09.L・C・Oの世界

「でも、初美のことで紬くんを怒るなんて、もしかして華瑠亜ちゃんも紬くんのことを……」

「いや、それはないな。あいつのつてでちょっとしたバイトしててさ。俺に好きな子でもできたらそれが頼み難くなる、ってぶつぶつ言ってたけど」


 バイト内容が、華瑠亜の部屋のハウスキーパーだと言うことは黙っておこう。

 あれも、いろいろと誤解を招きかねない。


「えーっと……私のことは、怒ってない?」


 リリスが、恐る恐る机の上から尋ねてきた。


「ん? 何か、俺が怒るようなことあった?」

「ノートを間違って買ったこととか、ノートを落としたこととか……」


 確かに俺の転送のことだけを考えればリリスの失態チョンボが原因と言えるかも知れないが、麗や初美が既にこの世界に来ていたのは変わらない。

 二人の話を聞いた後だと、俺だけ怒るのもなにか違う気がする。


 それに――。


「成り行きで始まったことだけど、今はこの世界の生活もそれなりに大切に思っているし」


 リリスの顔がパッと明るく輝く。


「そっかそっかあ! それじゃあ、それは私のおかげだね!」

「いや、そこまでポジティブに評価はしてるわけでもないけど」

「なんか、安心したらお腹減ってきた!」


 こいつ、そればっかりだな。

 テーブルからお菓子を一つ取ってリリスに渡してやる。


「それにしても、川島くんが考えた内容が、たまたまこの世界にマッチングしてたのはすごい偶然ね」

「いや、偶然じゃないだろう」


 L・C・Oの設定らしきものが貼ってあったノートの内容を思い出す。


「麗がこっちに来た後、勇哉もそのL・C・Oとか言うゲームを始めてたからな」

「そういえばさっき、そんなこと言ってたね……」

「うん。あいつの世界設定も、そのゲームがベースになっていたんだよ」

「ということは、私や初美と川島くんが想定した世界は、どれもほとんど一緒だった可能性が高いのね?」

「うん。想像だけど、リリスの魔力だけじゃ一からの世界改変は割に合わないと思ったノートの精が、以前作ったこの世界に俺とリリスを転送したんじゃないかな」


 もしそうなら、手抜きもいいところだ。

 だが、それとは別に腑に落ちないことがもう一つ。


「世界観なんかが似通にかよっていたのは分かるけど、みんなの専攻職までぴたりと一致してたのは、さすがに偶然で片付けるわけには……」


 頷く麗と初美。

 最初に、ゲームのアンケートと言う形でノートを利用した麗も、D班の他のメンバーの専攻職まで設定してたわけじゃない。


 麗を、ゲームの通り幻術士にしたのはまだ分かる。

 華瑠亜や可憐かれんについても、弓道部だから射手、剣道部だから剣士……という連想で、自動改変プログラムと勇哉の思考が偶然一致した可能性はある。


 だが、立夏りっか紅来くくる、優奈先生に関してはどうだろう?

 女魔法使いソーサレス盗賊シーフも、そして回復術士ヒーラーも、三人のリアル情報とはなんの関連性もない。

 これを偶然の一致で片付けるのは、さすがに無理があるんじゃないか?


 麗が束の間、う~ん、と片頬を膨らませながら考えを巡らせる。


「たとえば、紬くんがこっちの世界に転送された時点でみんなの職業も、そして関係者の記憶も上書きされたとか?」

「んー……、仮に記憶の上書きが可能だったとしても、職業に合わせて……いろいろ装備なんかもあるわけだよな? そんなものまで全部変えられるものかな?」

「そう……よね」


 少し考えたあと、再び麗が口を開く。


「それじゃあ、紬くんを転送する際に、紬くんの記憶をこの世界に合わせて改竄かいざんしたとか?」

「そんなことができるなら、ノートにあれこれ書かせる意味もないだろ」


 う~ん、と、片頬を膨らませながら、再び考え込む麗。

 相変わらず可愛らしい思案顔だ。


「もしかすると、川島くんがL・C・Oの世界観を参考にした時点で、自然とこの世界の現況に感応するような超自然的な力が働いていた、とか……」


 超自然的な力――なんだか便利すぎる言葉だが、今のところその説明がもっとも腑に落ちる気がする。


「ま、それについてはこれ以上ここで話しても答えなんて出なそうだな」


 議論を切り上げた直後、今度はリリスが、お菓子を頬張ほおばりながら首をかしげて、


「私までこっちに送られたのは、なんでかな?」

「そもそも、リリスの『夢を調査する』って目的とはまったく別物の話だったからな。それがバレて、後からゴチャゴチャ言われるのが嫌だったんじゃね?」

「え―っ! じゃあ私は、あのポンコツに騙されてこの世界に飛ばされた被害者ってこと!?」


 この女夢魔サキュバス、ついに被害者ヅラし始めたぞ。

 

「とりあえず、初美の話を聞く限りでは、俺の存在は元の世界では初めから居なかったものとして操作されてそうだな」

「……なんだか、悲しいわね」と、麗も少し神妙な面持ちになる。


 確かに喪失感は大きい。

 ただ、一方で安心した気持ちもあることに気が付いた。


「もしかしたら、突然居なくなって家族に心配かけてるかな、って申し訳ない気持ちもあったから……そういう点では少し気が楽になったかも」


 初美も、俺の言葉に小さく頷く。

 麗と違って彼女も、向うで自分の代わりとなる存在はいないと言われてるし、状況としては俺と一緒だ。


 ふと気が付けば、窓から黄昏色の西日が差し込んできていた。

 結構長く話していたな。


「時間も時間だし、今日はそろそろおひらきにしよっか」

「そうね。……初美も、いい?」


 こくんと小さくあごを引く初美。


「そうそう、転送組で今後も何か話すこともあるかも知れないし、一応これ……」


 そう言って麗と初美に俺の通話番号を渡す。

 初美も慌てて、自分の番号メモ用紙に書いて俺に渡してきた。


「それじゃあ、駅まで送るよ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る