さきゅばす☆の～と！【改稿版】

08．怒っちゃダメだからね！

「リリス、お前は何者だ？」

　俺の質問に、リリスは目を泳がせながら、

「わ、私、ふと思ったんだけどさ、私が何者かなんて、そんなに必要な情報かな？」

「必要不可欠」

「…………」

　両目をギュッと閉じて小首を傾けるリリス。

　麗（うらら）や初美（はつみ）と違い、俺は直接ノートの精とやらと話したわけじゃない。他人（ひと）に話して聞かせるならリリスの体験談抜きでは不可能だ。

　そうなれば当然、これまでなあなあ（・・・・）にしてきたが、リリスが何者なのかという部分にも言及する必要がでてくるだろう。

　俺とリリスのやり取りを不思議そうに眺めていた麗だったが、

「リリスちゃんって、紬（つむぎ）くんの使い魔じゃないの？」

「このの世界ではそういう設定になってるみたいだけど、実はこいつも俺と一緒に元の世界から転送されてきたんだよ」

　麗と初美も目を丸くする。

　そりゃそうだろう。

　この世界にいた存在というならともかく、元の世界でもこんな人外の存在がうろちょろしてたなんて、すぐに信じてもらえるはずがない。

　俺も、最初にリリスと話したときは相当パニクったからなぁ。

　……と思っていたのだが。

「そうね。あんな不思議なノートがあったくらいだし、リリスちゃんみたいなのがいたって不思議じゃないわよね」

　あ、あれ？　あっさり!?

　麗の言葉に初美もこくこくと頷（うなず）く。

　さすがサブカル女子コンビ。適応速度がハンパない。

「ってことで、リリス、おまえが元の世界をうろついてた経緯（いきさつ）、最初から全部聞かせてくれ」

　リリスが、両腕で目隠しをするように、クッションの上でうつ伏せになる。

「もう今さら、何を聞かされたって驚かないから」

「……紬くん、絶対怒るもん」と、リリスがうつぶせのまま首を振る。

「それは聞いてみなきゃ分からないけど……おまえが元凶だとか、そんな話でもないんだろ？」

　顔を上げて少しだけ考えたあと、黙って頷くリリス。

「おまえが関わってないなら、怒るようなこともないだろ」

「絶対怒らない？」

「だからそれは、聞いてみなきゃなんとも言えないって言ってるじゃん」

　再び、リリスがクッションに顔を埋める。

「分かった！　怒らない。絶対！」

　俺の言葉に安心したのか、のろのろと身体を持ち上げてようやくこちらへ向き直るリリス。

　スカートの皺を伸ばしながらクッションの上で座り直し、キッと眉尻を上げると、

「絶対だからねっ!?」と、念を押す。

「あ、ああ……」

「じゃあ、話してあげるから。本当に怒っちゃダメだからね！」

　こいつ、なんで上からなんだ？

　そのあと小一時間、俺と麗と初美の三人はリリスの話を黙って聞いた。

　魔界ハイスクールで、リリスは女夢魔（サキュバス）コースの優等生（・・・）であったこと。

　夏休みの課題で、人間の男性を誘惑するという課題がでたこと。

　誘惑するなら自分の気に入った人にしたくて、夢ノートで調査を始めたこと。

　夢ノートだと思って買ったのが、よく分らない謎の黒ノートだったこと。

　ノートを誤って人間界に落としてしまったこと。

　ノートに呼び出されてみたら、それが紬の元にあったこと。

　そして、ノートによる世界改変に立ち会ったこと……。

　身振り手振りを交えながら、リリスの知っている事実は概ね話し終えたようだ。

　肩の荷が降りたように晴れ晴れとしたリリスの表情が、それを物語っている。

「魔界とは……驚いたわねえ……」

　麗が妙に関心している。

　突拍子もない内容だったが、魔界の存在をまるっと呑み込めば、一応辻褄（つじつま）は合っている。

　それにリリスも、顔に出さずに嘘をつけるほど器用な性格でないことは、これまでの共同生活でなんとなく理解している。

〝優等生〟ってところだけは、目が泳いでたので妄言だろう。

「俺とリリスの方は、そういうことだそうだ」

　麗の方を向くと、眼鏡の奥から蔑むような眼差しを向けてられていた。

「で、その、ハーレム設定って何よ？　イヤラシィ」

　本気で怒ってるわけではなさそうだが、麗がしかめっ面を作る。ぷくっと片頬だけ小さく膨らませるのは彼女の癖なのだろう。

　意識しているわけではないだろうが、あざと可愛い。

「あれは全部、勇哉（ゆうや）が考えたんだよ」

　もっとも、俺もナイス勇哉！なんて思いながら読んでいたので同罪みたいなものだが、そこは伏せておこう。悪いな、勇哉！

「川島くんが？」

「そうそう。話すと長くなるんだけど、元々ノートを拾ったのは勇哉なんだ」

　リリスも驚いた表情になる。

　そういえばこのことはリリスにも話したことなかったな。

　麗が眉を顰（ひそ）めながら、

「よく、拾ったノートの表紙を真に受けて、そんなバカなこと書いたわね？」

「ま、まあ、そのへんは、ほら……勇哉だからさ」

　七時間以上かけて変な質問に答え続けた麗も大概だと思うが……。

「で、川島くんが書いたノートをなんで紬くんが持ってたの？」

「それも話すと長くなるんだけど……いろいろあって、勇哉が中身をチェックしてくれと……」

　このあたりのことを説明するにはＮＡＳＡ眼鏡の件（くだり）から話す必要がありそうだが、あまりにもくだらない話だし、俺まで同類と思われても困るので伏せておく。

　麗の目を見るとまだ納得はしていないようだが、とりあえずそれ以上突っ込んでくることはなかった。

　代わりに、何かに気づいたようにパンッと拍手を鳴らす。

「そっか！　だから突然、戦闘実習班の組み換えなんてやって、Ｄ班みたいな男女比のおかしい班ができたのね」

「まあ、結局ハーレムなんて存在してなかったんだし、勘弁してくれよ」

「感情的にはそうだけどさぁ、女の子だらけなのは事実じゃない？」

「それはそれで結構キツぞ？　最初の戦闘準備室なんて針の筵（むしろ）だったよ」

　あの時の険悪な華瑠亜（かるあ）を思い出すと、今でも少しへこむ。

「あれは、可哀相だったわねぇ。特に、華瑠亜ちゃん？　彼女の紬くんへの心象、最悪だったでしょ？」

「ああ。俺も昨日知ったんだけど、俺が来る前、この世界の俺が華瑠亜に恋の相談をしてたのが原因っぽい。その……初美関連の……」

　初美がうつむきながら体を小さくする。

「あ！　別に怒ってないからな？　気にしなくていいぞ」

　声を掛けると、初美も小さく頷く。

　そんな初美を横目で見ながら、麗が不思議そうに首を捻った。