第八章【オアラ洞穴①】出発

01.逆風でも前に進めるんだよ

 麗と初美が家に来た日から四日後――。


 ここ、オアラ方面行きの船列車ウィレイア内には、夏休みのダンジョン攻略に向かうD班  (及びプラスアルファ)のメンバーが乗り合わせていた。


 一昨日の夜、オアラの北エリアで大きな地震が発生したとの報があり、余震の恐れもあるため、学校から可憐かれんの元へ計画変更の申し入れがあったらしい。

 しかし、この人数のスケジュールを再調整するのは難しいということで、優奈ゆうな先生が引率として同行することを条件に、日程は予定通りに落ち着いた。


 先生はもともと行きたがっていたみたいだし大喜びのようだったが、個人的には心配の種が追加されただけに思える……。


 男子メンバーは、俺の他に勇哉ゆうや歩牟あゆむの二人。

 D班は俺だけだが、男子が俺一人で二泊もするのはさすがにしんどいと思い、予定が空いていた二人にも声を掛けたのだ。

 宿泊予定の横山家の別荘は充分な広さがあるらしく、紅来くくるもメンバー増員については快諾してくれて助かった。



「結局のところ、つむぎの本命は誰なんだ?」


 目だけを女子たちの方へ向けながら、隣に座っていた勇哉が耳打ちをしてくる。


「何だよ、結局のところ、って」

「だっておまえ、チーターなんて言われて白い目で見られていたと思ったら、いつの間にかD班全員とそれなりに上手くやってるじゃん?」

「だからって何で、本命が誰かなんて話になるんだ?」


 隣の勇哉に釣られて、俺も談笑している女子たちに目線を留める。


 二年B組D班の石動可憐いするぎ かれん横山紅来よこやま くくる藤崎華瑠亜ふじさき かるあ雪平立夏ゆきひら りっか長谷川麗はせがわ うららの五人に加え、麗が誘った黒崎初美くろさき はつみに、引率の優奈ゆうな先生を加えた七人。


「見たまえ! うちのクラスが誇る神セブンを! まさに眼福!」

「うるせーなあ」


 耳元で息巻く勇哉から思わず顔を離す。


 神セブンとやらのうち六人は、元の世界の勇哉が自分で選んだベストシックスなんだし、そう思うのも無理はないだろう。

 残る一人も、黒髪を胸元まで伸ばした美少女、黒崎初美だ。容姿だけならあの中に混ざっていてもまったく遜色はない。

 まさに、モデルクラブの遠足か何かと見紛みまごうような光景。


 先ほどから、男性客の視線がちらりちらりと彼女たちに向けられているのも気のせいではない。

 最初は全員、クロスシートにまとまって座っていたのだが、そんな視線に居心地が悪くなり、男子だけで離れたこの長椅子に移動してきたのだ。


「あの中にいて何も感じないなんて……おまえ男色ゲイか?」

「何も感じないなんて言ってないだろ。勇哉ほど前のめりになってないだけだ」

「確かに……レベルは高い」と、普段は勇哉の言葉など聞き流しているだけの歩牟あゆむも、反対隣でぼそりと呟く。

「いやほんと、よく声をかけてくれた! 紬様々だぜ!」


 満足そうに何度も頷く勇哉。意気消沈していたテイムキャンプ直後からは、すっかり復活した様子だ。


「で、紬の本命は?」

「続くのかよ、その話……」

「続くに決まってんだろ。本命が被ってややこしいことになったら、友情の危機じゃん。用心に怪我なし!」

「もし本命が被ったら?」

「大丈夫。俺は、あの七人なら誰でもいいから」


 ああ、そっすか。


「俺は後でいいよ。そんなこと考えたこともないし……勇哉から先に宣言すれば?」

「いいのか? 太っ腹だなおい!」


 それはいろいろ成就したあとに言ってくれ。


「歩牟は? どうだ?」と、今度は俺を挟んで反対隣に質問を向ける勇哉。

「俺は優奈先生……かな」


 即答する歩牟に、勇哉もさもありなんと言った様子で頷く。


歩牟おまえはほんと、おっぱい好きだなあ」

勇哉おまえに言われたくねぇよ! べつに胸だけじゃなくて、全体的な雰囲気とか……落ち着いた大人の女性って感じが好きなんだよ」


 落ち着いた? 大人の女性? 誰が?


「分かる分かる。確かに、他の女子より五年長く生きてるだけのことはあるよな、あの胸は」


 勇哉も勇哉で、まったく人の話を聞いてないな。

 そもそも、五年で急激に胸が大きくなったわけでもなかろうに。


「俺はやっぱり……可憐だな」


 手で口元を隠しながら、女子たちを値踏みするように見つめる勇哉。


 この真剣な眼差し、ハリウッド映画なんかでよく見かけるな。

 被疑者を追求するFBIの捜査官が、よくこんな表情をしている。


「胸、腰、脚……プロポーションのトータルバランスは、間違いなくトップ!」


 画家のように、可憐の均整の取れた肢体を指フレームに収めると、片目をすがめて覗き込む勇哉。


「そして、決め手はやっぱり、あのクーデレ属性なんだよなぁ。キリッとしたクールビューティーに叱られると、ゾクっとして癖になるんだよ」

「M男か? M男なのか?」

「そう言うわけじゃないけどさ。あの声で、照れながら『あ~ん』なんてされてみ? 破壊力無限大だぞ?」

「されてみ、って、なに経験者みたいに語ってんだよ」


 勇哉の指フレームに気付いた可憐が、ゴミ虫でも見るかのように目を細める。あんなさげすみの視線も、もしかすると勇哉にはご褒美なのかもしれない。


「じゃあ、勇哉は可憐狙いなんだな」

「いやいや、それがそうとも限らない。理想と現実は、必ずしもイコールではないのだよ、綾瀬くん」


 指フレームを、可憐から隣の紅来に移動させる勇哉。


「胸に限れば、優奈先生を除いてトップは紅来のDカップ。次点の華瑠亜も、C寄りだが……ギリギリDカップってところか」


 可憐かれんの耳打ちで、紅来くくるもこちらに気付いてまゆひそめる。

 歩牟がたまらず、


「勇哉。とりあえず指フレームは止めとけ。白い目で見られてるぞ」と、たしなめた。

「チッチッチッ! 解ってないな歩牟は。わざと白い目にさせてるんだよ」


 わざと?

 俺も思わず勇哉の方を見る。


「やっぱりM男か? M男なのか?」

「違うっつの! 男三人、こそこそ品定めしてたって何の進展もないだろ」

「してるのはおまえだけじゃん」

「一連托生だってば。どう思われようが、とにかく君たちを見てるぜ、ってサインは送っておくんだよ」

「それで嫌われたら元も子もなくね?」


 そんな懸念にも、自信たっぷりに首を振る勇哉。


「この程度のことじゃ、ウザがられたとしても、嫌われはしない」

「どっちも嫌だけど……」

「嫌われないことだけに気を付けてりゃいいのは一握りのイケメンだけだ」

「じゃあ、俺たちは何に気をつけるんだよ?」

「凡人が恐れなきゃいけないのは嫌われることじゃなく、無関心でいられること」


 得意満面の勇哉が、ほんとにFBI捜査官に見えてくる。


「とにかく、まずは相手に自分の存在を意識してもらうのが先決。なぎじゃヨットは動かないが、風さえ吹いてりゃ逆風でも前に進めるんだよ」


 話題がこれじゃなければ、なんか名言っぽいんだけどな……。

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