02.誰が一番人気だったの?

「とにかく、まずは相手に自分の存在を意識してもらうこと。なぎじゃヨットは動かないが、風さえ吹いてりゃ逆風でも前に進めるんだよ」


 話題がこれじゃなければ、なんか名言っぽいんだけどな……。


「華瑠亜のツンデレツインテも、すぐに人をいじりたがる紅来のサドデレおっぱいも、草食系の俺とは相性抜群なんだよなぁ」

「草食系? 新しいギャグか?」

「う~ん……どちらも捨て難いぜ」


 可憐はどこいった!?


 さらに勇哉の指フレームが、初美と話している麗を捉える。

 話している、と言っても、先ほどから麗が一方的に初美に話しかけているだけのようだが……。

 さすがにみんなの前では、あのぶっちゃけ精霊クロエを召喚するのは危険か。


「唯一の眼鏡っ子、麗も外せないよな」と、勇哉のヒロイン分析が続く。

「そしてあのアッシュヘアー。印契を結んで詠唱している時の神秘的なたたずまいが、インテリ女子っぽくてそそるんだよ」


 中身はBL好きの腐女子だが。


「そして忘れちゃいけないのが、ダンデレ立夏!」

「何かまた、マイナーなデレが出てきたな」


 歩牟の指摘に、両手を頭の上に乗せて大袈裟に驚いてみせる勇哉。


「なに言ってんだよ。ダンデレは今や、デレ四天王の最後の一枠を争うデレだぞ!」


 他の三つは何だ?


「ダンデレのダン、って何のダン?」

「ダンディーとだんまり、二つの説があるが、まあ似たようなもんだ」

「四天王の割には、定義が曖昧なんだな」


 ここまで来たらもう、全員分聞いとくか。


「じゃあ、初美は?」

「初美? 誰?」

「誰って……黒崎初美だよ」


 少し間が空いたあと、「ああ!」と、勇哉が思い出したように拍手を鳴らす。


「黒崎のことか! っておまえ、いつの間に下の名前で呼んでんの?」

「あ、ああ、この前ちょっと、麗と三人で話す機会があって……」


 ふぅん、といぶかしげな表情を浮かべたものの、それ以上気に留める様子もなく勇哉が続ける。


「ほとんど話したことはないが、恐らく恥ずかしがり屋枠だな。普通に見りゃハジデレだろ。ただ、ああいう子が、中身は意外と肉食系だったりするんだけどな……」


 なるほどハジデレか。

 さすが勇哉、よく見てるな。

 肉食系の初美ってのは、ちょっと想像できないが……。


「わたしは何デレ?」


 ポーチの中から顔を出したリリスを、勇哉が見下ろす。


「ああ~、リリスちゃんは……あれだ、アホの子か、腹ペコだな……」

「はぁ? 何それ? デレは!?」

「ま、俺はこんなもんかな。次はおまえが選ぶ番だぞ、紬!」


 リリスの抗議を無視して勇哉が俺へバトンを渡す。

 ……と言うか、結局勇哉の本命は誰だったんだよ?


 その時、だいぶ乗客もまばらになった車内を、紅来くくるがスルスルと横切って近づいてきた。


「あんたたち、さっきからまた、ろくでもないこと話してるでしょ?」


 そう言いながら、俺と勇哉の間にお尻をねじ込むように座ろうとするので、慌てて横にズレてスペースを空ける

 服の上からでもわかる、紅来のいかにも重みのありそうなふっくらとしたバストを前に、勇哉の鼻の下が伸びきっているのが分かった。


 編み下ろしのポニーテールからふわっと漂う甘い香り。

 この世界では香りの付いた洗髪料はかなり高級品らしいが――。


 元の世界では、紅来の両親はどちらも国会議員だった。

 こっちでも代議士先生ってことはないだろうが、これから向かう別荘といい、可憐と同じ高級住宅街の自宅といい、かなりのお嬢様なのは間違いないだろう。


「で? 私たちの中で誰が一番人気だったの? どうせそんな話でしょ?」


 紅来が新しい玩具を見つけたような表情で、俺と勇哉の顔を順番に覗き込む。


「今のところ、みんな同点だな」

「あんたたち三人なのに、どうやって同点になるわけ?」


 勇哉の答えに、紅来が不思議そうに聞き返す。


「歩牟が優奈先生に一票。他の六人に俺が一票ずつだ」


 なんじゃそりゃ?

 しかし、そんな勇哉の答えに、紅来も特に突っ込みもせず俺の方を向くと、


「ってことは、最後は紬の一票次第ってことか」と、にっこり笑う。


 あ~、なるほど。

 もう紅来が何を言い出すのか大体分かった。


「それじゃあもう、一位は決まったようなもんじゃん」

「決まった? 何で?」と、紅来の言葉に、勇哉だけでなく歩牟まで身を乗り出して説明の続きを待つ。

「だって、紬の一票は、カノジョ・・・・に入れないわけにいかないでしょ?」


 悪戯っ子のように、にやにやと愁眉しゅうびを開く紅来。

 彼女が一番危険なモードに突入したことを物語る、小悪魔的コケティッシュな微笑。


「彼女? なんの話?」


 さっそく勇哉ゆうやが、興味津々といった様子で紅来くくるの言葉に食いついた。噂話ゴシップ大好物というのは紅来との共通点だ。

 紅来と勇哉……もしかすると最悪のコンビかも知れない。


「そんなの紅来が勝手に言ってるだけだよ。真に受けるな」

「おまえには訊いてない。おい紅来、こいつ、D班の誰かと付き合ってんのか!?」


 俺を無視して、なおも紅来に詰め寄る勇哉。


「ん~、どうしよっかなぁ~、言っちゃおうかな~」と、紅来も楽しそうに瞳をくるくると動かしている。

「おい紅来! おまえ、こっちに座れ!」


 一旦紅来を立たせて、勇哉とは反対側に座らせながら、


「ほんとにカノジョなんてできたら、隠さず話すって……」と、勇哉を牽制。


 それでも――。


「そこまで話して結局言わないとか、マジ勘弁だからな、紅来!」


 俺越しに、勇哉がさらに紅来を問い詰める。

 すでに爛々らんらんと目を輝かせているこいつには、俺の牽制も焼け石に水……いや、下手をすれば火に油になるかもしれない。

 

 さらに、隣にきた紅来越しに余計な質問をしてきたのは――。


「そう言えばつむぎ、春ごろに黒崎が気になるようなこと言ってたよな? それのこと?」


 歩牟あゆむ、おまえもか!

 春頃の俺、一体何をみんなに吹聴してたんだ!?


「全然関係ないから、それ!」という俺の否定も空しく、歩牟の漏らした情報に小躍りしながらがっつりとかぶりつく紅来。


「なになに!? 何その新情報!?」

「い、いや、俺もよく知らないんだけど、そんな話を小耳に……」


 歩牟も、紅来のアグレッシブ過ぎる食い付きにやや退き気味だ。

 もう、あっちに戻れよ、紅来!


「紅来が言ってた紬の彼女の話って、黒崎の件とはまた別の話なのか?」と、再び話を戻す勇哉。


 あ~もう、何だこれ!?

 収拾がつかん!


「わかったわかった! 勝手に話を進めるな! 俺が自分で説明するから! まず初美のことだけど……」と言って、一旦両脇を見遣ると、勇哉と紅来が瞳をキラキラさせながらジッと俺を見返してくる。


 おんなじ顔してんなぁ、こいつら……。

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