってんだよ?」
「ん? だって、さっき優奈先生が話してたよ。楽しそうに」
アホか、あの先生は!
「紬、立夏と付き合ってんの?」
尋ねる勇哉も、紅来の向こうで身を乗り出している歩牟も意外そうな表情だ。
「そんなんじゃないって! もしそうなら優奈先生も一緒とかおかしいだろ。あれはいろいろな状況が重なって、仕方なく……」
「黒崎だの立夏だの……紬はあれか?
「〝なんか〟って何だよ? 大きさじゃなく、俺は形重視なの。巨乳好きの
「そうは言っても、小さいよりは大きい方がいいに決まってるべ?」
俺たちの胸談義に、紅来が眉を
「うわぁ……女子の前でちっぱいがどうとか巨乳がどうとか……セクハラ発言全開じゃん。女子を胸で見てるなんて最低!」
「ほんとだよな。女の敵にお灸を据えてやってくれよ」と、紅来を
よし、これで話題を逸らせればいいんだけど……。
と思って紅来の方へ顔を向けると、俺を見据えるジト目と視線がぶつかった。
「俺じゃねーよ! 勇哉だよ!」
勇哉が腕組みをして考え込む。
「
「ダンデレもハジデレも、胸とは関係ないだろ……」
「なに? その、ダンデレとかハジデレって?」
勇哉の発した聞き慣れない単語に紅来が反応する。
「ヒロイン属性だよ。普段はダンマリ無表情ってのがダンデレ、恥ずかしがり屋はハジデレ」
「それ……〝デレ〟要るの?」
期せずして、デレ増え過ぎ問題に鋭く切り込む紅来。
「デレはもう『女子』みたいな意味だから。いいんだよ、実際にデレなくても」
「指フレームまで使って何を話してるかと思えば、くっだらない……」
呆れたように肩を
「で、私は何デレ?」と、確認も忘れない。なんだかんだで気にはなるようだ。
「サドデレ。人のことイジって楽しむS気質」
「イジるのは好きかもだけど、だからって
「いいんだよ。広~い意味でのサドだから」
「ふ~ん……ナントカデレって、今、そんなの流行ってんの?」
「暇潰しに持ってき来たこれ、貸してやるから読んで勉強しとけ。大体載ってる」
勇哉が鞄から一冊の本を取り出して紅来に渡す。
タイトルは……〝チート修道士の異世界転生〟! またそれか!
「あ~、なんか、男子には人気あるみたいね、これ。作者は……
「ああ、これがデビュー作だからな」
「ふ~ん……。まあ、いいや。んじゃ、借りとくよ」
そのとき。
座席から通常走行時の振動とは違う妙な揺れが伝わってきた。
ざわざわ、っと、不穏な空気が客室内に流れる。
外を見ると、民家の柵や停車中の魔動車が不自然に揺れているのが分かった。
――地震!?
「一昨日、大きな地震があったらしいからな。多分その余震だろ」と、歩牟。
「洞穴に入っている時に揺れたら……どうしよう」と、紅来も表情を曇らせる。
いや、表情だけではない。
いつの間にか、紅来に絡み取られた俺の左腕は、同級生の中では大きさの目立つ彼女Dカップに挟み込まれるように、ギュッと抱きしめられていた。
すでに揺れは治まっていたが、腕を伝って早鐘のような紅来の鼓動が伝わってくる。
気が付けば、女子席からは薄目になった華瑠亜、立夏、初美から冷ややかな視線を向けられていた。
「お、おい、紅来! 腕! 腕!」と、俺が左手を揺すると、ようやく紅来も気が付いて腕を離した。
「あ、ごめんごめん!」
紅来にしては珍しく、頬を赤くして恥らうような表情を見せる。
「紅来、地震が苦手なのか?」
「そういうわけじゃないけど……あんまり得意じゃないだけ」
それを苦手と言うのではなかろうか……。
もう一度外へ目を向ければ、いつの間にか青々とした松林が迫っていた。
木々の合間から、細切れにされたように見え隠れする海原が、太陽の光を反射してキラキラと輝いている。
車内時計の針は、到着予定時刻の正午を指していた。
いよいよオアラに到着だ。
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